第9話 NYC料理店の奇蹟

「え…まさか、本当に魔女が…ですか?」

「どうやらそのようです」


 割りと、とんでもないことを聞いたはずなのに。九王沢さんは、平気な顔をして肯く。


「本の紹介のところに、書いてありますよ。…お店ではそのお話をすると、グラスワインのサービスがあって、その上、実際にその盗まれたページを見せてもらえるそうです」


 と、九王沢さんは、ブログに掲載されている写真を見せた。確かに立派な装丁の本を見開いた片側向かって右が、拍子抜けするほどに完全な空白になっている。


「うわああっ、じゃ、じゃあ本当に?魔女が盗んでいったんですね!?」


 涼花はそれだけで目を、きらきらさせている。女の子ってやっぱり、この手の話が嫌いじゃないんだなあ。


「ページからレシピは確かに、盗まれたみたいですね」


 九王沢さんも好奇心で瞳をきらきら輝かせながら、その画像を見ている。


「でもお店にメニューは存在します。ページから盗まれはしましたが、『チキンのマジックスープ』をお店は取り戻したみたいですね」

「そう言うお話なんじゃないですか、設定って言うか。客寄せのための作り話じゃ…」

「「なっ、なんてこと言うんですかへ~たさんっ!」」


 店舗経営者の立場から、僕が思わず醒めた意見を口にしかけたときだ。二人の美女に一斉に怒られた。ぴったり同じ台詞だった。女子同士の結託って怖い。


 二人とも「全く、これだから男子は…」と言う顔だ。うう、やってしまった。言っちゃいけないこと言って地雷を踏んでしまった。


「…すいません…」


 二人は僕の言うことも聞いていない。スマホの画面を見ながら、いつまでもきゃあきゃあ騒いでいる。


「やっぱり、魔女の仕業ですよこれ!」

 涼花は断定的に言う。


 もしこれがミステリなら、探偵役は絶対に言っちゃいけない台詞である。


 女の子のメルヘンに水を差すのも悪いけど、十七世紀の貴重な古書から一ページ、文字だけ消して持ち去ってしまうなんて、眉唾話まゆつばばなしにしか思えない。



『いやね、確かにレシピの方は盗まれたらしいよ、実際の話』


 しかしもっとベテランの経営者は、メルヘンの方の肩を持つ気のようだ。


『メルヘンどころの話じゃないぜ。何しろ俺はダニエルから、実際、弁護士に魔女を訴えるにはどうすればいいのか、相談した、って話を聴かされたんだからな。まあ確かにレシピは無くなったが、本そのものを破損したわけじゃないし、言い分通り、その魔女って女がやったって証拠もないわけだ。…て、ことで結局、弁護士に釘刺されてあいつ、訴えるのをやめたみたいだけどな』


「ではレシピが帰ってきた、と言うのは、その魔女と何か、取引をした、と言うことでしょうか…?」


『そうだろうね。どうやったか知らんが穏便に、済ませたんだろうよ。なにせ開店したての店で、いきなり裁判沙汰なんて、それこそ縁起でもないだろうからねえ』


「あのう、すみませんお父さま。…そのお話、もう少し詳しく聞かせて頂きたいのですが…」


 九王沢さんが頼むと、親父は国際電話の番号を言った。


『それがダニエルの番号だ。ニューヨークだろ?…今、夜中だと思うが(NYの時差は十四時間…)、一応一報入れておくよ。…ダニエルの奴、その話、やたら他人ひとにしたがるんだ。めんどくさいから話半分に聞き流してたんだが、年末、夜中までうちの店で飲んだとき話したら、みくるがそれ、憶えてやがっててさ…』


 どうにも、みくるさんが喰いつきそうな話である。だがこの現代に魔女が現われて、本のページから内容だけを盗んだなんて話、何度聞いても僕など信じられないが、


「まさか親父…この話、最後まで知らない、なんて言わないよな…?」


 恐る恐る聞くと、電話口で親父は大笑い。


『馬鹿、知ってるわけないだろ!おれ、酔っ払ってたんだぞ!?』

 おい!なんてこった。

「二人とも、すみません…」


 自分の父親ながら、呆れるばかりだ。じゃあ、ほとんど使えない話じゃないか。みくるさんてば、本当に追加取材とかしたのかなあ。


『あいつもそれなりにウラは取ったんじゃないか?とにかく急ぎ何かネタが欲しいって、テンパってたけど、まあプロだし、自分で話作るのにオチまで聞かないってことはないだろ…』


 そこでモバイルの方にメールが入ったらしく、親父はしばらく黙った。


『おっ、早速ダニエルからだ。明日は休暇だから、取材なら大歓迎で受け付ける、って言ってるぜ。店のパソコン開けとけ。スカイプで連絡するってから』



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