第18話 キスをされるちびっこ

 夏休みも終盤、やることもないので当然宿題は早々に終わらせ、満を持して桐絵がアメリの家にやってきた。

 久しぶりだからか、何だか桐絵は初めての頃のように少々もじもじしていて、何だか可愛かった。家族に対して一生懸命猫をかぶっているところも、からかいたくなってしまいたくなる可愛さだった。

 もちろん逆の立場でからかわれたら絶対嫌なので、そこは我慢した。アメリからしたらかしこまっている桐絵は不自然だが、年上に対してかしこまるのは普通だ。


 なんだか勘違いしてしまった次女のメアリが、桐絵になったらガツンと言ってあげる、などと言っていたのでひそかに心配していたが、何故か一目で桐絵を気に入ってしまった。

 確かに桐絵は一目見てわかる可愛さだけど、だからってあくまでアメリの友人として招いているのに、あれこれと顔を合わせるたびにちょっかいをかけようとするのはやめてほしい。

 二人で遊ぶと言えばさすがに遠慮してくれるとはいえ、朝一や食事の度に混ざろうとするのはやめてほしい。姉ながら恥ずかしい。


 と問題もあったが、基本的に桐絵も楽しんでくれていたし、自分の部屋に桐絵のベッドもいれて同室にしたのも受け入れてくれて、いつもと違って横を見たら桐絵がいると言うのも新鮮で楽しかった。

 そんな楽しい生活も3日が過ぎ、ついにこのお泊り会のメインイベント、としてアメリが計画している海の日がやってきた。


 桐絵がアメリの誕生日をお祝いしてくれた時、すごく嬉しかった。

 素朴で特別なことなんて何もないように、当たり前みたいにしてくれるから、それだけ本心で祝ってくれているのが伝わってきた。家族以外の人に心から祝われたのは初めてで、桐絵は何でもないようにしてくれたのが余計に嬉しかった。

 だからアメリも同じように、二人でお祝いをしたかった。家だと家族もいて、あえて二人きりになるのは難しいので、別荘に出て、と言うのは前から考えていた。


 それで両親にも許可をとっていたのだ。なのにメアリが一緒に、などと言ってきて、母親もOKを出したくせに、その方が安心などと言うので、断れなくなってしまった。

 悔しい。もちろん、桐絵にくっつこうとするのはうっとうしいが、メアリのことが嫌いなわけではない。多少煩わしいと思うことはあれど、昔からずっと優しくてアメリを大好きなのがいつだって伝わってくるし、大好きだ。だけどそれとこれとは別だ。


 だけど決まってしまったものは仕方ない。それにあまりに姉と桐絵がぎくしゃくしているのも、アメリの立場は複雑だ。アメリは桐絵と長い付き合いにしたいし、そうなると家族とだってできれば当たり障りなくでいいから、穏便な関係であってほしい。

 と言うわけでとにかく、姉に大きな釘を刺してだけど、一緒に行くことにした。

 桐絵も納得してくれて、メアリもそこそこの距離感を探り出したので険悪な空気にはならずにバカンスを始めることができた。


 水着を着た桐絵は、前日に自分が選んだものだし、着ている姿だって十分見たはずなのに、明るい太陽の日差しのもと、砂浜の上に立っている桐絵の姿はとてもまぶしく感じられた。

 可愛くって、なんだかドキドキして抱きしめたくなるような感じで、シュノーケルをつけさせても実によく似合っていて、そのままお人形にしたいくらいだ。

 タンキニ水着で上のキャミソールで基本的にお腹は隠れているのに、フリルで少し短めでお臍がちらっと時々見えるところとか、ショートパンツで活発な足がすらっと伸びているところとか、もっと近くでじっと見たいような、目をそらしたいような不思議な気持ちにさせられた。


 だけどそんな思いも、遊んでいるとすぐに忘れられた。時々思い出しそうなときは目をそらして事なきをえた。

 そうして1日遊んで、お昼寝の際に桐絵を置いて、お誕生日会の準備をしてもらい、すべてが順調に進んだ。


 そして肝心のお誕生日会もパーフェクトにすすみ、桐絵は喜んでくれてここまでの流れは完璧だった。

 ただ、プレゼントだけでも二人の時に渡そうとしたのだけど、桐絵がプレゼントはないのかと不思議に思ったりしなかったのは少し不満だ。

 このアメリが桐絵の誕生日にお祝いの言葉だけで済ませると思っているなんて屈辱ですらある。


 ここはプレゼント選びに出掛けた一件目で一目で桐絵が着けているところが想像できた完璧なネックレスを渡し、どれだけアメリが桐絵を思っているか見せつけてやるのだ。

 と何故か悪役調のテンションでアメリは桐絵と部屋に向かい、どどん、とプレゼントを渡した。


 プレゼントを何故かためらう様に開けた桐絵は、ネックレスを見て目を輝かせて明るい顔を上げた。


「これめちゃくちゃ可愛いわね」

「でしょう? ふふふ」

「……これ私へのプレゼントってまじ?」


 だけど何故かすぐにひきつった顔になり、半笑いでそう聞いてきた。


 得意満面の気持ちから一転、不安になる。今のは社交辞令で、本当は気に入っていなかったのか!?

