第2話

## 2


 ヒャッハーと甲高い奇声を発しながら、バイクの男は金属バットを振り回している。

 スイカ割りの素振りをしているようだ。さっき見た野球の素振りと同じく力強さを感じるフォームではある。しかし、あんなに力任せに叩いたら、スイカはぐちゃぐちゃに飛び散ってしまうのではないだろうか。

「よっしゃ、素振りは終わりだ。本番いくぜ」

 砂に埋もれている紳士は動けない。ということは、僕がこの男を止めないといけない。それはわかる。しかし、正直なところ、砂に埋もれている紳士がどうなろうと僕の知ったことではない。

 ただし、それはあくまでも僕の見ていないところでならば、の話だ。目の前でグロテスクな光景が展開されるような事態は歓迎できない。

 それに、金属バットを振り回しているこの男はまともではなさそうだ。砂に埋もれている紳士で人間スイカ割りをしたあとに、それじゃあお前もと矛先が僕に向けられる可能性もある。それは困る。

 この男を止めよう。

 どうしたらいいか、考えろ。

 相手は武器を持っている。そして僕は何も持っていない。

 武器を奪えればいいのだが。しかし、そのためには、どうしたらいい?

 不意をついて飛びかかるか。バイクの男の意識は砂に埋もれた紳士に向けられている。不意をつくなら今のうちかもしれない。しかし、飛びかかったとして、その後は? 取っ組み合いで僕が勝てるとは思えない。


「面白くねえ」

 バイクの男がふいに呟いた。

「おい、オッサン。さっきからずっと、なんでニヤニヤしてんだ。怖くねえのかよ」

 確かに。それは僕も疑問に思う。砂に埋もれた紳士はずっと静かに微笑んでいる。怖くないのだろうか。

 もしかしたら、金属バットを振り回しているこの男よりも、砂に埋もれている紳士のほうが変なのだろうか。

「予定変更だ」

 金属バットの男はそう言って、バットの先端を僕に向けた。

「まず、お前の頭をカチ割ってやる。目の前でそんなもん見せられたら、さすがにニヤニヤしてる場合じゃないだろ。次は自分がこうなるってわかったら、さすがに恐怖だろ」

 なるほど。それは一理あるかもしれない。

 しかし、その案には賛成できない。

 では、どうするか。

 逃げるか? 紳士を置き去りにして? 殺されるかもしれないのに? 相手のほうが速かったら? いや、そもそも僕は自転車で相手はバイクだ。逃げきれるわけがない。

 抵抗するか? 武器を持っている相手に? 素手で? マンガじゃないんだから、うまくいくわけがない。

 説得するか? そんなことはやめるようにと。成功すればもっとも平和的に解決する。しかし、この男を相手にうまくいくだろうか。だが、ほかに選択肢はない。やるしかない。

 どう説得するか。考えろ。

 どうすればやめさせることができるのか。

 僕たちが助かって、かつ、相手に何かしらのメリットがあるような、そんな何かを意識させれば。

 それは何だ? この男は何を求めているんだ? この男にとってのメリットとは何だ?

「よっしゃ、準備はいいな。ショータイムだ」

 男の声で我に返った。

 バイクの男が、僕の目の前で金属バットを振りかぶっていた。野球のバッティングのフォームではなく、スイカ割りをするときの、スイカを叩き割るフォームで。

 もちろん、僕の準備はできていない。そもそも、準備とは、なんの準備なのだろうか。

「イィヤッハーッ」と甲高い声で叫びながら、バイクの男は、大きく振りかぶっていた金属バットを、僕の頭に振り下ろした。

 月の光を反射して、その軌跡は白い閃光に見えた。

 避けなければ、と思ったときには、すでに衝撃を感じていた。

 雷が落ちたような音が、僕の身体の中のどこかから聞こえた。

 砂の上に倒れ込んだあとで、身体が動かないことに気がついた。

 耳の奥が熱い。

 目が見えない。

 砂に埋もれた紳士は、どうなったのだろう。

 脳には痛覚がない、というのは本当だろうかと、そんなことをぼんやり考えながら、僕は死んだ。


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