その後
第23話 二年生
桐絵とアメリの意地の張り合いが加速してからも季節は巡り、二人は二年生になっていた。
「あれが噂の」
「綺麗な髪ね」
「はぁ、素敵」
ひそひそと、一年生たちが遠巻きに囁く。それを帰宅した際の寮の下足場で聞きながら、アメリはどや顔をしている。
「ふふっ、私の魅力は早くも一年生たちも気づいているようね。この学園でそれがわからないのは、鈍い桐絵さんだけではなくて?」
「こうして私に靴をかたずけさせている姿が見えないくらいだから、目が悪いんじゃない?」
そっけなくあしらって部屋に向かうと、アメリはむぅと一年生のころと変わらないむくれっ面になって桐絵を追い越して先に部屋に戻った。
わざわざ数メートル後ろの桐絵を拒絶するように扉までしめてくれるが、しかしそれでも乱暴な物音が立ったりしないお嬢様に、桐絵は思わず笑ってしまう。
アメリは変わらない。より美しくなって、キスも上手になって、だけどその態度はちっとも変わらないのだ。
部屋に入るとアメリは制服のスカートとリボンだけは脱いで床に制服を落としているくせに、そこから面倒だったのか中途半端にシャツのボタンをはずして半裸でベッドに転がっていた。
今日は日差しが強くクーラーをつけるには早く、ちょうどいい気候とは言えそんな恰好で。一年前はまだこんなことはなかったのに、徐々にだらしなさがひどくなっている。
しかし、そんな自室で半裸と言うクソみたいな状況でも、それをしてるのがアメリと言うだけで美しくて見とれるし、ズボラさすら可愛らしい。
「ちょっとアメリ、はしたないでしょ」
制服をひろいあげてハンガーにかけ、自分も着替えながら注意する。
普段から見ているとはいえ、こんな姿でいるのをまじまじと見る機会はそうない。なんだか少し意識してしまう。
「ふふ。なに見てるのよ」
「み、見て、るけど、別に、今更でしょうが。いいから服を着なさいって」
「じゃあ着せなさいよ」
「もー。自分で脱いだなら自分で着なさいよ」
仕方なく着替えを手にしてアメリに近寄りベッドに膝をつき、身を起こさせる。
「脱ぐのはまだ簡単だもの」
「だったらせめて全部脱ぎなさいよ」
「ボタンって外すのに時間がかかるじゃない」
「それはあんただけ」
中途半端につながっているボタンをはずして脱がせ、部屋着のシャツを着せる。少し伸びたありふれたTシャツが、アメリの胸部を強調する。襟元がゆるいので、膝立ちしている桐絵からは胸の谷間がちらりと見える。
いつものように自然に目をそらす。次にスカートをはかせる。後ろ手をついて馬鹿みたいに桐絵に足先を向けてあげるアメリ。すらっとした足が惜しげもなく向けられている。膝小僧ひとつとっても、綺麗に光っているようだ。
その足に触れたくなってしまう。だけどそんなことはできない。
どれだけ毎日のようにキスをしたって、抱きしめたって、そういった触れ合いはまた、全然違う意味を持ってしまう。
スカートを足から通し、お尻をあげさせウエストまで移動させる。ウエストのホックをとめる。ウエストの肉に指が当たる。ほっそりして見えるけれど、少し指が沈むふにっとした感触。
その心地よさに、脂肪の塊である胸部にふれたらどれだけ柔らかいだろうか、とよこしまな感情が浮かぶのを振り払う。
「はい、おしまい」
「いいわよ。ご苦労様」
「本当にね」
「お礼にキスしてあげるわ。いらっしゃい」
アメリはごろりと寝転がり、アメリに向かって両腕をのばした。仰向けでも豊かなふくらみはなくならず、どころか腕で寄せられたそこはまるで誘うようだ。
桐絵は視線をそらして誤魔化すように腕を組むようにして自身の肘を撫でる。
「またそう言うことばかり言って」
「あら、いらない?」
「……まぁ、もらえるものは、もらっておくけど」
腕を解いて、ゆっくりとアメリに覆いかぶさる。迎え入れるようにアメリは桐絵の背中に腕を回し抱きしめてくる。
ぎゅっと体を密着させてお互いの胸をくっつけていると、お互いの心臓が期待で高鳴っているのが分かる。
どんなにふざけていてもいつだって近くで見るアメリの瞳はわずかにうるみ頬は染まり、危険なほどに魅力的だ。
「……ん」
唇を重ねじらすようにその柔らかさを感じあってから、お互いに舌を差し込む。何度と繰り返した動きは滑らかで、躊躇いも躊躇もなく、ただ快楽をむさぼるために動かしていく。
「んぅ」
その気持ちよさに身をゆだねていると、ふいにメアリの手が動く。さわさわとくすぐるように桐絵の背中を撫でる。
「んふっ」
息を漏らすと、その手は徐々に位置を変え、腰に回り指先からシャツの中に侵入してきた。肌と肌が触れ合うのはいつもなんてことない腰でも、桐絵に尋常ではない敏感さをもたらす。
くすぐったさの中に、キスとは別の気持ちよさも見えて、何だか怖いような不思議な気持ちで、お腹がきゅっとなってしまう。
「んふ。ねぇ、桐絵さん」
「んん。なに、さ。てかくすぐったいんだけど」
「思ったのだけど、いつも私の着替えを手伝ってくれるの、とてもありがたいわ」
「え? ど、どういたしまして?」
急にどうしたのだろうか。思わぬ言葉に蕩けそうな脳みそが一瞬で現実に引き戻される。
ありがたい、だなんて直接的なお礼の言葉。ありがとうと普段も言わないわけではないし、普通に言うけれど、こうも改まって言われるなんて。しかもこんな状態で? これはもしかして、お礼としてもっとすごいことを、と言う前降り?
