第17話 挑発するお嬢様

「じゃあ、後ろを向きなさい」

「うん」


 アメリに背を向ける。覆いかぶさるように腕が上から降ってきて、目の前をネックレスが通過していく。

 少しだけ、抱きしめられるような錯覚にドキリとしてしまう。


「鏡をとってくるわ。待ってて」


 ネックレスがつけられ、胸元で揺れている。チェーンが少し長めなのは、衣類の下にも入れられるようにと言うことだろうか。これなら制服の下につけていてもわからない。

 と自然にずっとつけていようとしている自分に、桐絵は驚く。元々それほどアクセサリーに執着はなくて、いくつか持っているものも特別なお出かけの際にしかつけないくらいなのに。


「はい、鏡。よく似合っているわよ。私の見立ては最高ね」


 ずい、と後ろから鏡を渡され、受け取って自身を映す。どこかぼんやりしたような桐絵の顔があって、その下のネックレスは可愛くて、何だか気恥ずかしくて鏡の角度を変えるとアメリと鏡越しに目が合った。

 きょとんとしたアメリに、微笑んだ。


「んっ、え、な、なに?」


 微笑みかけた瞬間、ばっとアメリが後ろから抱き着いてきた。腰に手を回して一周し、耳元に頭をおしつけるようにして体ごとぎゅうっと抱きしめてくる。

 わかっていたけど大きな双丘が肩で潰れているのがありありと伝わってきて、何だか無性に恥ずかしくなる。


「桐絵さん、可愛いわ」

「あ、ありがとう。私もこのネックレス、気に入ったよ」

「ええ……」

「あの、そろそろ離れ」

「ん」

「えっ!?」


 何してんの離れてよー、とはプレゼントの直後なのであまり強くは言いにくいため、やんわり言おうとすると頬に柔らかなものが押し当てられた。

 びっくりして振り向くとめちゃくちゃに至近距離にアメリの顔があって、桐絵が驚きすぎてのけぞるように離れようとしてそのままアメリもろともベッドに転がった。


「んふふっ、なぁにその反応?」

「な、なにしてんの!?」


 思わず頬を抑える桐絵に、アメリは抱きしめるのをやめて起き上がる。

 仰向きになってアメリを見上げると、にんまりとまるで大人の女性のようにな笑みをしていて、桐絵の心臓はばくばくと早くなる。


「なにって、頬にキスをしただけじゃない。そんなに驚くことはないでしょう?」

「おっ、どろくわ! 馬鹿か!」


 どこが、だけ、なのか。そんな頬にキスなんて当たり前にする関係ではない。仮にアメリにとって単なる友愛で家族でよくしてたから慣れていて大したことではない行為なのだとして、桐絵とはそんな関係ではないのだからおかしい。


 確かに、桐絵だって、別に、嫌なわけではない。むしろ眠るメアリの顔を見て頬にキスをしてしまったことはある。

 だけど起きていて、こんな風にいきなりされて、そんな顔をされて、別の感情を抱いてしまって動揺してしまうのを抑えられない。


 だけど大声をだしてしまう桐絵に、まるでアメリは子供が癇癪を起しているのをみるみたいに余裕気に微笑んだままだ。

 ふっと笑って、いつもみたいにからかうように、本当にキスくらい大したことないと言う様に顔をよせてくる。


「ま、いつも通り口が悪いわね。そんなことを言う口は、ふさいでしまうわね」

「は? な」


 そしてアメリはためらうことなく桐絵にキスをした。至近距離で上からアメリが覆いかぶさり、世界が金で囲まれて、その中にあるのはアメリだけだ。震えるまつげの美しさに見とれながら、唇に触れる柔らかさはまるで現実感がない。


