第7話 思考実験
次に意識が目覚めた時、彼女は病室にいた。
あれから幾らの時間が経ったのか全く分からない上に状況も掴めていない。
すると目の前に医者?らしき人物がそこにはいた。
「ここはどこ?」
「やっと目覚めてくれたかね。」
「私はなんでここにいるんですか?」
「やはり、君は多重人格者のようだな。記憶がまるでないのかい?」
「さっぱり分かりません。ここに至るまでの記憶が全くなくて。」
「思い出すのは不可能だろう。説明しよう。君はまず自首してきたのだ。以前あった消失者の事件に関わりがあるかもしれない。しかし、思い出せないとね。そこで解決の糸口として君の身柄をうちの大学の精神科で保護することになった。同時に君は多重思考者かもしれないと判断して、私の研究している精神学科に寄与してくれることを期待しているのだ。」
「多重思考者?多重人格と何か違いが?…というかなぜ多重人格ということまでわかっているのですか?」
「君は藤崎未来であると名乗って出てきた。にもかかわらず藤崎未来のことは全く知らないと俯瞰した視点で語る。そして、自分の本当の名はドグラだというのだ。さらには融合した結果この状態に陥っていると君自身が言っていたのだよ。最初聞いた時訳が分からなかったが、やかて理解した。藤崎未来という器にもう1つの人格が宿っているのだということをね。」
「どこからわかったのです?」
シーツをどけながら藤崎はその医者の方を覗き込んで前のめりになって聞く。
「ドグラは藤崎未来の記憶を保持していない。しかし、ドグラ自身は藤崎未来の身体であるという認識がある。その証拠が融合したからという証言にある。つまり、後天的に融合というのは比喩だろうし、宿ったと考えるならば、藤崎未来にもう1つの人格「ドグラ」が宿ったと考えるのが自然と思ったから。そしてもう1つの人格ならば主の人格である君も藤崎未来の中に備わってるはずだからその人格が起きてくるまで待っていた。そしたら、今日になってようやく起きたのだよ。」
「多重人格が分かったのはなんとなく理解しましたが、多重思考者とは?」
「ある1つの思考を持ちながらも、それを否定し、さらにはその否定した事実さえも忘却し、そのことさえを忘却するという多重思考をしている者や相反する2つの思考を同時に信奉することだ。君はドグラという人格を否定するかね?もう1つの自分として」
「それに関しては否定したい気持ちはあります。なぜならドグラという人格が存在することを自分で認識できていないからです。しかし、不可解な点があります。なぜなら気がつくと色んな場所を転々としているのかということに尽きますね。また、マグラという女性からドグラのことを聞いていましたので。もしかしたら私が知らない間にもう1つの人格が好き勝手に動いているのではないか?と思い始めました。」
「君は相反し合う二つの意見を同時に持ちながら、それが矛盾し合うのを承知しながらも双方ともに信奉している状態ではないかね?
