第2話 サンドイッチと魔女っ子女優と

 スパイスの利いた手作りコーンドビーフを特製サラダソースでほぐしたバンズを、黒いスタッフドオリーブとピーマン、トマトの輪切り、たっぷりのオニオンスライスとともにサニーレタスで包んで、耳がかりかりに焼けた全粒粉ぜんりゅうこのパンで挟む。


 お供はこれも、自家製厚切りのベーコンと相模原の親戚からもらった有機野菜で仕立てたポトフだ。


 ハーブ入りのベーコンの肉汁が沁みたスープにとろとろのカブや人参、芽キャベツに玉ねぎをごろりと大き目に。


 相模湖の近くで野菜作りをしている伯父が、趣味でソーセージとベーコンも作り出したので、うちの店のメニューの売りは、自家焙煎じかばいせんコーヒー以外はこれになっている。


 親父が仕入れてくる、ワニ肉のジャーキーなんかよりよっぽど評判がいい。



(それにしても、誰が来るのかなあ…?)


 九王沢さんがぜひ、うちのメニューを食べさせたいと言う人がいると言うのだそうな。別に、それほど威張るようなものでもないのだが、まあ、みくるさん以外で名指しでオーダーをもらえるんだからこれほど嬉しいことはない。


 まさかみくるさん本人じゃ…と言う線もないではないが、あの人は毎度おなじみ取材旅行で、イギリスへ発った。


 ただ今回は編集者同伴の館詰カンヅめ旅行であり、寝る時とお風呂以外は衆人環視で原稿を仕上げさせられると言う、地獄のデスロードである。



(どうせなら、一緒に映画でも観に行きたかったのになあ)


 僕はふと、カウンター横にお店のお客さんが持ってきたポスターを見た。今週公開なのだ。『七色の秋の魔法とコーヒーが美味しい魔女の喫茶店』。


 中世ヨーロッパマニアのみくるさんに合わせたチョイスだったのに、(主演の女の子が若くてかわいかったのが、まずかったのか)にべもなく断られた。


 確かに今をときめく十七歳、秋山すずかは反則だ。そのすずかちゃんが魔女っ子なのだ。喫茶店メニューで言えばプリンアラモードに、自家製ティラミスの盛り合わせ、特別メニューと言っても過言ではない。


 アイドルにはそんなに興味は無いけど、秋山すずかだけは別だ。


 しかも原作のラノベは、密かにファンだったりする。原作の魔女っ子とすずかちゃんは同じ黒髪ショートボブで、この手の映像化作品には珍しく、はまっている。


 絶対当たり役になったろうなあ。あーあみくるさんいなくならなきゃ、絶対観に行きたかったのに。


 てゆうか仕事休みたい。


 どうせ客なんか来ないんだし。まあ、秋山すずかが今日のお客さんだったら、もう少し張り切るんだけどなあ。


 心の中で愚痴りとぼやきを繰り返していると、誰かが、入口のベルをからんからんと鳴らして入ってきた。



「あのすいません、CLOSEの札出てると思いますけど今日貸し切りで…」

 反射的に声をかけて、僕は硬直した。嘘だろ。

「あっ、秋山すずか!?」


 間違いない。リボンのついた黒いフェルトハットを被っていたがトレードマークの黒髪ショートボブに、仔猫みたいに小さなあごは隠してない。


 白目が綺麗な瞳がすごく大きかった。紛れもなくテレビや映画で見る秋山すずかだ。


 今日は長めの袖の薄いキャラメル色のセーターに、生足が見えるショートスカートだった。そんなに背が高くないのに、うわっ、ブーツを履いた足が長い。


 僕が大声を上げたせいかはっとして、彼女は細長い指でとっさに顔を隠した。


「あの、お店の中で人を、待ってちゃだめですか…?」

「いえ!貸切は貸切だけど!いっ、いち、一時までなら!大丈夫ですからあ!?」


 条件反射で言ってしまった。これもしや、最近街歩きの番組でやるアポなしのロケか。


 すずかちゃんに撮影許可を取らせて、僕がOKしたら共演の俳優さんとかカメラとかが、どんどん入って来る展開だろうか。


「えっ、そうじゃなくて…ちょっと早い…?」

 だがすずかは眉をひそめると、小さく首を振った。早い?

「いや、あの…どうぞそこ、座って下さい。大丈夫ですから!」

 おずおずとすずかは、九王沢さんの席に座った。あっ、とそのときようやく我に返ったが、いや、これしばらく帰って欲しくないぞ?


「あっ、メニューお出ししますね!?えっと、お昼時ですし、お豆が選べるコーヒー付きでお得なランチメニューもやってますけど…」


 僕はさっさと、メニューを拡げて渡した。いい匂いがした。お陰で普段しない営業トークまで、使ってしまった。


「あの、メニューは決まってるってうかがったんですけど。お嬢さまは…?」

「お嬢さま…?」


 やっと冷静になった僕の頭に、ようやくその単語が入った。お嬢さまと言えば。この後に貸切の予約をしているのは、ちょうどそんな人である。



「すうちゃん!」


 あわただしく、誰かが入ってきたのはそのときだ。


 入口ですっこけたのか、戻ってきたドアに頭をぶつけていた。緊急事態みたいに入口のベルが、早鐘を打っていた。


 見るとやっぱり九王沢さんだ。腰まで流れるロングの黒髪(と、迫力のある巨乳…)は相変わらずだが、ウエストにリボンのついた枯れ葉色のタイトスカートにコート、また高価そうなヒールを履いていた。


「え、すうちゃんて…」

 僕がまさか、と思う前にだ。

「お嬢さま!お店、すぐ分かりましたよう!」


 ええっ、うそ!?


 秋山すずかはあわただしく席を立つと、九王沢さんと力いっぱい抱き合っていた。


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