ごくり、と思わずつばを飲み込む桐絵に、アメリは下から微笑んでそっと桐絵のシャツの裾を引っ張る。
「だから、たまには私が、桐絵さんを脱がして、着せてあげるわ」
「え? いやもう私部屋着、ちょ、やめて」
すすっと指先を肌に滑らせるようにしてシャツの裾がまくられていく。アメリに強く抱き着いて阻止しようとするが強引に引っ張られ、頭の上までアメリの手は来ているし、胸元までシャツの裾がきているのが感じられる。
「の、伸びちゃうからやめなさいよ」
「もう伸びてるでしょう? このシャツ去年も着ていたじゃない」
「まだ着れるし、あ、ちょっ、んっ」
アメリはためらうことなく自身と桐絵の体の間に右手を滑り込ませ、そしてぎゅっと桐絵の胸を押すように触れた。思わずそれから逃れるように体をあげてしまい、シャツはするりと裏返り、桐絵の視界が真っ白になる。
「んっ。桐絵さん。頭を下げて。抜けないわ」
「……」
黙って下げた。シャツが抜き去られ、無造作にベッドの外に投げられた。人のシャツを……と思いつつも、自分の上半身が下着の身になったことがとても恥ずかしい。涼しくなったはずが、暑くなってしまった。
「……ちょっと、まじまじと、見ないでよ」
アメリは少し頭をあげてじっと桐絵の胸元を見ている。恥ずかしいけれど、姿勢的に腕で隠すこともできない。また抱き着いて隠すと言うのも、脱がされた格好でするのはまた別の羞恥があってできない。
結果、気弱に抗議するだけになってしまった。だけどそんな桐絵に、アメリはにやりと邪悪に笑う。
「なによ。いつもは桐絵さんこそ、私の体を見ているくせに」
「な、へ、変なこと言うなよ」
「言葉が汚くなったわね。図星の証よ」
「お、怒ってる証だっての。他に証拠でもあるっての?」
「今、私が桐絵さんの胸を見たのがわかったように、逆もまたしかり、と言う訳よ」
「う……」
実際、見ている。そういう意味で好きになる前から、アメリの巨乳は人目を引くし、思わず見てしまうことはあった。そういう意味になったらなおさらで、それは仕方ない。
「べ、別に、変な意味で見てないし」
「私もよ。純粋に、桐絵さんの肌を見たくて、触れたら気持ちいいかしら、と思っているだけよ」
「じゅ、純粋の意味調べなおして」
「相変わらず桐絵さんはわからずやね。私がそうだと言えばそうなのよ」
「ん。いきなり。ていうか、本気で触る気? おかしいと思わない? こんなの、友達でやることじゃないでしょ」
とてつもなく今更な質問かもしれない。すでに友達どころか、恋人にしても濃厚すぎるくらいキスをしまくっている。
だけど、抱きしめるついでに腰や背中に触れるのではなく、触れることを目的に肌を出すなんて、それはまた別の意味になってしまう。
ためらうことなく胸に手をあててきたアメリに声をかけると、軽くくすぐるように下着の上から手をおしあげながらアメリは応える。
「ただの友達ならそうかもしれないけれど、私たち、ただの友達なんかじゃないでしょう?」
「ん、それじゃあ、どんな友達だっていうのよ」
「そうね、気持ちよくさせあうお友達、とかかしら?」
「……」
それってセフレでは? と一瞬思った桐絵だったが、すぐに頭をふってよこしまな考えを吹き飛ばす。
落ち着こう。アメリの頭がちょっとあれなのは前からわかっていたのだ。それより今重要なのは、この状況をどうするか、だ。
受け入れるか、拒絶するか。
アメリと、いけるところまでいくか。今すでにおかしいとして、だけどそれでも、大人になって別の恋人を見つけて行為を上書きすれば記憶は薄れ、頭のおかしい女学生時代だったと流せるはずだ。
だけど肌と肌を触れ合わせてしまえば、もうとめるところなんてない。大人になってもこれ以上なんてないほどのところまでいってしまうだろう。
そんな予感がしている。
だからこれを受け入れるなら、純粋なアメリをそそのかしている罪悪感ごと、アメリを一生忘れられない覚悟が必要だ。大人になったアメリに嫌われ疎遠になったとしても、一生彼女のすべてにとらわれてしまう覚悟。
「……ふふっ」
そこまで考えて、笑ってしまった。
馬鹿馬鹿しいにもほどがある。一生アメリにとらわれるだなんて。そんなの、とっくに手遅れだ。大人になれば忘れられウなんて、そんなの考えたこともなくて、忘れたいなんて思ったこと一度もないくせに。
いつだって土壇場で怖気づく自分が嫌になる。もうとっくに、覚悟なんて手遅れだったのに。
「いいよ、わかった。アメリがそうしたいなら、やらせてあげる」
「む、なによ。あなただって、興味はあったんでしょう? 提案してあげた私に、感謝しなさい」
「はいはっ。んっと、ちょっと、話している途中なのにいきなり揉まないでよ」
ずっと押し当てられていた手が動き出した。アメリの目はご馳走を前にした肉食獣のようにきらめいていて、桐絵は力を抜いた。
そして最終的に二人は晩御飯も忘れて、朝に自室のお風呂に入ることになった。
そしてしばらく、大浴場は利用できそうもないことに気が付き、そんな状態に二人はそれぞれ文句を言いあいながら、狭い浴室で押し合う様に入浴するのだが、それは寮にいる間ずっと続くことになるのだった。
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