「ん」


 アメリの息を漏らすような声音と共に、ぬるり、と生暖かい濡れたものが唇をなぞった。


「……」


 それが何か、わかっているのに脳が理解を拒絶して、桐絵はただ茫然と目の前のアメリを見つめるしかできない。

 ぬるぬると唇をなめられ、そうして満足したのか唇を離し、だけど顔はほとんど上げないまま目を開けた。


 緑の目が合う。もらったプレゼントより、もっとずっと綺麗で、この世にこれより美しいものがあるのだろうか、となんだか怖くなってしまいそうなほどだ。


「……ふふ。びっくりしているみたいね」

「あっ、ああ……な、なに? なんで、こんなことしたわけ?」


 声をかけられ、びくっと全身が震えて桐絵は我に返る。

 キスをされて、あまつさえ唇をなめられた。それは確かに一度会ったことだけど、でもそれはもうなかったことになっていることで、その時が特別なものだったはずだ。

 なのに、当たり前みたいに、何の前置きもなくされた。アメリはキスをしたくせに堂々としていて、自分が何をしたのかわかっているのか。


 頬にキスなら、ふざけたと言える。だけど唇なんて。一度なら、気の迷いと言い訳もできただろう。なのにどうして、二度目をしたんだ。何か、特別な意味があるのかと勘ぐってしまうのが普通だろう。

 心臓がうるさいくらいで、桐絵は目も回りそうになりながら、アメリの返事を待つ。


 アメリは桐絵の問いかけにも慌てるでもなく、むしろ桐絵の表情を楽しむようにじっくりと桐絵を見て妖艶に微笑む。


「なんで? おかしなことを聞くのね。したくなったからよ。それ以外に理由がいて?」

「な、なんでしたくなったの。そこが大事なところでしょ」

「知らないわよ、そんなの。あなたを見ていたらしたくなったの。嫌なわけではないでしょう?」


 そう言ってアメリはふわっとした答えのまま、また桐絵に唇を触れさせた。表面だけが触れたまま、くすぐるように唇を動かす。

 ふにふにした感触と、くすぐったいお互いの吐息。こんなことをするのはおかしいと頭では思っていても、桐絵はアメリを突き飛ばすこともできず、硬直したようにじっとすることしかできない。


 そうして堪能するように、ちゅっとリップ音をたててから、今度こそ顔をあげて顔全体が見える距離になったアメリはからかうように笑う。


「ふふ。可愛いわよ」

「っ、馬鹿。早く退いて。もういいでしょ?」

「いいわ。これ以上すると、桐絵さんが赤いのを通り越して、ゆだっちゃうものね」


 アメリはそう言って体を起こした。アメリの髪でつくられた世界をおおうカーテンがなくなり、初めて桐絵は自分が異常に熱くなっていることを自覚する。

 自覚してしまえば、自分がどれだけ真っ赤になってしまっているかわかってしまって、恥ずかしくてたまらない。もちろんアメリだって、余裕ぶっているけど真っ赤だ。

 アメリは肌が白いだけに耳まで赤くなっている。だけどそれさえ様になる美貌だけに、自分だけが無様な姿をさらしていたのかと思うととてつもない羞恥心に襲われてしまう。


「ば、馬鹿死ね! だいたい、なに勝手に、したいからとかわけわかんない理由でキスしてるわけ!? ありえないでしょ!?」


 今更ながら勢いよく起き上がって抗議する桐絵に、アメリは面倒そうにそのまま寝そべった。


「なによぉ、急に怒って。さっきまではあんなに可愛くキスをねだっていたくせに」

「ねっ、ねつ造すんな! 私はなんも言ってないだろ!」

「ねつ造じゃないわ。目が言ってたわ」

「お前はだからさぁ! あああもうヤダぁ」


 ばっとアメリの隣に突っ伏すようにして桐絵は顔を隠した。もう半分くらい赤みがひいたアメリに対して、桐絵は熱がひかないどころか、アメリを見ていると今度は自分がキスをしたい気にさえなってもう訳が分からなくなっていた。


 あんなねっとりしたキスを、ただの友達同士でしたくなったからするとかアメリは頭がどうかしている! 痴女じゃん。

 そしてなにより訳が分からないのは、桐絵自身だ。アメリの言う通りで、全然嫌じゃなくて、それどころか、前にキスをされた時からずっと待っていた気さえした。気持ちがよくてふわふわして、恥ずかしいのに嬉しくて、アメリをとても愛しく感じられた。


 どうかしている。アメリはただのルームメイトで、手のかかる友達で、確かに綺麗で可愛くて見とれてしまうし、あれだけ頼られるのが自分だと言うのはちょっとした優越感すら感じていたけれど、けっしてそんな淫らな感情ではなかったはずなのに。