ドグラが存在するということと、存在しないということ両方がこれに当てはまるのではないかね?」
「言われてみればそうですが、どこで多重思考していると感じたのですか?」
「ドグラは藤崎未来のことを知らないと言いつつ、藤崎未来は多重思考者であるという知りえない事実を引き合いに出して、君について語ったからだ。知らないという思考に対して、知っているという提で話しているのだ。」
「それはドグラが多重思考者になるのであって私には当てはまらないのでは?」
「ドグラ本人が多重思考者ならば、君が多重思考者であるという事実を多重思考の元に肯定している時点で、連鎖的に君も多重思考者であると言ってるようなものなのだ。だから私は君も多重思考者であると推測していた。」
「あとその言い方だと多重思考者のことをドグラは知ってるような言い分ですけど?」
「それについては君は知る必要はない。まあそれは置いといて、今、君にしてもらいたいのは記憶の整理だ。この紋を見たことはあるかね?」
医者はそういいつつ写真を複数枚、藤崎未来に見せた。
「知らないですね。」
ふと視線を落とす。
写真から目を逸らし、彼女は衝撃の事実を知る。
医者の名刺が目に入ったのだが、なんと名前が父親と同じで、藤崎蓮也という名だったのだ。
しかし、偶然か?と思い居住まいを正す。
そもそも彼女は父親のことも弟のことも名前しか知らないし、まさかこの医者が父親だとは思えない。分かってるなら最初から私のことを認識しているはずであるが、それが出来てないのだから。
「まあ思い出せないなら仕方ない。君の記憶を刺激する本をあげるよ。」
その医者は本を藤崎に手渡した。
タイトルは…
「怪異譚 かつて人だったもの達」
「これを読めと?」
「読んでみてくれ。君に効果覿面だと思っている。それで思い出せるものはないか。ちなみにその本を書いたのは精神的に問題を抱えている高校生が書いたものだ。」
彼女はその本に目を通すことにとりあえずした。また、訳の分からぬ本を読む羽目になるなんて…と思いつつもこれも今の現状を打開する価値に値するか、試すことにした。破壊の創造者に比べれば随分薄い本。ざっと目を通すと内容をまとめ始めた。
「あるところに、トカゲが2匹いました。名前はドグラとマグラ。彼女らは姉妹です。ある日、安寧の神からお前達を罪人達を流刑地に届ける役目を与えると言われ、彼女らはその提案を引き受けました。しかし、これをよく思わない神もいました。その神は、復讐の神でした。そこでそのトカゲの姉妹を人間にしてやろうと人間と合体させるように画策しました。そこで神は人々を選別し、最もトカゲを抑制させることができる人を選び抜き、その人間とトカゲの姉妹を合体させました。片方は成功したものの、もう片方は人格と能力のみを引き継いだ個体と見た目のみを引き継いだ個体にわかれてしまいました。この個体もまた姉弟の関係でした。しかし、この復讐の神の計画が、安寧の神にバレた結果、激怒し、復讐の神は安寧の神に計画を止めるように言いよられました。復讐の神は場所を移動して、この後の処理をどうするか考えていたところ、安寧の神の眷属である天使達によって、復讐の神の計画をしていた場所が襲撃され、燃やされ、姉と弟は散り散りになりました。そこで2人と再び会うために復讐の神は紋を残しました。この紋を頼りにして必ずや戻ってきて欲しい。そのような願いを込めて、復讐の神は人間に化けて、ひっそりとしていると、ある日ドグラという名前の女性が尋ねてきました。その女性は紋に見覚えがあるといってやって来ました。彼女の人格は2つあり、もう片方がその姉の人格であると言い張りました。弟である、私の見た目はどこか?問うた。その結果、こちらにいるよと案内された結果、なんとトカゲの見た目をしている弟がいるではないか!再会を喜び2人は融合し、完全体となりました。ドグラとマグラも大喜びになり、4人で罪人を流刑地に流す役目を全うすることにしました。しかし、流刑地にするといってもつまらないので人間達を滅ぼして、自分達の帝国を作ろうと罪人を集めては、人間と融合させ、人間達の間で争いの種をまき、ゆくゆくはこの世界の覇者となった。安寧の神は本来の役目を果たさないドグラとマグラを殺そうとするが、復讐の神と1対1の決闘を行い、両者ともに力尽きて敗北し、やがてこの世界の安寧は崩れ落ち、世界は滅亡しましたとさ。
と軽く読んだ内容まとめるとこんなもころですが、バッドエンドですね…この文中の紋が関係ある?」
「その文中に出てくる紋とこの紋、共通項があると思わないか?」
「どんな?」
「文中の紋は家族のシンボル。この紋は消失者のシンボル。消失者はいずれも2035年の予言の関係者ばかり。この関係者に敵対する勢力がその家族なのでは?と思っているのだ。」
「あの。そもそもこれフィクションですよね?混同してはいけないかと。」
「ノンフィクションの作品だ。」
「どこがノンフィクションなのか分からないですし、書かれたのも20年も前じゃないですか。著者名は…」
その著者名にまた驚いた。
藤崎秀一
弟と同じ名前じゃないか。
彼女はその手が震え、床に本を落とした。
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