第3話 魔女っ子女優の不思議なお願い

 こうして二人いればそれだけで、お店がすぐに満員になるだろうと言う綺麗どころが出揃った。


 まー貸切なんだけども。何だかあまりに事態が急すぎて、上手く事情がうかがえない。



「あのー、ちょっと整理させて下さい。こちらは六園涼花りくえんすずかさんてお名前で…二人は、親戚同士ってことなんですよね?」

「はいっ、小さい時からわたしの憧れのお嬢さまです!」


 親戚だと言う。九王沢さんの親戚が、秋山すずかちゃん。ううん、まだ回路がつながらない。一気に目が醒めてしまった。特別メニューにもほどがある。


 僕のフラットすぎる日常にまさか、こんなことが起こってしまうとは。


「従姉妹同士なんです。…すうちゃんのお母さまは国際的に有名な画家で、小さいときよくすうちゃんを、ロンドンの実家に預けに来ていて。お母さまには、幼いときからわたし、メキシコへ旅行に連れて行ってもらったり、ニューヨークの美術館を案内してもらったりして、本当にお世話になってるんです」

 と、笑顔でうなずき合う二人は物凄く仲がいい。まるで、姉妹みたいだ。


 イングランドのクォーターである九王沢さんと純日本人な涼花ちゃんでは、風貌に多少の違いがあるのだが、美人としての完成度においては、二人とも奇跡のレベルだ。


「で、女優の秋山すずかちゃんなわけですよね?」

 と言うと涼花は、映画で観る笑顔で頷いた。

「はい。…あっ、映画のポスター、飾って頂いてありがとうございますね☆」

 お礼を言うのはこっちだ。何も言わないうちからささっと、直筆サインまでもらってしまったじゃないか。

「く、九王沢さん、それで今日は、その…どう言う…?」


 僕は、辺りを見回してしまった。二人のせいで完全に挙動不審である。


「はい、今日はすうちゃんがせっかくのオフだと言うので、どうしても相談に乗って欲しいことがある、と…」


 オフなのか。はあ、オフで、わざわざ横浜の、うちの店に。ありがたい限りだ。九王沢さん様々である。


 持つべきものはこう言うことで、うちを忘れないでくれる常連さんである。うちに忘れ物をしていくみくるさんとは、大きな違いだ。


 そう思った時だった。テーブルの上に置いたスマホが、激烈な勢いで振動した。


 涼花は営業用の笑顔のまま何もみずにスマホを消した。まるで早押しクイズみたいだった。迅速にして訓練された精確な動作だ。


「オフなんです。わたし本当に今日一日、全っ然、予定とかなくて」


 手慣れた仕草で涼花は、スマホを後ろ手に回した。たぶん今、こっそり電源を落としている。


「そして、どおおおしても、お嬢さまに相談したいことがあって!」

「…で、すみません、突然、貸切にして頂いて」

「ああ、全然いいですよ。うちは」


 年中予約が空いているのだ。何なら、貸切でも九王沢さんと涼花で定期的に店に来て欲しいくらいだ。


「わたしからもごめんなさい。…実は貸切のことは、わたしから、お嬢さまにお願いしたんです。出来ればあんまり、色んな人に知られたくないことなので…」

 と、上目遣いのまま口ごもる涼花。


 えっ、あのすずかちゃんのあんまり知られたくないこと?思わずそれだけで僕は、息を呑んでしまった。相談したいのは九王沢さんにだろうけど、秘密の告白なんてどきどきしてしまう。


「あんまり知られたくないこと…なんですね、すうちゃん」


 話を受ける九王沢さんもやや、緊張した面持ちだ。無理もない。今をときめく、芸能人の秘密、だ。


 何でもない風を装って僕は、厨房にサンドイッチとポトフを取りに行ったが、背中を見せながらばっちりと聞き耳を立てている。


「はい。それが…なんですけど、そろそろお腹空きましたね」


 僕はすぐに、二人のトレイを持って出て行った。到着したサンドイッチを見て、涼花がスマホでばちばち撮りまくっていた。


「うわあっ、すごい!これがいつも、お嬢さまが食べてるメニューなんですね?美味しそうですう」

「はいっ、みくるさんがいつも食べているので、わたしもお話するときは、ここで一緒に必ずこれを」

「いつもありがとうございます」

 僕は自然と笑顔になる。


 みくるさんと一緒のときだけじゃない、結構ひんぱんに彼女はこのメニューを求めて足を運んでくれる。九王沢さんは、本当にいいお客さんなのだ。


「コーヒーも、とっても美味しいんですよ。お料理も、みんな、このへ~たさんが」

 と九王沢さんが僕を立てると、涼花は目を丸くして顔を上げた。

「すごーい!わたしと、そんなに年齢変わらないのに。尊敬しちゃいます」

「いえその…ポトフは母親が作りますし、サンドイッチも材料を組み合わせるだけで。コーヒーはともかく、僕がやれるのは、カウンターの上でのことだけですから」

 僕はあわてて謙遜する。


 とは言え、悪い気分じゃなかった。むしろ感涙ものである。ここで客あしらいしていて良かったなんて思うこと、年に何回もないのだ。


「で、すうちゃん。わたしに相談したいことってなんですか?」

「はい。…それがですね。…あっ、頂きます」


 かなりお腹が空いてたらしく、涼花は思い切った感じで、コーンドビーフのサンドをさくりと噛んだ。


 とってもちっちゃい口に見えたが、ひと口が大きい。よっぽどお腹が空いていたんだと思う。


「ほんほ、ふいひほはまをやるんでふ。ほれでえ…」


 よく判らん。噛んで飲んでからしゃべれ。そう思ったが、突っ込めなかった。なぜなら、かわいいから。どっからみても芸能人だから。そして前置きがよく判らないまま、出し抜けに出てきたお願いに、僕たちは唖然とした。



「お嬢さまっ、わたしに推理の仕方を教えてくれませんか?」



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