7eme. 俺の従兄は特別のスペシャル。


 今度の今度こそ、俺は真剣に三人の話に耳を傾けた。


 この世界でも、前世の記憶を持つ人間は、特殊な魔法が使える。従兄のクロと、その友達のきのみさんが、それに該当する人間らしい。


 きのみさんは回復魔法、今見せたようにある程度の傷なら何でも修復が出来るらしい。


 問題はクロだった。従兄の持つ魔法は、状態可視と言って。対象の生体エネルギーだか何かを見て、相手の体調やら感情やらを把握出来るんだと説明された。


 そして、俺には心当たりが多すぎた。


 三か月前、俺が不安だったのを見抜いた時。それ以降も、何やらと俺を気に掛けてくれていたのって。全部、その魔法とやらのお陰だったのか。


「それを勝手に、家族だからと勘違いして。クロと居ると何でも出来そう、とか……俺が馬鹿みたいじゃないか」


「……悪かった」とクロは頭を下げた。


 俺が欲しいのは、謝罪なんかじゃない。じゃあ、どうして欲しいんだよって聞かれると、何も思い付きやしない。


 とにかく頭に血が上ってしまったからか、おしぼりを投げつけようと手を振りかざした。


 その瞬間、誰かが俺の手を掴んだ。


 そして、そのまま隣へと、引き寄せられる。自分の身体が天に背中から、抱きしめられる形となった。


「……天、離せ」


「……違うから」


 耳元で天のか細い声が聞こえた。泣いているようにも思えた。


 彼女の嗚咽交じりの声が、自分の心の底にゆっくりと浸透してくようだった。


 俺は頭に昇った血が、一気に引いていくような気がした。


「……ギムレット。いや、クロ先輩は、おっしいを騙そうなんて、思ってないから」


 背中から天の温もりを感じた。俺を抱きしめる彼女の力が、先ほどより強くなったような気がした。正面のきのみさんも、何故か泣きそうな顔をしていた。


 魔法を掛けられたかのように、自分の心は落ち着きを取り戻した。


 天の声と、きのみさんの表情を見たせいなのだろうか。背中の蒼魔導士と正面の回復魔術師の魔法のせいで、嘘のように怒りは収まってしまった。


「悪かった」


 クロが両手をテーブルに置き、突っ伏すように頭を下げた。


 もう大丈夫。という意味で、天の手を握った。抱きしめた腕は離してくれたけど、彼女の左手は俺の右手を掴んだままだった。


「クロくんの気持ちを代弁する、とかいう魔法は使えないんだけどね」


 謎の台詞と共に、きのみさんがミルクティを口にした。


「ギムレットと違って、クロくんは小さいし。カナヅチだから、誰彼にも魔法を使うってこと、しないと思うんだよね」


「今世の俺は泳げるし、カナヅチだとしても関係ない。そして、誰がチビだ!」とクロが顔を上げて、きのみさんにツッコミを入れた。


 俺も背が小さいのを気にはしているが、従兄はこっち以上に低身長がコンプレックスなのだ。


「じゃあ、何で。わざわざソラくんに、ただでさえ微々たる魔力を使ってくれたか、判る?」


「少なくて悪かったな」


 お前が多すぎなんだよ、とクロは不貞腐れた顔をした。俺が首を左右に振ると、きのみさんは花のように微笑んだ。


「クロくんはソラくんが、大好きだからだよ」


 彼女がそう言った瞬間、何故か天が握った手を少し強めた。よく分からないけど、俺も少し握り返した。


「……当たり前だ。家族だからな」


 クロが少し照れ臭そうに言うと、きのみさんが俺にブイサインを向けた。


「そ、家族だから、特別のスペシャル」


 特別のスペシャルって言葉が面白くて、俺は少し笑った。


 特別とスペシャルって、同じ意味じゃないか。笑ってみると、さっきまでの自分が恥ずかしくなってしまう。


 クロは魔法を使って、ズルしていた訳なんかじゃない。家族の為、従弟の為に自分が出来る事をしていただけだ。


「ゴメン、クロ」


 俺が少し頭を下げると、従兄も悪びれた様子で詫びてくれた。


 今となってはクロが言えなかった理由も、納得出来たかもしれない。相手が大事であればある程、関係が変わってしまうのは誰だって怖いに決まっている。


「きのみさんも……」


 回復魔術師にも頭を下げるけど、気を遣ってくれたのか。


「何のこと?」ときのみさんは小首を傾げた。


 家族だから、こうしてクロを受け入れるのは出来たけど。そうじゃない相手なら、もっと怖いに違いない。


 それを考えると、天も俺に打ち明けるって、凄く勇気が要ったのかもしれない。


「ところでボルドシエルも、こっちじゃソラって名前なの? ソラくんと、ソラちゃんで。ドピォ・シェロなの?」


「ヴァネットシドル語やめろっての」


 いつものきのみさんとクロの漫才に戻ったので、俺はちょっと安心した。自分のせいで二人の関係まで、気まずくなんてさせたくない。


「あなざわ、そら。って言います」


 恭しく頭を下げる天も、いつもの彼女だった。


「成程、もう一人のソラだから、アナザー・ソラなんだね」


 それもヴァネットシドル語なのか、とクロに耳打ちした。アナザーという単語は、英語で「もう一つの」という意味らしい。改めて、俺は自分の脳の出来を思い知った。


「アナザーって、まだ習ってなかったっけ?」と、苦笑いでクロはコーヒーを口にした。


 その瞬間、従兄はむせるように大きくコーヒーを噴き出した。


 俺とクロのトレーが、コーヒー塗れになる。それを見て、隣りの蒼魔導士。あるいは回復魔術師が、妙な魔法を掛けたんじゃないかと思った。


 だけれど、きのみさんも天も、どっちも驚いた顔をしていた。二人じゃないとすれば、誰がクロをこんな目に遭わせたっていうのだろうか。


「甘いな、このコーヒー!」


 従兄に魔法を掛けたのは誰でも無い、この黒魔導士だったのだ。


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