2eme. その驚くべきは急展開。


 青い空は雲一つ無かった。


 黒い空は宇宙である俺の支配領域で、青い空は天のテリトリーとなっている。俺らが魔法使いならば、昼は蒼魔導士の穴沢天。夜は黒魔導士の押立宇宙が、魔力の優位に立てる。なんてお伽話を、いつだっけかしたな。


 今は青だから天の有利状況下だけど、黒は雲すらも飲み込む時はある。


 宇宙である俺も、全てを飲み込む覚悟を持って挑まなきゃいけない。例えそれが、正義の蒼魔導士が相手であろうと、俺にはクロがついている。


 なんて子供じみた思考は、目的地に着いた瞬間に消し飛んだ。


 校舎裏は木漏れ日になっていって、ドラマのワンシーンみたいだと思った。どれを取っても、素敵になるような。疑いようもないとした光景に、俺は思わず息を呑んだ。


 穴沢天の姿を見つけて、駆け寄る俺。彼女の顔を見ると、どこか緊張しているような感じだった。木陰が表情を和らげているようにも思えて、心臓も少し高鳴った。


「いやぁ、ごめんね。いきなし……」って、天が笑顔で言った。


「別に問題ない」って、俺は返した。


「それより、何の用だ?」


 緊張して、しまっていたのかもしれない。ぶっきら棒な、言い方になってしまった。


「おっしい、さぁ。……聞きたい事があるんだけど」


 この流れって、好きな人が居るのか聞かれるんじゃないかって思った。何て答えるのが正解なのか、考えてみる。


 異性として好きな人はもう居ないので、普通に居ないと言えばいいのか。色々考えてみたけど、やっぱりそれが正解な気がした。


「入学してから、ずっと頭痛くなったりしてない?」


「……ん?」


 予想外の言葉に、俺は妙な声を出してしまった。


「ゲンミツに言うと、一昨日から痛くない?」


 これは参った。そういう事か、とため息をついた。


 天はずっと調子の悪そうな俺を、気に掛けてくれていたのか。あんまり表に出さないようにしてたけど、彼女には気付かれていたんだな。


「気のせいだ。気にすんな」


「もっと言うよ? 今月は一日から三日間、七日から九日まで。その辺も、頭痛くなかった?」


「良く見てるな、お前は!」


 天の言った事は、限りなく正確に合っていた。別にちゃんとは覚えてないけど、確かにそのくらいの間隔で痛みはあった気がする。その間、ずっと天を心配させてたってのか。


「分かったよ、その通りだよ。ちょっと、まだこの街に慣れてないのかもな……」


 俺が言った瞬間、何故か天は少し笑顔になった。ずっと意地張ってた俺が白状したのが、よっぽど嬉しいのかもしれない。やっぱり、こいつはいい奴だ。


「……おっしい」


 いきなりの事で驚いたのは、天が俺の両肩に手を置いていた。俺の身長は百五十ちょっとで、彼女も同じくらいだった。


 天の顔が近づいてくる気がして、俺は目を瞑った。


 落ち着け、押立宇宙。これは漫画でよくある展開で。キスかと思ってみたら、熱を測るって奴だろう。


 俺が頭悪いって言ったせいで。いや、悪いとは言ってないか、痛いって言ったせいだ。頭が悪いのは事実だけどさ。それで、熱を測ってくれたってオチになる。


 そこまで考えた瞬間、俺の唇に柔らかいものが触れた。


 目を開けてみる。目を閉じた天の顔が、俺の視界全体にあった。宇宙と天。二つのソラが、一歩に重なっている。


 ソラだけに、雲で出来たマシュマロのような感触だった。


 天って普段は女っぽくないけど、顔は悪くないっていうか、むしろ可愛い方だと思った。睫毛が長くて綺麗だと思った瞬間、彼女の唇が俺から離れた。


「……どう?」


 天の台詞に、俺は言葉が出なかった。


 どうって、なんだよ。キスの感想を、言えばいいのだろうか。柔らかくて、なんかいい匂いしたし。そんな事言うと、変態っぽいし。


「……頭、痛く無くなった?」


「……あたま?」


 何の話か一瞬分からなかったけど、言われて気づいた。頭の奥にさっきまであった。痛みの種みたいなものが、取れているような気がした。


 驚いたせいなのか。いや、そんなシャックリじゃないんだから。でも、何をしても残っていた「しこり」のようなものが、今は綺麗さっぱり消えていた。


「……これって」


 意味も分からずに立ちすくんでいると、天が再び俺の傍に寄る。柑橘系のような爽やかな香りが、近づいて触れた感覚の断片を思い出させる。


「やっぱり、君はクレアなんだね」


 俺の顔を覗き込むように、天が嬉しそうな顔を浮かべた。


「……く、くれあ?」


「会いたかったよ!」


 その一言と同時に、天が俺を包み込むように抱きしめた。柔らかい温もり、首元にかかる吐息。俺の頭は真っ白になった。


「そっか。この世界でも、ラスカのまじないが利いてしまっているんだね。ブロッサムは亡くなると消えるとか言っていたけど、もしかしたら彼女もこっちに生まれ変わっているのかもしれないね……。ごめんね、あたしのせいで」


「ちょっと待て」


 俺は天を引き離し、真っ白だった頭に浮かんできた大量の疑問の一つをぶつけてみた。


「お前、何を言っているんだ?」


 さっきから彼女の言っていることが、何一つとして分からなかった。キスの事も、抱きしめた事も。天がそれをする理由も、全然理解が出来ない。


「……ああ、そっか。名乗ってなかったもんね」


 名乗ってないって何だ、お前は穴沢天で俺のクラスメイトだろう。


「あたし……いや、僕はボルドシエル・グレイグース。君の婚約者だった男だよ」


 天は今まで見た事ないくらい、満面の笑顔で言った。言ってしまえば、満天だ。


 僕と言うのが似合わないような可愛い声なのに、会話の内容が意味不明だった。よく分からない名前、婚約者という言葉。それよりも気になったのは。


「お前は女だろう!」


 色々ツッコミどころはあったけど、先ずはそこからだった。


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