 しかし問い詰めると、ただ自分はプレゼントをしなかったから申し訳ない、と言う桐絵らしい謙虚さからの拒絶だったらしい。


 上からで偉そうで、なのに誰より細かな気づかい屋の桐絵らしい。だからこそ、アメリは何もためらうことなく桐絵にプレゼントができると言うのに。わかっていない。

 重ねて押し付けると、観念したように受け取ってくれた。


「ありがとう。大切にするね」


 とはにかんだ笑顔は可愛くて、ぎゅっとしたくなったけれどそうするとネックレスがつけられない。これはさすがに試着できないので、早くつけているところを見て間違いないはずだけど確認して安心したいのだ。


「ええ。そうしてちょうだい。ふふ。ね、つけてあげましょうか?」

「ん。じゃあ、お願い」


 せかしていると思われないようにしつつ、アメリがさっさとつけてあげることにする。

 背中を向けられ、寝間着の首元を少し緩める。前かがみになり、首筋があらわになったのを見降ろして、不思議な気持ちになって心臓が早くなった。


 白く細い首筋。ここに触れて、力を籠めたら簡単に折れてしまいそう。それを惜しげもなく、アメリが何かするなんてまるきり考えずにさらけ出している。それが信頼の証のようでいて、なぜかそれを壊してしまいたい気になった。

 誤魔化すように頭を振って、ゆっくりと桐絵にネックレスを付けた。少しだけ指先が震えたのは、単にネックレスの細工が細いからだ。


 鏡をとって渡すと、桐絵は鏡を見てうっとりと、滅多に見せない大人びた女性のような顔をしている。

 自分が渡したネックレスでそんな顔をしてくれているのだと思うと嬉しいし、純粋な嬉しさ以上に、以前そんな顔をさせた時の、キスをした時のことを思い出して、たまらなくなって今度は我慢せず抱きしめた。

 後ろから抱きしめると、腰に回した腕でどんなに桐絵が細いかありありとわかってしまう。このまま抱き上げてしまえそうなくらいだ。

 首をまげて耳に鼻を寄せると、髪からはいい匂いがして、同じトリートメントなのに違う、桐絵の匂いがした。


「んっ、え、な、なに?」


 戸惑った桐絵の声。それがまた、何も知らない無邪気な子供の声に聞こえて、何だか体が熱くなってきてしまう。

 お風呂で温まった体は、クーラーの冷気ですでに収まっているはずなのに。


「桐絵さん、可愛いわ」

「あ、ありがとう。私もこのネックレス、気に入ったよ」

「ええ……」


 驚きながらも感謝の気持ちを伝えてくれる桐絵に、このままずっと抱き着いていたい。と思ったけれど、桐絵はそうでもないようで、居心地悪そうにしている。

 ぎゅっと胸をおしつけると安定して、安心すらできると言うのに。


「あの、そろそろ離れ」

「ん」

「えっ!?」


 感情の高ぶりが抑えられず、頬に口づける。軽く触れるだけのキス。だけど桐絵にしているのだと思うと、高ぶりは解消されるどころか、ますます大きくなっていく。


 桐絵は予想もしていなかったのか大きく驚きアメリを振り向いて、アメリですら予想外の近さにもっと驚いて、そのままベッドに倒れた。


「んふふっ、なぁにその反応?」

「な、なにしてんの!?」


 可愛い反応に笑ってしまう。力が緩んだとみるや、桐絵は自身の頬を抑えて赤くなって怒った顔を作る。

 起き上がって距離をとってみるけど、やっぱり熱はなくならないどころか、桐絵の体と顔のすべてが視界に入っていると、その可愛さをじろじろ見てしまって、もっともっと可愛い反応が見たいと思ってしまう。


「なにって、頬にキスをしただけじゃない。そんなに驚くことはないでしょう?」

「おっ、どろくわ! 馬鹿か!」


 口が悪い。一番最初に猫を外して怒られた時は、怖くて涙目にすらなってしまったけど、今は桐絵がいっぱいいっぱいなのを誤魔化すためにわざと怒って見せているようにしか見えなくて、むしろ可愛い。

 もう、桐絵について、可愛いとしか思えない。全部が可愛い。最初に思っていた見た目も、今は最初よりも可愛いし、中身だって全部結局可愛い。

 生意気なのも偉そうなのも、口うるさくて短気なのも、全部アメリを思ってアメリの傍にいるから出るものなのだ。距離を取ってよそよそしくしていれば、そんな面は見せることのないものだ。


 そう思えば、すべてが可愛らしく、愛おしく思える。


 寝転がっている桐絵に顔を寄せる。もっと桐絵を可愛がり、もっと可愛い顔が見たい。

 その欲求にアメリは逆らうことをせず、だけど何も言わずにするとさすがに不審がられるので、少しだけ言い訳をする。


「ま、いつも通り口が悪いわね。そんなことを言う口は、ふさいでしまうわね」

「は? な」


 そしてキスをする。桐絵の反応が見たいのに、無意識に目を閉じてしまう。

 だけどその分、桐絵の唇がよくわかる。小さくて力強いほど弾力があって、今はピタッと固まっていて、ただ呼吸でかすかにふるえている。


 気持ちがよくて、この瞬間だけは桐絵の反応が、何てことすらどうでもよくて、この気持ちよさをもっと味わいたくて舌を出す。

 桐絵の唇は歯磨き粉の味がするのかな、と少しだけ思ったけれど、そんなことはなかった。桐絵の唇だと認識しているからか、そんなはずはないのに、甘いと感じた。

 唇にむしゃぶりつきたいくらいで、だけどそうすると痛いだろうから、我慢して少し舐めるだけに抑えて、そっと唇を離した。


 目を開けると、桐絵と目があう。まん丸に驚いている瞳は、可愛い。

 そして遅れて、この可愛い顔が見たいのだと思い出す。ああ、やっぱり可愛い。


「……ふふ。びっくりしているみたいね」

「あっ、ああ……な、なに? なんで、こんなことしたわけ?」


 声をかけるとびくっとまるで小動物がおびえるように驚いた桐絵は、そう真っ赤な顔のまま尋ねてきた。

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