頭頂部にも魚は集まる
つくのひの
第1話
# 頭頂部にも魚は集まる
## 1
精神的に弱っているのだろうか。最近は、夜、眠れない。
夜中になると自転車に乗り、徘徊するようになった。
田舎だから、深夜の時間は車を見かけない。
僕は、車道の真ん中を自転車で走る。
よくない習慣だと自分でもわかっている。必然的に睡眠時間が足りなくなって、さらに精神的にネガティブになっていく。そのせいでまた寝られなくなる。悪循環だ。
眠たくなる効果のありそうな風邪薬を、風邪でもないのに飲むようになった。
ドラッグに手を出す人の気持ちがわかる気がする。
今夜は満月が大きく見える。
いつもより遠出をして海まで来た。
波の音を聞きながら、砂浜にすわって、しばらく月を見ていようと思った。
自転車を道路の脇にとめて砂浜に下りていく。歩きながら、潮の匂いを思いきり鼻から吸い込んだ。少し心が柔らかくなったような気がした。
砂の上に腰を下ろした。体育座りをして月を見上げる。きれいだ。
満月を見てきれいだと思えるのは、僕の心がまだ壊れてはいないからだろう。
大丈夫だ。僕ならまだやれる。今はいろいろとうまくいっていないだけだ。きっとうまくいく。
ふと気配を感じて、僕は左側に顔を向けた。
砂の上に人間の生首があった。目が合った。しばし見つめ合う。
「よい月ですね」
と、生首が言った。
よく見ると、男性が砂から顔だけを突き出しているようだ。もちろん生きている。
「あなたもこの月を眺めに?」
と言って、首から上の男性は紳士的に微笑んだ。
「何をしてるんですか?」
僕は思わず質問に質問で答えてしまった。
「わたしですか? ええ、わたしは待っております」
「何を待っているんですか? 砂に埋もれて?」
「もうすぐ月から迎えが来るのです。砂に埋もれているのは、なんと言いますか、そうですね、ある種の儀式のようなものだとお考えください」
「迎えというのは、つまり、砂に埋もれているあなたのことを、これから迎えに来る人がいて、そして、その人は月から来る、ということですか」
「ええ、おおむねそんなところです。しかしながら、わたしを迎えに来るものは、いわゆるヒトとは違います。月からの使者ですので」
「そうですか」
なるほど。これは変な人に話しかけられてしまったようだ。無視するのもあれだし、今日はもう帰ったほうがいいかもしれない。
帰ろうとして立ち上がると、ゴロゴロと大きな音が聞こえてきた。
大型のバイクが近づいてくる。
僕がとめておいた自転車のすぐ後ろに、バイクはとまった。
バイクに乗っていた人物が砂浜に下りてきた。右手に長い棒状のものを持っている。金属バットだ。銀色の金属バットは満月の光を鈍く反射していた。
「よっしゃ、まだいたな、オッサン。おい、どうだ。わざわざ家から持ってきてやったぞ」
バイクの男はそう言いながら金属バットをぐるぐると振り回す。
「ヒャッハー、人間スイカ割りだ」
バイクの男は甲高い声でヒャッハー、ヒャッハーと叫びながら素振り(野球の打撃フォームの)を繰り返している。なかなかよいスイングなのではないだろうか。当たれば飛びそうだ。
状況がよくわからないが、このバイクの男も、砂に埋まっている紳士に負けず劣らずヤバそうだ。
「おい、なに見てんだ? っていうか、お前はなんだ? なんでいるんだ?」
バイクの男はそう言いながら金属バットの先端を僕に向けた。
その三つの質問をすべてそのままこの男に返したい。
「いえ、僕はなんでもないんです。もう帰りますので、お気になさらずに」
そう言って僕は帰ろうとした。
「まあ、ちょっと待てよ。せっかくだしな。ここであったのも何かの縁だろ。よく言うじゃねえか? 袖振り霜ふり芭蕉扇、ってよ」
ソデフリ・シモフリ・バショウセン。ことわざか何かだろうか。
「袖振り合うも多生の縁、でしょうか」
砂に埋まっている紳士が言った。
「ああ? そうとも言うかもな。いや、そっちが正解かもな。まあ、どっちでもいいじゃねえか。どっちかっていったら芭蕉扇っぽいだろ? なあ?」
バショウセンって何だろう。というか、なぜ僕にきくのか。
「すいません、ことわざは全然わからないです。それでは」
僕はそう言って何気なく帰ろうとした。
「はあ? だから待てって言ってるだろうが。せっかくだから見ていけって言ってるだろうが」
バイクの男はそう言いながら僕の前に立ちふさがった。そして、金属バットの先で僕のお腹を突いてきた。うっと息を詰まらせて、僕は一歩二歩と後ずさる。
僕が後ろにさがったぶん、バイクの男は前に出る。そしてまた金属バットで僕のお腹を突いてきた。僕はまた息を詰まらせながら後ろに下がった。
「人間スイカ割りだって言ってるだろうが。わざわざ家まで取りに帰って、それで持ってきてやったんだろうが」
バイクの男はそう言うと、金属バットの先を僕の右側に向けた。バットの先が指し示す方向を目で追うと、砂から突き出た紳士の顔があった。
人間スイカ割り。
まさか。冗談だろう。
男の目を見ると冗談を言っているようには見えない。
酔っているのか? それとも変なクスリでもやっているのか?
砂から突き出た紳士の顔を見ると(顔しか見えないのだが)、紳士は穏やかに微笑んでいた。
僕は夢を見ているのだろうか。
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