8eme. 魔法の条件は彼女の口づけ。


 起きたら、当たり前のように頭が痛かった。


 朝からこれがあるって場合は、今日が頭痛のピークなんだ。これを境に少しづつ、二日くらいかけて治まっていくのが恒例だ。


 痛みを共有してるってなると、天も毎日これを味わっているんだろう。


 これだけなら、まだしも。稀に来る下腹部の痛みの日が重なると、地獄と言っても過言じゃない。


 魔法の名前は、共痛覚だとか。字面で見ると、共産党みたいだな。


 きのみさんは面白がって「痛じ合っている」とか言ってたけれどさ。天が怪我でもしちゃったら、どうなるんだっていうんだ。


 キスしか、無いのか。


 俺は寝ぼけ眼で洗面台に立ち、自分の歯ブラシに歯磨き粉を塗り付けた。


 悪い魔法使いが天の前世に魔法を掛けたように、きのみさんも前世の俺に魔法を掛けている。


 名前とかはよく覚えてないけれど、共痛覚が一日だけ消え失せる効果があるのだとか。


 昨日、天が自分をビンタしたのも、その効果が表れているのかという実験だったらしい。だからと言って、もうちょっとやり方はあっただろうに。


 そして、その魔法の発動条件はキスだ。


 他にも血を吸うだとか、相手の爪を煎じて飲むとか。別の方法もあったらしいけれど、前世の俺が選んだのはキスだったらしい。


 確かに血とか、爪とか趣味が悪い。前世のきのみさんは、どういう魔法使いだったっていうんだ。


 歯磨き粉塗れの口をゆすいで、うがいすると目が覚めた気がした。


 共痛覚か。普通なら怪我しないように、気を付けていれば良いだけ。だけど厄介なことに、天は偏頭痛持ちだった。週に何度か、頭が痛くなる時がある。


 その度に俺も苦しそうにしているのを見て、前世の嫁なんじゃないかと思ったらしい。こっちの頭痛の日を正確に覚えていたのって、そういう意味だったのか。


 月に一度の腹痛もそうなのか、と尋ねてみたけど。何故かそれだけは、はぐらかされてしまった。偏頭痛ならぬ、偏腹痛も持っているのかもしれない。


 解決する方法は無いのか聞いてみたけど、ハッキリと無いって言われた。だから、前世の天は自ら命を絶ったという。


「それと同じように、あたしが死ねば解決するかも」って天が呟いた。


 トサカに来た俺が手を出しそうなったのを、クロが止めてくれた。


 従兄は大人だ。俺はガキだから、感情に振り回される。あの時、天を殴っていたら、俺は彼女と二度と顔を合わせられなかったかもしれない。


「ソラ?」


 声に振り向いたら、一瞬そこにも鏡があると思った。


 正体は、ノーメイクの姉だった。天下のアイドル「ホイップ」のセンター様も、化粧無しだと俺みたいな面をしているもんだ。


「なに? 寝不足? 早く寝ないと、肌荒れるわよ」


「たまに帰ってきては、姉みたいな事言うなし」


 それに俺は男だ。肌が荒れようが、枝毛が出来ようが、心の底からどうでもいい。


「そりゃ、姉だもん。弟の心配して、何が悪い?」


 姉だろうと、アイドルだろうと。俺の事もクロの事も、ロクに知りもしない奴に、何も言われたくない。うるさい梨花を無視して、俺は自分の部屋で学校の支度を始めた。





「おはよっ」


 エレベーターを降りると、制服姿の天が待ち伏せていた。


「え? 誰だれ?」と梨花の奴が面白がって、詰め寄ってきた。俺は姉を押しのけて、天を学校方面へと引っ張って行った。


「やっぱり、アイドルだから、テレビで見るより可愛いんだね」


 満面の花畑のような笑顔で、目の前の女の子が言った。


 梨花なんかより、天のが数百倍は可愛いし。って思ったけど口に出せなかったのは、俺はそういうキャラじゃないからだ。


「それより、何だ。朝から、いきなり」


 一緒に登校したかったんなら、前持って連絡を寄越してくれればいいのに。そう言おうとすると、何故か天は俺を物陰まで引っ張っていった。


 家と何かの建物の間、一目の付かない場所。


 もしかして、と思った瞬間、天の唇が俺の唇に重なった。あっという間に、頭痛は綺麗さっぱり消え去った。


「あたま、痛いと思って」


 俺から唇を話した天は、照れ臭そうにはにかんだ。頭痛は無くなったけれど、今度は別の意味で頭が痛くなりそうだった。


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