3eme. 彼女の記憶は前世。


 彼女の話を整理すると、まず穴沢天には前世の記憶がある。


 駄目だ。前提として、それが良く分からない。前世って、そもそも何だ。そこから理解出来ないっていうのに、天はお構いなしに話を続ける。


 天の前世はヴァネットシドルとかいう世界で、戦士をやっていたのだとか。ギルドでも一番の腕前で、部隊を一つ任されていたのだとか。だから何だよ、それがどうした。


 前隊長が竜探しの旅に出た後、部隊長になった前世の天。


 天じゃなく、ボルドシエルらしいが、憶えづらいんだよアホ。


 前隊長程ではないが、腕の立つ前世の天は、東の敵国最強の魔導士に目を付けられた。それがラスカ・シャルトリューズ・ヴェールというらしいが、だから長いって名前。


 そのラスカとやらは前世の天に、ある呪いをかける。


 自分の痛みが愛する者に伝染してしまう、というものだ。具体的に言えば、痛覚がそのまま対象に伝わってしまうのだとか。


 その対象がクラウディア・ゴードンとかいう女性で、婚約者で俺の前世なんだとか。


 呪いにより、前世の天がダメージを受ける度に、同じ痛みが婚約者を襲うようになった。


 前世の彼女を心から愛していた婚約者は、自分を気にせずに戦っても良いと言ってくれたらしい。だけど前世の彼女は、自分のせいで愛する人が苦しむのが、耐えられなかった。


 最終的には、前世の天は苦しまずに亡くなる方法を見つけ、それを実行したのだという。


「……けったくそわりい話だ」


 反吐が出るような、一方的な苦しみだ。


 色々なゲームや漫画を見てきたけど、自分より愛する者が苦しむ方が四十二.一九五倍は辛いに決まってきる。


 誰かは知らんが、その魔導士とやらは性質が悪いにも程がある。


「君もそういう顔してくれるんだね」


 俺はどういう顔をしていたのかは分からないが、天は少し悲しそうに笑った。踏み潰された花を見るような、慈しむような瞳だった。何故だか、やりきれない気持ちになった。


「でも、ラスカは対象を僕に変えただけで。本来だったら、ギムレットがそれをやられてた。そしたら、被害者はメアリーだし。そっちの方が西ヴァネットシドル的には、ダメージが大きいんだよね」


「だから、専門用語が多すぎるってんだよ!」


 ただでさえロールプレイング・ゲームをやらない俺にとって、片仮名の名前が多いのは分かりづらいにも程があった。


 レースゲームを良くやるけど、まだ車種の名前の方が解りやすい。エルツェデス、ドゥルックリン・モトラ・ヴォルグ、ケーニーグッツェグ。ほら、簡単だ。


「専門用語って……ギムレットは、君のお兄さんじゃん」


「……は? 誰の事を言っているんだ?」


 こいつが何を言っているのかは分からないけど、俺の従兄は押立鉄独りだけだ。むしろ、クロ以外の兄なんて居ても要らねえっての。


「押立鉄、クロ先輩」


「……おい、そら」


 今はもう痛くなくなった頭に、軽く血が上った。


「俺の事はいいけど。クロまで、その変な御伽噺に巻き込むんじゃねえ」


 その言葉を聞いて、天は目を丸くした。まるで俺が何で怒っているのか、判っていない様子だった。


「……本当に覚えてないんだね」


 天が悲し気な表情になったので、頭に登った血が引いた。別に俺だって、彼女にそういう顔をさせる気は無かったんだ。


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