第8話

## 8


 目を開けると同時に、僕は前方へ飛び出した。

 金属バットはまだ男の頭上にある。僕は金属バットへと手を伸ばした。

 男の手の上から被せるように、僕は金属バットをつかんだ。

 男が脚を蹴り上げる。男の膝が僕のお腹にめり込んだ。

 男の脚がまた上がる。今度は胸を蹴飛ばされた。僕は背中から倒れる。息が詰まった。

 バットは? 金属バットはどうなった?

 僕は上体を起こして、男がいた場所を確認する。

 男がいない。

 いや、いた。金属バットの男はうつぶせに倒れていた。男の身体からは湯気のようなものが立ち昇っている。

 もしかして、うまくいったのか? 都合よく男だけが感電したのか?

 僕はゆっくりと立ち上がった。

 こんなにうまくいくなんて。信じられない。

 そうだ、砂に埋もれている紳士を助け出さなければ。

 紳士のほうへ足を向けたとき、うつぶせに倒れていた男が起き上がった。

「やってくれたな」

 と、男が言った。

 死んでなかったのか。

 男の身体からはまだ湯気のようなものが出ている。

「おい、お前だろ。お前がやったんだろ」

 男が近づいてくる。右手にはナイフを持っている。

 逃げないといけない。頭ではわかっているのに、身体が動かない。脚が動かない。

「殺してやる」

 男は叫びながら走ってきた。

 僕は怖さのあまり目をつむった。

 お腹に衝撃がきた。

 顔に砂の冷たさを感じる。僕はうつぶせに倒れていた。

 そういえば、小学校の遠足で行った水族館に電気ウナギがいたけれど、その電気ウナギは一度も放電しなかったなと、そんなことを思い出しながら、僕は死んだ。


「死んでしまいましたね。ちなみに、デンキウナギはウナギではないようですね」

「え?」

「名前にウナギとついていますが、ウナギとは違う種類の生き物のようです」

 そうなのか。知らなかった。タラバガニみたいなものか。

「しかしながら、惜しかったですね。もう少し電気ショックが強力だったら、おそらく私たちの目的は達成されたことでしょう」

 紳士は微笑んで続ける。

「あのタイミングでしたら、希望を見出せそうですね」

 それは僕も思った。あの瞬間なら、つまり男が金属バットを振り下ろす前の、頭上に振り上げているあの瞬間に、金属バットを魚に変えることができれば、男だけが魚の影響を受けて、かつ僕は被害を受けない。

 では、どういう種類の魚であれば、僕たちは助かるのか。


 毒と電気はとりあえず保留にしよう。探せば強力なものが見つかるのかもしれないが、そのたびに殺されるのは、できれば遠慮したい。

 金属バットを頭の上に持ち上げているわけだから、それがものすごく重いものになれば、男がその重さを支えきれずに潰れてくれるのではないだろうか。

 いちばん最初に見たマグロは大きかった。次に見たホオジロザメも大きかったが、サメは遠慮したい。

 あのマグロはどのくらいの重さだったのだろうか。

「あれは約百キログラムですね。クロマグロの中では小さい個体のようです」

 百キロ。充分大きいと思うが、それでも小さいほうなのか。

「クロマグロですと、平均で三百キログラムを超えるようですね」

 三百キロ。

「釣り上げられたクロマグロの記録で最大のものは、六百八十キログラム、らしいです」

 六百八十キロ。もはや大きさも重さもイメージできない。車よりも大きかったりするのだろうか。

「どうしますか。五百キログラムくらいのマグロにしますか?」

「さっきのマグロ、けっこう暴れてましたよね。それが何百キロもの大きさになると、僕たちが危険ではないですか?」

「そうですね。それはあります。しかしながら、重い魚というのはよいアイデアだと思います」

 マグロ以外の魚にしてもらおうか。百キロくらいの、大きくて、かつ、マグロよりも動きの鈍い魚に。

「決めました。お願いしていいですか?」

「はい、どうぞ」

「では、マグロではなく、かつ、ヘビみたいな形の魚ではなく、毒も電気もなく、それでいて大きい魚、具体的には百キロ以上の重さの魚で、お願いします」

「わかりました。それでは。ひとつ、ふたつ、みっつ」



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