1ere. その切っ掛けは違和感。
俺がこの街に来て、三か月が経過した。
地元からはバスに乗って三十分、黄色い電車に乗り換えて一時間くらいの距離。
同じ東京だし、大差は無いって思っていた。小さな時に何度も来た場所だし、その辺りに従兄との思い出も沢山転がっている。
新しい中学にも慣れた。女子だけだけど、友達も出来たし。従兄の友達とも、少しは仲良くなれた気もする。だからこそ、小さな悩みを打ち明けるのに、しり込んじゃうってのもある。
悩みと言っても、本当に大したもんじゃないんだ。
怪我もしてない、持病も無いってのに。月に何度か、頭が痛くなるって時があるってだけ。
たまに腹の下あたりも痛くなるけど、頭痛よりも頻度は低い。でも違和感があるって程度で、保健室や病院に行く程じゃない。
そんなんだったら、男友達が出来ない方が悩ましい。ただでさえ女みたいな顔してるって、言われるんだから。せめて従兄みたいな、男らしい友達が欲しいし。
「……っつ」
考え事をすると、痛みが増えるような気がした。授業に集中しようと、黒板へと目を向ける。エックスやワイといった謎の言葉が、俺の脳を更に追い詰めるような感覚だ。
「おっしい、大丈夫?」
小さな呟きに右を向くと、隣りの席の相原光が心配そうな顔をこちらへ向けていた。俺は出来るだけ平気そうな顔をして、彼女に小さく礼を言う。
相原は意外にも優しい一面がある。
って言うと、失礼かもだけど。相原は、普段から明るくて。大雑把で何も考えてないよって、感じのイメージが強い。
俺が押立って名前だから「おっしい」って、あだ名を付けたのは彼女だし。たまに自分の兄を、ジャッカスって呼んでたりする。独特のセンスのある友達だ。
従兄にも心配させたくないのに、相原にまで迷惑は掛けられない。
これは俺一人の問題だから、俺だけで解決する義務がある。気にしなければいいだけなんだ。
この痛みの腹立つところは、薬が全く効果ないって所だ。
体育や運動に影響は無いけど、勉強には集中出来ない。俺が単に勉強嫌いって、せいもあるかもだけどさ。
とにかく何でか今日は、いつもより痛みが強い。さっさと帰ってゲームでもしよう。昇降口に立ち、自分の下駄箱を開けた。
すごい物が入っていたような気がしたので、一回閉めた。
どっちだろう、って俺は思った。
もう一度、今度はそっと下駄箱を開いてみた。二度見しても同じで、我が靴の上に手紙が乗っていた。
さて、どっちだ。果たし状か、ラブレターか。
果たし状だとしたら、俺がクロの従弟だって、知って出したのかよ。
我が従兄である押立鉄は、中学の時に剣道部の奴を倒したという伝説がこの学校に残っている。勿論、今も昔も剣道は全くやっていない。
そんな腕を持つ男の従弟に、挑戦状とか笑ってしまう。俺をボコボコにしたら、剣道未経験者およそ千段のクロが黙っちゃいないぞ。
ラブレターだとしたら、俺が男だって、知って出したんじゃないよな。
我が姉である押立梨花は、ホイップっていうアイドルグループのセンターとやらをやっている。勿論、自身はそんなものには興味もない。
背が低いってだけで、そんな女と似ているとか言われる俺に、ラブレターとかいい加減にしてくれ。男でも大丈夫だとか言ってみろ、剣道未経験者およそ千段のクロが黙っちゃいないぞ。
息を整えて、俺は手紙を取ってみる。何の変哲もない普通の封筒。果たし状の文字も無いし、ハートマークのシールも貼ってない。俺はそっと開けてみた。
放課後、校舎裏で待ってます。穴沢天。
あなざわ、そら。俺の女友達で、穴沢って呼ばれるのが嫌っていうから、仕方なく天って呼んでいる。
名前が被るのもあって相原が俺に、おっしいって名付けたんだ。少し変わり者だけど、悪い奴じゃあない。あまり女性らしいかと言えば違うけど、だからって果たし状を出すような奴じゃない。
まさか、ラブレターか。天がか、俺にか。
考えてみると、相原辺りと違って、天ってボディタッチが多かった気がする。少し男勝りな所があるから、そういうものかって思ってた。
でも考えてみれば、ああいうの他の女友達にもしてなかったからな。もしかして、天って俺のこと。
そこまで考えると、再び頭痛が襲ってきた。調子に乗るなよ、押立宇宙。って、神に警告されたような気分になった。
とにかく、今は放課後だし、天を待たせても悪い。俺は靴を履き替えると、小走りで校舎裏に向かった。
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