第4話
## 4
目を開けると、白い閃光が見えた。
それが何かと思ったときには頭に衝撃を受けていた。
砂の上に倒れ伏したとき、それは金属バットだったと思い至った。
確かに時間は巻き戻った。しかし、なにもこんなに切羽詰まった瞬間に戻ってこなくてもと、そんなことを思いながら、僕はまた死んだ。
「死んでしまいましたね」
紳士の声で目を覚ました。
僕は砂浜の上に体育座りをして海を見ていた。月を見上げる。
「ひとつ、言っていいですか?」
「はい、なんでしょう」
「もう少し時間に余裕が欲しいのですが。戻る時間が殺される直前なんて」
「ええ、もちろんそうでしょう。その点は非常に申し訳なく思います。しかしながら、勝手のよくわからない地球上では、あれがわたしの精いっぱいなんです」
「そうなんですか。それならしょうがないですね。すいません、無理を言って」
「いえいえ、こちらこそ、申し訳ありません。それで、いかがでしたか。実際に体験されてみて」
「ええと、何と言いますか、よくわからないうちにまた殺されてしまいましたので、よくわからなかったです」
「そうですか。しかしながら、どのタイミングに戻るるかを知ることができただけでも、それは大きな前進ではないでしょうか」
なるほど、確かにそうかもしれない。
「そうですね。でも、ではどうしたらいいかときかれると、何も思いつかないです」
「そうですか。たとえば、映画みたいに腕で金属バットの打撃を防いでしまうのはいかがでしょうか」
それは、確実に腕が折れる。
「ええ、腕は折れるでしょうが、頭を砕かれることに比べれば、腕の一本や二本、どうということはありません」
紳士は穏やかに微笑む。
「それはそうですけど、でも、防いだあとは、どうします? 揉み合いになっても、腕が折れていてはどうにもできないのでは。仮に腕が折れてなかったとしても、揉み合いになって僕が勝てるとは思えないのですが」
ふうむと言って紳士は月を見上げた。
「それでは、金属バットを何か別のものにしましょうか」
そう言って、紳士はまた僕の顔に視線を戻した。
「どういうことですか?」
「ええ、ここは海ですので、たとえば、金属バットが海にすむ生き物になれば、それで頭を叩かれたとしても、死ぬことはないのではないでしょうか」
「つまり、金属バットを、海の生き物に、たとえば魚とかに変化させることができる、というですか? もしそんなことができるのなら、ぜひともお願いしたいです」
「お任せください。できうる限りのサポートをさせていただくとお約束しましたしね」
「ありがとうございます。それならなんとか切り抜けられるかもしれません」
「それでは、簡単に説明しておきます。あなたの手で直接、金属バットに触ってください。その瞬間に金属バットが金属バット以外のものに変わります」
「それだけですか?」
「ええ、そうです」
「でも、けっこうなスピードで動いてましたよね。触れるでしょうか」
「ええ、触ってください」
まあ、確かに、触るだけならば難しくないのかもしれない。
「わかりました。手で触ればいいんですね。ちなみに右手か左手か、どっちのほうがいいとか、ありますか?」
「どちらでも構いません。お好きなほうをお使いください」
「ちなみに、それは魚でないとだめなんですか? たとえば、金属バットそのものを消したりとかはできないのでしょうか?」
「可能ではあります。しかしながら、それでは、消した金属バットはどこに行きますか? その質量は必ずどこかに何らかの形で現れるのです。少々込み入ったお話になってしまいますので詳細は省きますが、具体的な例を挙げますと、たとえば、誰かの頭上に突然どこからともなく植木鉢が降ってきたらどうなりますか? たとえば、突然、道路の上に自転車が現れたらどうなりますか? わたしたち以外の誰かに被害が及んだら、あなたはその責任を取れますか?」
なるほど、言わんとすることはなんとなくわかった気がする。それはよくないことだ。
「そして、もう一つの質問に答えるならば、魚でないといけないというわけではありません。しかしながら、わたしは地球の生き物のことはわかりません。ですので、地球の皆さんの集合意識にアクセスさせていただきまして、海をきっかけに地球の皆さんが連想するものを、わたしがピックアップさせていただくことになります。ですが、たとえば、海だから船だと地球の皆さんが連想したとしても、船で頭を叩かれればおそらく死んでしまうでしょう。したがって、頭を叩かれても死なないであろう柔らかさのものを選択する必要があります。ですので、はじめから海の生き物に限定しておいたほうがよろしいかと思うのです。さらに言えば、海の生き物でも、魚に限定してしまったほうが、地球の皆さんの集合意識から、早くかつ確実にピックアップできるのではないかと、わたしは考えております」
なるほど。しかし、
「でもですね、たとえば、枕とか布団とかにしたほうがよくないですか? それなら頭を叩かれてもほとんど無害だと思うんですけど」
「ああ、そういうことですか。あなたのおっしゃりたいことはわかりました。しかしながらですね、今のこの環境、つまり夜の海ですね、これをキーにしてアクセスしないと、ほぼ無限に広がる集合意識の中では迷子になってしまいかねないのです。もちろん、魚よりもさらに危険度の低い、あなたのおっしゃるマクラやフトンというものをキーとしてアクセスできればよいのですが、勝手のよくわからないこの地球上におきましては、いまいちわたしも思うように行動できないのです。ですので、今のわたしが直接目にすることのできる、夜の海をキーにすることしか、今のわたしにはできないのです。その点は非常に申し訳なく思います」
「いえいえ、そんな。こちらこそ無理を言ってすいません。魚で充分です」
「それでは、もう一度、時間を戻しましょう。また先ほどと同じように、月の中心を見ていてください」
僕は言われたとおり月の真ん中を見つめる。
「それでは、目を閉じてください。三つ数えます。三つ数えたら、目を開けてください。ひとつ、ふたつ、みっつ」
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