第19話 許しちゃうちびっこ

 どうしてキスをしたのかと尋ねられて、だけどその明確な答えを、アメリはまだ持ち合わせていない。

 可愛い顔が見たいからだ、と言えば普段は可愛くないのかと思われるかもしれない。だけどもちろん普段から可愛い。


 それに可愛い顔を見る手段がキスしかないわけでもない。なのにキスを選ぶのは何故かと言えば、体の中に桐絵が可愛い大好きと言う気持ちがたまって、それが勝手にあふれると勝手にそう感じてしまうのだ。

 だからあえていうなら、したくなったからだ。それ以上に理由はない。あるのだろうけど、わからない。


「あなたを見ていたらしたくなったの。嫌なわけではないでしょう?」


 なんでなんでと聞く桐絵を見ていたらまた感情があふれそうになったので、そっと唇をあわせ、さっきより唇の皮膚感を味わう様に表面を触れ合わせる。

 ぷにぷにしていて、それだけでも気持ちいい。家族で頬にキスをするのは何にも感じないのに、桐絵とすると頬ですら楽しいし、唇にするととても気持ちよくて何度もしたくなるほどだ。


 きっと桐絵も同じように感じているのだろう。だって桐絵は口ではツンケンしたことを言っているけど、さっきから一度もキスを拒絶しない。

 アメリの肩を抑える事すらせず、おとなしく腕の中で小さくなってアメリの唇を受け入れている。それが何よりの証明だ。


 そうして顔をあげる。何度目かわからない可愛いを伝えると、桐絵は長湯してしまったようにどこもかしこも真っ赤で、ふにゃふにゃしていて少し笑えた。


「っ、馬鹿。早く退いて。もういいでしょ?」


 もちろんそんな顔も可愛いけど、さすがに涙目になっていて少し可哀想にも思えたので、このあたりでやめておくことにする。

 また一か月もすれば、こんな機会もあるだろうから、無理をすることはない。


 そう思って大人しく引いたと言うのに、今度は桐絵が勢いよく起き上がって顔を寄せてきた。


「ば、馬鹿死ね! だいたい、なに勝手に、したいからとかわけわかんない理由でキスしてるわけ!? ありえないでしょ!?」


 うるさい位の声量で怒られた。急に面倒になって寝転がる。気持ちよかったこの余韻のまま寝てしまいたいのに。桐絵は全く、ムードと言うのが分かっていない。


「なによぉ、急に怒って。さっきまではあんなに可愛くキスをねだっていたくせに」


 からかうように言うと、ますますヒートアップして桐絵はベッドに顔を突っ伏してうなだれ始めた。

 別に初めてでもないのだから、そんなに動揺しなくてもいいのに。と思うけれど、それを言ったらもっと怒りそうだ。


 一応念のため、嫌ではなかったのか確認すると、やっぱり嫌ではなかったようだし。

 だけどだから困っていると言われても、何を困っているのかわからない。


 アメリと桐絵は親友で、他にかけがえのない大事な存在なのだから、キスくらいいいではないか。よくわからないけどしたいし、したら桐絵も可愛いし、したらとっても気持ちいのだから、別にいいではないか。

 確かにちょっとだけ、友達にしたらくっつきすぎているのかもしれないけれど、だけどアメリにとって桐絵は、恥ずかしいけどそれを乗り越えてもキスをしたいくらいに大切な愛しい存在なのだから。


