「魔力の無い魔術師」6

  6


 ディザリル以外の街に生まれても魔術師になれる。そんな話は聞いたことがなかった。

 魔術師とはディザリルに生まれた人のことで、ディザリルに生まれた人だけが魔術師になるのだと思っていた。それが街の常識だったし、それを疑ったこともなかった。

 それなのに彼は言った。ディザリル以外の街に生まれても魔術師になれると。


「そ、そんなこと……」


 ぼくの驚きに、彼は仕方ないというように頷いた。


「やはり君も、ディザリルの街に生まれた人間だけが魔術師になれると思っていたんだな。だが、実際は違う。それに、もっと根本的なことがあるな。魔術師じゃなくても魔法は使える」

「え?」


 ぼくは自分でも間抜けな声を出したと思う。

 彼は続けて言った。


「魔術師だけが魔法を使えるわけじゃない。そうだろう?聖職者は癒しの魔法を使えるし、戦士や修道士だって癒しの魔法や補助魔法が使える。足を速くしたり、一時的に筋力を高めたり、な。魔術師のような攻撃魔法が使えないだけだ」


 あ、そうか。言われてみればその通りだった。どうして魔術師の操る魔法だけが「魔法」だと思っていたのだろう。ぼくは自分でも知らないうちに「他を認めない」、ぼくが嫌う人々と同じ人種になっていたのだろうか。

 彼はそんなぼくを見て、面白そうな表情を見せた。そして言った。


「君はディザリルの街をどう思う?」

「え?」


 突然違ったことを言われてぼくは戸惑った。


「ディザリルの街が好きか?」


 試されているんじゃないだろうか。疑いの心が芽生えた。

 ぼくが警戒していると、彼がまたしても驚くようなことを言った。


「おれは嫌いだ」


 目の前にいるのは、本当に最高位の魔術師なんだろうか。ぼくは自分の目が信じられなくなっていた。魔術師はみんな、ディザリルの街を誇りにし、魔術師であることを誇りに思っているんじゃないんだろうか。こんな人がいていいんだろうか。

 すると彼は、ぼくの心を見透かしたかのようにこう言った。


「おれは魔術師であることに誇りを持っている。この街の美しさを愛している。しかしそれでも、おれはこの街が嫌いだ。違うな。街が嫌いなのではない。この街に住む、外の世界を知ろうともしない魔術師の奴らが大嫌いなんだ」


 理由は違うんだと思った。同じなんていったら失礼なんだと思った。だけど同じだった。この街に住む魔術師が嫌いという点では、ぼくと同じだった。


「この街の奴らはこう考えている。たとえ世界が滅びても、この街が残れば構わないと。自分たちだけの世界で、自分たちだけの価値観で狭い世界を生きている。その姿は滑稽こっけいだ。街の人間は他の街の人間を軽蔑けいべつする。しかし、最も軽蔑されている人種があるとすれば、それはこのディザリルの街の人間だということに気付きもしない。今起こりつつあることに目を向けようともしない。できるならこのおれが、このおれの手でこの街を滅ぼしてやりたいくらいだ」


 このときのぼくには、彼の言葉の本当の意味が理解できなかった。彼のディザリルに対する激しい思いに圧倒されていただけだった。


「と、すまん。横道にそれてしまったな。あ、今の話はここだけの秘密な。ナイショ、ナイショ」


 さっきまでの殺気に近い雰囲気はどこへやら。一転して彼はいたずらっ子のように笑った。

 きっとこれがこの人の、本当の姿なんだ。この人はずっと子供のままなんだ。子供のように純粋なままだから、激しく怒ったり、素直に謝ることができたり、人に優しくなれたりできるんだ。

 ぼくはそんなことを考えた。


「で、何の話だっけ。あ、そうそう。つまりな、この街の連中は、自分たちの世界を守ることだけを考えている。だから、街に生まれた奴以外の奴が魔術師になることを認めない。魔術師となるための術を独占し、他に漏れることを決して許さない。魔術師の操る魔法以外は、魔法とすら思っていないだろうな。」


 ぼくの常識を根底から覆そうとする彼の話にぼくの心は激しく揺れた。抵抗したい気持ち。だけど、彼の言葉が正しいのではないかと信じたい気持ち。


「だが、先ほども言ったように、実際は異なる。魔術師以外にも多くの者が魔法を操り、ディザリルに生まれた者以外の者でも魔術師になることができる。魔都ガデュルのことは君も知っているだろう?」


 ぼくは頷いた。伝説に聞く暗黒の都。魔力の無い人間が機械の力を借りて魔術師になろうとし、見てはいけない夢を見たがために、機械装置が暴走して一夜にして滅びたという。ディザリルに生まれた者以外の者は魔術師となることができない根拠の一つ……。


「魔都ガデュルを一夜にして滅ぼしたのは、ただの機械装置ではなく、ガデュルの魔術師たちが作り上げた魔法装置だ。彼らは彼らの魔力を極限まで高めようとして失敗し、自らの街を滅ぼしてしまった」

「ガデュルの魔術師……」


 ぼくは呆然と呟いた。

 彼は続けて言った。


「そうだ。ガデュルに住んでいた人々は、魔力を持っていなかったわけではない。むしろ彼らはごく当たり前のように魔力を使うことができた。このディザリルのようにな。しかし、彼らは失敗し、街は魔力で汚染された。街は人が住めない土地となった。ゆえに、ディザリルのほかに魔術師の街は無い、という言い方は正しい。だが、ガデュルに住んでいたのは紛れもなく魔術師だ。ディザリルに生まれた人間が移住したわけではない。元々ガデュルに生まれ、ガデュルに住んでいた人間たちだ。ゆえに、ディザリルに生まれた者でなければ魔術師になれない、という言い方は間違っている」


 ぼくはがっくりとうなだれた。ディザリルに生まれた者は皆魔術師になれる。ぼくはいわば出来損ない。ディザリルに生まれてはいけなかった種。だけど、ディザリルに生まれなくても魔術師になれるのだとしたら、ぼくは一体……。

 

 

 

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