「魔力の無い魔術師」8

  8


「ははは。そうか。君は見たことが無いのか。これだ」


 言うと彼が素早くローブの裏から本を取り出し、目当てのページを開くと、そこに書かれた文字をなぞった。

 文字が光を放ち、なんと本から竜が飛び出した。


 そうだ、飛行騎獣だ。図鑑で見た。人間に飼い慣らされた、小さな竜。ディザリルの街では飛行が禁止されているからピンと来なかったけれど、外の世界では一般的という。お金があれば、だけど。

 見知らぬぼくを見て驚く飛竜を落ち着かせながら、彼が言った。


「奴の居場所はまた連絡しよう。どこに連絡すればいい?」

「え、えっと…」


 少し迷ったが、今さらだった。ぼくは勤めている図書館の名を伝えた。


「第七資料図書館か。そこなら知っている。そうだな、すぐにではなくて悪いが、2、3週間のうちに連絡できるだろう。そうだ。それまで練習をしておくといいな。そうだな…」


 矢継ぎ早に彼が言い、本のページをパラパラめくると、さっきと同じように右手で文字をなぞった。同じように文字が光を放ち、今度は本の中から本が現れた。

 これも図鑑で見ただけだったけれど、高位の魔術師になると物を持ち歩くのに本を使うという。どういう仕組みか分からないけれど、古代の魔術師が発明したものだそうで、ページの数だけ本の中に物をしまっておける。

 確か名前は…。


「そうか。『箱本はこほん』を見るのも初めてか」


 最初は箱だったけれど、数多く収納できるように改良を続けるうちに、本の形になったから「箱本」。ページ数によって収納できる物の数が違うから、ページ数が多い本は価値が高くなる。大きさも色々あるらしいけど、人気のあるのは鞄にしまいやすい手の平サイズ=魔法の基本書サイズのものらしい。

 彼が使っている箱本もそのサイズだった。


「そのうち使う機会があるかもな。その前に、まずはこれだ。『木の魔法』の基本書だ。火や水を生み出すのは難しいが、木を育てるのはそれほど難しくない。結果を描きやすいからな。とはいえ、いきなり中を読んでも実現は無理だろう。まずはこの本を持ち上げる練習をするんだ。それができるようになるまで、本は開くな」


 本を、浮かせる……。


「それからもう一つ、これも君にあげよう」


 そう言って、彼は本から拳大の球を取り出した。薄水色の球体に水色の波模様が揺れている。これはオーブだ。彼の持つオーブとは色も大きさも違うけど、これは間違いなく魔術師のオーブ。


「セベリット・オーブという。下位魔術師から中位魔術師が使うオーブで、今の君には扱えない。しかし、このオーブはちょっと特殊なオーブでな。必ずや君の役に立つだろう。いずれ君が、魔法を使えるようになったなら、このオーブを装備するといい」


 セベリット・オーブ……。ぼくは音に出さずに反芻はんすうした。いつか、使える日が来るのだろうか。こんな高いオーブ。

 そこで気付いた。高いオーブ?そんなもの、貰えない。

 慌てて言ったが、彼は首を縦に振らなかった。


「ここで会ったのも何かの縁だ。君も縁を感じてくれるなら、どうかそのオーブを受け取って欲しい。もし君が魔法陣の影響を受けない魔術師だとするならば、魔法陣の外でなら魔法を使える魔術師だとするならば、君はいつか、ディザリルの歴史を変える人物になるのかもしれない」


 言っている意味が分からなかった。歴史を変える?このぼくが?

 最高位魔術師じゃなかったら、彼じゃなかったら、いや、彼だとしても、おかしな話としか聞こえなかった。

 ぼくが呆然と口を開けていると、彼が真顔で言った。


「今は分からなくてもいい。もし君が、いずれその手に力を得たなら、おれに力を貸してほしい」

「力って……」


「ま、半分冗談で覚えておいてくれればいいさ。そういえば、名前を聞いていなかったな。おれの名はテュール。テュール・アルデローアだ」

「テュールさん?」

「ああ」


 彼が笑って頷いた。テュール・アルデローア。最高位魔術師。ぼくはその名を胸に刻んだ。たとえ、彼にとってぼくとのかかわりが酔狂に過ぎなかったとしても。最高魔術師と出会えた。それだけで、ぼくにとっては一生の思い出になる。


「ぼくはウインです。ウイン・ゼルバーン」


 互いに名乗って、それで終わりのはずだったのに、彼がなぜかぼくの名前を聞いて驚きの表情を見せた。


「ゼルバーン?」

「え?」


 どうしたんだろう。ゼルバーンという名前は、良くない名前だったのだろうか。



「いや、まさかな」

 彼がそう呟いた気がした。彼は何かを振り払うように首を振ると、元通りの笑顔で言った。


「ウイン。いい名前だ。よろしくな、ウイン」

「あ、はい、こちらこそ!」


 差し出された右手を慌てて握った。力強さと温かさを感じた。さっきは感じなかった温かさ。最初は感じなかった感情。強さと、優しさ。


「では、また会おう。もうこの辺りに魔物はいないが、気を付けて帰れよ」

「ありがとうございました」

「いや、何。ん?どうした?」


 また顔に何か書いてあったらしい。頭一つ背の高い彼が、ぼくの顔を覗き込むように言った。


「あ、いえ、あの、助かりました」

「ふむ」


 彼が顎をさすった。


「聞きたいことがあるなら、遠慮なく聞けよ?」

「あ、いえ、あの、その、じゃあ、えっと、テュールさんは、どうしてこの辺りにいたのかなって。えっと、あの……」


 うまく聞けずに口ごもると、彼が少し考えてから答えた。


「なぜここにいたか。なるほどな。確かに普通の魔術師はこの辺には来ないな」


 しかも、最高位魔術師が、こんな辺鄙へんぴなところに。


「煮詰まったときはな、調べつくしたと思っているところ、身近な場所にこそ、新しい答えがあったりするのさ。君がいたのは予想外だったけどな。どうしようかな、と思ったんだが、やばそうだったので、な」


 仕方なく、助けた。そう言いたかったのだと分かった。


「すいません。迷惑かけちゃったみたいで……」

「あ、いや、気にするな。そんなわけで、まあ、ここでおれに会ったことは内緒にしておいてもらえると助かる」


 ぼくは頷いた。どのみち話す相手なんていないし、いたところで信じてくれないだろうし。

 また心を読まれた。


「そんな顔をするな。おれに会えて、世界は広がったじゃないか。これからもどんどん広がっていくさ。誰かと会うたびに、な」


 彼はにっこりと笑った。その笑顔はとても眩しかった。

 

 

 

 

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