 嫌じゃないと言うのは、それは桐絵も同じようにアメリに愛情を感じているのではないのか。


 そうも落ち込んだ風にされると、アメリの方こそ困ってしまう。でも確かに、一方的ではあった。それは認める。

 桐絵が嫌がっていないからって、アメリがしたいようにだけして、自分の気持ちよさだけ優先した。それで満足した。


 だけどもしかしたら、桐絵はまだ物足りないのかもしれない。だけどキスしたいとは言い出せずに悶えているのかもしれない。

 そう突然気が付いた。だけどそのまま聞いてもきっと意地っ張りは桐絵はうんとは言わないだろう。仕方ないから、ここはアメリが大人になってあげよう。


「その……あなたからしても、いいわよ?」


 しかしどうしてか、この言葉は実際にキスをするのに匹敵するくらいに、何だか恥ずかしい気がした。


「……いいよ。じゃあ、それで、許してあげる」


 だけどその甲斐はあったようで、桐絵は真っ赤なままだけど起き上がった。


 あ、今からキスをされるんだ。と当たり前の流れを察して、何故か自分からした時には感じない緊張がアメリの体を流れた。

 どきどきと、自分からした時とは違う焦りのような感情すら出てくる。


 だけどそれを悟られたくなくて、不敵に微笑んで見せる。桐絵には格好が悪いところはみせたくない。


 桐絵はゆっくりと、本当にゆっくりと、じらしているのかと言うほどゆっくりと顔を寄せてくる。

 時間がかかるほど、心臓はだんだん早くなっているようで、今桐絵にキスをされたら、さっきよりも気持ちいいのだろうかとか、そんな風に期待もしていた。


「……」


 ふいに動きが止まる。もう鼻先で、勢いをつけたらそれだけで頭突きができてしまいそうな距離で、真剣だけどどこか熱に浮かされたような顔のまま止まっている。

 そんな顔も、ずっと見ていたい。だけどそれ以上に、気持ちよくなりたくて、アメリは桐絵をせかした。


「なぁに、桐絵さん。もしかして、怖気づいたのかしら?」

「馬鹿っ。どうなっても知らないから!」


 言葉とは裏腹に、どこか迷子の子供のような不安げな表情で、桐絵はアメリにキスをした。

 上から落とされるようにされるキス、桐絵から求められているキスは、さっきとは全く別に種類と言ってもいいくらい、違う快感だった。


 「あ、ん」


 唇をなぞられるだけで、もう声が我慢できない。そしてその声に応えるように、桐絵の下はするりと口の中にはいってきて、ぴたっとアメリの舌に触れた。


「っ」


 それは、想像を超えていた。動かさなくたって、舌の粒一つ一つがお互いを愛撫するような、言葉にできない気持ちよさだった。

 ほんの少しだけ空間を押し込んだだけなのに、ここまで快楽のレベルが違うことに驚かされる。


 触れている時よりも舌は熱くて、入ってきただけで口内の温度が変わるほど熱いと思っていたのに。実際に舌で触れ合うと、生暖かい温度で、それが絶妙な気持ちよさを誘うのだ。


