第2話 神聖王国騎士 ゼラ
信仰心とは、単に利用価値があるのだろうとゼラは思っていた。
神聖王国の騎士となり、神とやらに忠義を貫いている。自らを滑稽だと思うし、その信仰心を利用し、国家まで築きあげてしまったことに関して言えば、恐れいるほかなかった。
金がかかっている。城(というよりも聖堂をかたどっているため、堅牢とは言い難く、防塞能力は皆無に等しかった。)ただ、ここは信者達が自らの信仰心を美化し、飾りに飾った云わば夢想の地ともいえた。ゼラは、その夢想とやらを抱えた愚者たちを守るために戦う。愚かだとわかっていながらも、今の居場所はここにしかなかったのだ。
「ザセイダ様がお呼びよ」
准騎士のアリィが、聖堂に入ってきた。白銀の甲冑は、女性が着るには少し重いのではないかとゼラは思っていたが、彼女は苦にしていないようだった。それだけ鍛えているとの自信があるのだろう。それでも、アリィの華奢な身体にはなんとなく不相応だな、とゼラは思っていた。
「わかっているよ。君の上官はとても厳しい人だから。今すぐにでも向かおう。」
「ありがとう。でも、お祈りの途中だったのなら終わらせてからでもいいのよ」
「あぁ。そうだな」
ゼラは、聖堂の中の巨大な神像に向けて手を合わせた。それは女性の姿をしていた。眼は閉じていて、彼女もまた手を合わせて何かを祈っているようだった。女神の名はイレーヌ。数千年以上前、大陸戦争を止めさせたという伝承が残っている。当時の文明は、今よりも優れていて、戦いの方法も今よりも苛烈を極めた。大陸中の人間が死に、その当時の文明も崩壊したという。今、当時のもので残っているものは何もない。ただ、風の噂が広まって、それが伝承として伝わってきているだけのことである。
なんとでもいえることではあったが、かつての文明というものには、ゼラは興味を持っていた。このような女神の伝承が残っていることなども、興味がないわけではなかった。ただ、それはあくまで歴史上の興味であって、今の時代に女神が降臨してきて、急に戦いをやめろだのなんて、実際に起こるかというと懐疑的ではあった。奇跡とはいつの時代であれ、都合良く解釈されるものだ。神聖王国イレーヌなどとは、その極みではないか。
ゼラは、アリィの本心は聞いたことがなかった。一見、敬虔な信者のように見える。彼女は、口を酸っぱくしてゼラに信仰のなんたるかについて説いた。しかし、ゼラはアリィが本気でそれを言っているようには何故か思えなかったのだ。「イレーヌ様は、いつか現れてこの戦いを止めるわ。私たちは、ただ、その時までこの王国を守りぬくだけ」アリィは、幾度となくその言葉を口にした。あるいは自分に言い聞かせるようにも思えた。
「行こうか」
「ザセイダ様には私の声も通らないほどに熱心にお祈りしていた、と弁明しておくわ」
「まさか。君の声はよく響くからね」
アリィは笑っていた。その笑顔がゼラには時々わからなくなった。彼女の真実が見えない。信仰とはなんだ。彼女はまるで心を持った人を演じているのではないかと思うことすらある。彼女が神の使いだというのなら、なんとなく納得もできてしまいそうなほどに。
「恐らくだけど。ザセイダ様のお話は、あなたに先鋒を、とのことだと思うわ」
「カルディア帝国との戦いのことか。連戦になるな…。先の戦いのシン・カシアム。並の武人ではなかった。俺の麾下の兵も千人はあやつ1人に斬られたのではないか」
「帝国についたとなれば、脅威だけど……。わたしには、そうも思えない。今回限りではなくて?」
「そうかな。……いずれにしても用心に越したことはない」
アリィの読みは案外当たっているかもしれない。シンが客将の立場から帝国の傘下に入るとも思えない。もしかしたら、今後、肩を並べて戦いに臨むことになるかもしれない。それもまた、恐ろしかった。シンの軍は、先の戦いでの功績から随分と恩賞が出るとも噂されている。金や武具は、猛獣に与えるエサのようなものだというのに。
「そうね…。次の戦地とされるシーラは、レーヴェン将軍が駐屯しているわ。あえてそこを攻めてくる……か」
シーラは交易の街だった。神聖王国の都市の中でも異端地で、信仰心よりも商売のことを考えているものの方が多い。商人たちで築き上げられた一つの国といってもいい。他国だろうが、金になる話さえあれば往来は自由なのだ。最も、大っぴらにカルディア帝国のものとして入ってくるものはいないが、内情はそうも言ってられないのだろう。それだけに治安には不安があった。戦術家で、政治力にも長けたレーヴェンを赴任させたことは意味のあることだった。
シーラ市長のゾルモントは、恐らくレーヴェンを疎ましく思っているだろう。軍隊の駐屯、それも政治介入の意図あってのことであれば、商人達の反感を買いかねない。なんとか除したいことではあった。
しかし、シーラは交易都市だけあって、ほとんど戦力を有していない。帝国やパルラ共和国との国境であることからも、正規軍を従えるレーヴェンを頼るほかないのだ。
今回、カルディアがシーラを狙いに定めている理由は、正直ゼラには検討がついていなかった。物資が行き来する都市とはいえ、占拠し、商人たちを締め上げたところで、炙り出せるのは自国の商人達がいかに王国に物資を流しているか、ということくらいであろう。最もそれがわかったところで、物資の往来を止めることは、自国の経済に打撃を与えることにもなる。つまるところ、シーラを占拠する価値は帝国にとってほとんどないように思えた。ましてやレーヴェンの膝下とあらば、なおのこと犠牲が出るリスクを承知せねばならぬことでもあったのだ。
今のところレーヴェンが軍の練兵にのみ注力しているに留まっており、ゾルモントとしては静観を続けるほかないといったところであった。それこそ、ゾルモントが握る商流には、レーヴェンは一切手をつけなかったという話である。
「レーヴェン将軍も、不運な人だね。気苦労が絶えなさそうだ」
「そうね。ただ、あまり人のことも言ってられないのではなくて?」
「違いない。早くザセイダ様の召集に応じないとな。一軍を任される立場にもなって、一兵卒のように怒鳴られ、駆けさせられるのはごめんだな」
アリィは、再び笑った。感情があるのかないのかは、やはりわからなかった。
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