 純粋にアメリを大事に思っていただけのつもりだったのに。それはアメリからの気まぐれな行動一つで吹き飛んで、簡単に低俗な欲求が生まれてしまう。


 アメリには中身通り、もっと純粋で、綺麗なままでいてほしかったのに。今、桐絵はアメリにもっと強くキスを返して、そして今度はアメリの方が蒸発するくらい赤く感じさせてやりたいと思っている。

 そんなアメリを桐絵だけが見て独占したいのだと、醜い独占欲とどうしようもない劣情が湧き上がっていることを、もはや否定すらできない。


「そんなに怒らなくたっていいじゃない。……嫌では、ないでしょう?」

「馬鹿。あんたは本当に馬鹿だっ。だからだよ。だから、こんなに困ってるんじゃんっ」

「……変なこと言うわね。でもわかったわよ。勝手にしたのは悪かったわ。その……あなたからしても、いいわよ?」

「……」


 馬鹿じゃないのか。誰がそんな話をしているのか。全然何もわかっていない。


 桐絵がたまらなく思っているのは、特別な感情もなく簡単にキスしてしまえることで、なんでもないみたいに流そうとしているところで、友情以上なにもないみたいなところで、だからそんな簡単にまたキスをなんて、全然何の慰めにもならない。

 いっそ腹が立ってくる。だけど一番腹が立つのは、そんなアメリの提案に、心が動いてしまう自分自身だった。


「……いいよ。じゃあ、それで、許してあげる」


 絶対にダメだ。アメリはこんなことをしておきながら、いまだ冗談半分で自分が何をしたかなんてわかっていないお子様で、だから桐絵はそれを利用するみたいなこと、騙してるようなものだ。もはやそんなのは、犯罪じゃないか。


 そう思うのに、桐絵の体はとまらない。起き上がって、仰向けに寝転がっている横のアメリを見る。少しだけ硬くなっているのは眉でわかる。それでも口元は余裕さをアピールするように微笑み、不敵に桐絵を誘ってくる。


 そんなのは勝手に桐絵が見ているだけかもしれない。そうは思っているのに、それでもアメリから行ってきたのは間違いなくて、それを免罪符にゆっくりと桐絵はアメリの反対側に手をついた。

 寝転がるアメリの横に腰かけ、半分覆いかぶさっている状態でも、アメリは笑みを崩さない。


 右側にも手をついて、腰を浮かせて四つん這いになる。顔と顔との距離は60センチほど。まだ余裕の友達の距離。


 肘を折り曲げて、ゆっくり近寄る。その距離30センチ。まだ、ちょっとしたじゃれあいだと言える距離。


 腕がつらくなってきた。肘をついて、背中がそる形でアメリの上にのってしまう。胸と胸がぶつかり、仰向けでも大きなその感覚に驚く。

 さっきは気にならなかったのは、アメリがお尻をあげていたのだ。それに気が付いて、なんてエッチな姿勢でキスしていたのかと思うと、何だか妙に興奮してきてしまう。


 もう顔と顔の距離は15センチをきっている。だけどまだ、引き返せる距離。


 いまなら、調子の乗った少し常識のないアメリがはしゃいだだけだと言い訳できる。桐絵が取り合わなければ、お互いに友達だと言い張れる。


「……」

「……なぁに、桐絵さん。もしかして、怖気づいたのかしら?」

「馬鹿っ。どうなっても知らないから!」


 挑発的なアメリに、桐絵はもう戻れないとわかりながら、キスをした。

 自分からしたキスは、アメリの唇の皺の一つまでわかるようなもので、された時は驚きばかりで困惑が先立っていたけれど、自分からすると素直に気持ちよさが先行している。

 自分の意志で自分のタイミングでするキスは、純粋にキスを味わえるようで、唇をあわせているだけではものたりなくなってしまう。


「んっ」


 アメリにされたのをなぞるように、舌を出してみる。ぺろ、と恐る恐る舐めると、唇で感じる以上に滑らかで、ついぺろぺろとその感触を確かめたくなってしまう。


「あ、ん」


 もう、何がなんだかわからないくらいに理性が溶けた桐絵は、その欲求のままぐいと力を込めて舐めていた。それにアメリがくすぐったがるような声をあげ、桐絵はそれに背中を押されるようにして、空いた隙間に舌をいれた。


 ぐ、と舌と舌がふれた。その一瞬、やけどするかと思うほどの熱さに動きが止まる。アメリもまた、拒絶するでもなくぴたりと止めた。


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