 全身が熱い。そして体のすべてがむずむずして、桐絵にもっと触れて、体もいっぱい気持ちよくしてほしい。そんな風に思ってしまう。

 それはさすがに、ちょっと違う行為で、えっちな感じがするとは思うのに、なんならちょっとくらいえっちでもいいから、触れてほしいと思うほど体は熱を帯びていた。


 求める思いで体が震えてきて、アメリはたまらず桐絵を抱きしめた。桐絵は体から力が抜けたように、アメリに全てのっかかるようになった。

 いくら桐絵が小さいとはいえ一人の人間なのだから、脱力している状態で乗られるとどうしたって重さを感じる。だけど今は、それすら心地よい。

 胸の上に桐絵の胸が乗っている。普段は存在感を感じないのに、今は震えるほどの心臓の鼓動を伝えてきて、アメリの分厚い脂肪越しにもその柔らかさを主張する。


 自分の胸が大きいとか小さいなんて気にも留めたことはなかったけど、もっと小さければ、桐絵ともっと近い距離で抱き合い存在を感じられたのにと今は思う。

 桐絵のすべてを感じたい。抱きしめたまま、ゆっくりと舌を動かす。


「んっ」


 きゅっと、アメリの上着が下に引っ張られた。桐絵が恐怖を誤魔化すように力がはいっているそれに、緊張して固くなっていることに気が付いた。

 アメリは少しだけ興奮が収まるのを感じた。おびえる桐絵は可愛いけれど、それはもっと見たいと言うのではなくて、安心させてあげたいと言う感情につながる。

 同じように可愛いのに、不思議だなと自分で思いながら、アメリはよしよしと桐絵の頭を撫でて抱きしめるちからを緩めた。


「ん、んう」

「んっ」


 そうしていると落ち着いたのか、今度は桐絵はアメリの両肩をつかんで、舌を動かし始めた。おずおずと、確かめるように、だけど小さな体に見合わない力強さで。

 アメリもまたそれに応えるように舌を動かした。


「んっ、んっ」


 吐息交じりにお互い声をもらし、もはやどっちの声なのか変わらないような状態で、一心に快楽を求めて舌を動かす。

 目の前がちかちかするような気持ちよさで、他のことが考えられなくなる。


 こんなにすごいことが世の中にあって、みんなこっそりしているのだとしたら、それはなんてすごいのか。世界は広い。

 アメリはただ、いま、目の前の気持ちいいことしか考えられなかった。


「あ、はっ、はぁ」

「ふぅぅ、ふ、はぁ」


 どのくらいそうしていたのか、酸素を求めて唇を離した。お互い馬鹿みたいに荒い息を掛け合っていてくすぐったい。


 そして我に返ると、気持ちよさを貪欲に求め合ったのがなんだか恥ずかしい。ちょっと夢中になっていた。

 桐絵に夢中になるのは仕方ないとして、快楽に夢中になるのはちょっとはしたない気がする。


「……これで、おあいこね」

「……馬鹿。どっちが。ま、許してあげるけど」


 呼吸を整え、目を合わせたままそう言ってから、どちらともなく目を閉じて、もう一度キスをした。

 さっきほど荒々しくはなく、だけどやっぱり気持ちよくて、お互いを気持ちよくさせようとした少し気づかいのあるキス。


 またさっきまでとは違う、心も優しく撫でられているようなキスに、もっともっと、いろんなキスがあって、いろんな気持ちよさが世界にはあるのだろうなと確信できた。

 それを他ならぬ桐絵と、もっと探求していきたいとアメリは思った。


 思いながら、何度目かわからないほどキスをしながら、抱き合ったまま眠った。


 そして翌日。目を覚ましたアメリはすやすや眠る桐絵をじっと見ていた。昨夜は何時か覚えていないくらい遅くなってしまったので、普段から早寝早起きの桐絵には辛かったのだろう。

 反面、朝が弱いのは夜遅いからなアメリは必要な睡眠時間だけなら桐絵より短いようで、自然に先に目が覚めていた。

 同時に目が覚めなかったのはアメリにとっては幸いだった。なにせ起きた瞬間目の前にある桐絵に無意識にキスをしていたし、気がついて朝からなにをやっているんだろうか、と言うか昨日はやりすぎだしがっついていたようで恥ずかしい!と真っ赤になってしまったからだ。

 寝てくれていたおかげで、十分頭を冷やすことができたし、桐絵の寝顔の可愛さも十分堪能できた。

 同室とはいえ、ベッドが別だとわざわざ覗き込まないと見えないので、こんなに近くで見るのはそう機会があるものではない。と言っても、夏休みの前もしていたのだけど。


「うーん」

「あら、おはよう、桐絵さん」


 目を覚ましたようで瞼をふるわせ、しかめっつらで身じろぎをする桐絵に、おかしくなって頬に軽くキスをして挨拶をする。


「ん?」


 桐絵はぱちりと目を開けて、微笑むアメリと目をあわせ、一気に真っ赤になって布団にもぐりこんだ。


「あぁぁぁぉぁ」

「ぷっ、ふふふっ」


 くぐもった悶え声に声をあげて笑ってしまった。とても可愛い。

 そしてメアリがまだ寝てるの? と突撃してくるまで、桐絵がもじもじして顔も見せない可愛さを堪能した。


 この夏休みは目標通り、前よりもっと桐絵と仲良くなれたし、桐絵にもキスを求められる対等な関係になれた。そんな最高の夏休みだった。



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