「魔力の無い魔術師」7

  7


 彼はうなだれてしまったぼくを見ながら、しばらくの間何事か考えていた。

 それから言った。


「ディザリルに生まれなくても魔術師になれる、と言ったが、正確には少し違う。違う、というわけではないのだが、順番というか、始点が異なる。どういうことかというと、この世界に住む人間がすべて魔力を有しているという前提で話すが、ディザリルの街以外の人間は、魔力を『自然に』使うことができない。ガデュルが滅んだ今は、な」


 ぼくは首を傾げた。彼は続けた。


「ディザリルの人間は、魔法陣の影響で、あたかも体を自然に動かすかのように、魔力を自然に用いることができる。君は歩いたり座ったりするときに、いちいち頭で考えて行動しないだろう?深く考えずに歩いたり座ったりできるよな?」


 ぼくは頷いた。


「それと同じで、ディザリルの人間であれば、魔法陣の中にいる限り、考えなくても魔力が発動する。軽い物を浮かしたり、風を起こしたりする程度だけどな」


 彼は実際に手を動かして、小さなつむじ風を起こしてみせながら言った。


「しかし、ディザリルの魔術師でも、魔力の弱い者だと魔法陣の外で魔法が使えなかったりする。魔法陣によって増幅してもらわないと意思の力を具現化できないというわけだ。逆に魔力が強い者だと、魔法陣によって魔力が増幅されてしまうので、魔力を制御する術を覚えないと、魔力が暴走してしまうことがある。ディザリルで高位以上の魔術師になれる人間はそんな感じだ」


 魔術師の階級は、見習い、下位、中位、上位、高位、高位上級、最高位の全部で7つ。高位以上ということは、真ん中より上、ということになる。つまり、平均以上。

 中位までは「魔力が強くない」。そんなふうに考えたら、ぼくはちょっと楽になった。半分の人は、魔力が強くない。つまり、外では魔力を使えない。そんなに単純じゃないと思うけど。


「……外で魔力を使えないのは、見習いの見習いくらいだけどな」


 心の声が聞こえたのか、彼がばつの悪そうな表情で言った。


「え」

「すまん。外でも魔力を増幅する方法はいくらでもあるし、魔力は訓練次第で高まるからな。実際に外に出て魔力が使えないのは……、ほんの一握りだろうなあ」


 ぼくはまたまたがっかりした。


「まあ、つまり、何が言いたかったかというと、街の中では魔力が自然に発動するので、魔力を『増幅』し、『制御』する術を学ぶ。魔力をそれなりの大きさに整えて、魔法に変えていく、という感じだな。しかし、魔法陣の外では、まず魔力を『発動』させる必要がある。街の人間は自然に『発動』させることができるので、外に出れば魔力を『増幅』させるだけでいい。だが、ディザリルの街以外の人間は、そもそも自然に『発動』させることができないので、一から『発動』させる術を学ぶ必要がある」


 何かが見えた気がした。


「君がもし、今までに魔法を使ったことが無いというのなら、君は『発動』の仕方を知らないだけなのかもしれない。ディザリルの街の魔法陣の影響を受けない特殊な人間という可能性もある。これは調べてみないと分からないが、他にもそういう人間がいるのであれば、魔法陣も万能ではないということになる。あるいは、他の何かしらの理由で発動を制限されているのかもしれない。いずれにせよ、魔法陣の中で発動しないのであれば、魔法陣を離れれば発動する可能性がある。普通と逆だけどな」

「!!」


 今までそんなこと、考えたこともなかった。魔力が無いと思い込んで。魔法が使えないと思い込んで。ぼくはそうして生きていた。なのに、ぼくに魔法が使える可能性があるなんて、そんなことがあるなんて。ぼくは夢を見ているんだろうか。本当のことなんだろうか。


「君は何歳になった?17歳か。なるほど、17歳になるまで魔力を発動させたことの無い人間が、他の魔術師と同じように魔法を使えるようになることは正直期待できないかもしれない。しかし、他の街の人間、例えば帝都デルンの戦士などは、大人になってから癒しの魔法や補助魔法を身に付ける。そういった魔法ならば、習得は可能かもしれない」


 魔術師の魔法は無理かもしれない。だけど、魔法が使えるかもしれない。でも、そのためには、一体どんなことをすればいいんだろう。厳しい訓練に耐えなきゃならないんだろうか。そんなことがぼくにできるんだろうか。

 その心を読んだかのように、彼はまっすぐにぼくを見て言った。


「おそらく厳しい道のりになるだろう。うまくいくかどうかも分からない。使える魔法は魔術師のそれではないかもしれない。それでも試してみるというのなら、おれが力になろう」

「え……」


 最高位魔術師が、このぼくに?

 しかし、それは欲張りというものだった。魔術師の最高位に君臨する人間が、最底辺の魔術師の面倒など、まともに見るはずがない。

 だけど、彼は言った。


「本来ならばおれが直々に相手をしたいが、あいにく今はその時間がない。代わりに君の教師となる魔術師を紹介しよう」

「教師…。だけど、ぼく、仕事が……」


 彼は頷いた。


「休みの日だけでもいい。週に1日くらいあるだろう?」


 そのとおり、週に1日だけど休みはあった。


「それでもいい。週1日でもいい。試してみないか?紹介するのは少し変わった奴だが、魔力の腕は確かだ」


 どんな人なんだろう。ぼくの心は動いた。


「い、1日でいいなら……」


 すると彼は、我が意を得たりと手で膝を叩き、勢い良く立ち上がった。


「よし。そうと決まればおれは行こう」

「え……」


 もう言ってしまうんですか?その言葉が出かかった。もっと話していたい。だけど、最高位の魔術師を、ぼくなんかのためにいつまでも引き止めてはおけない。

 きっと忙しいのだろう。本当はぼくにかかわっている時間なんてなかったのだろう。だけど彼は立ち止まって、ぼくを助けてくれて、そして魔法の先生まで紹介してくれようとしている。これ以上、何を望むというのだろう。

 きっと罰が当たる。望んではいけないものを望んでは、きっと罰が当たる。


「すまないな。約束があるんでな」


 またも心を読まれた。ひょっとしてぼくは、考えていることが顔に出やすいのだろうか。今まで気にしたことがなかったけれど。

 ぼくは答えた。


「え、す、すいません。だったら早く行かないと」


 ぼくなんかに構っていないで。

 すると彼は笑って言った。


「なに、すぐそこだ。軽くひとっ飛び」


 ひとっ飛び?ぼくは首を傾げた。空を飛ぶ魔法なんて聞いたことがない。それとも最高位ほどの魔術師になると空が飛べるのだろうか。

 すると、今度も心を読まれた。

 

 

 

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