第14話 海に行くお嬢様

 桐絵がアメリの家にお邪魔して、三日が過ぎた。次女のアメリはどうやら本気で桐絵が気に入ったらしく、妹にしようとあの手この手でちょっかいをかけてくるが、すべてスルーしている。

 そもそも桐絵はアメリと同い年なのだ。小柄なのは認めているが、だからって過剰に小さい子扱いされたり、お人形扱いは論題だ。外見しか見ていないのと同じだし、桐絵は人間だ。

 知り合って仲良くなってからふざけるならともかく、初対面で仲良くもないのに膝に乗れだの食べさせてあげるだのと言われても、気持ち悪いとしか思わない。


 それ以外は実に平和だ。長女のアリアはおっとりしていて人間ができていて、むしろお姉さまと呼ばせて、と言いたくなるくらいの人だし、ご両親も優しくおおらかで、アメリと一緒に可愛がってくれている。

 さすがアメリを育てたと思わせる甘やかしっぷりではあるが、お客の立場なので遠慮なく受けるし、強制や干渉もないのでありがたい。


 そんなわけでメアリと言う問題はあるものの、基本的に快適な生活を送っている。部屋を出ると知らない使用人だのがうろうろしているのも、ホテルだと思えば気にならなくなった。


「桐絵さん。今日はどこに行くか、もちろん覚えているわよね?」

「昨日の夜も話してたのに、どうして忘れると思うのさ」


 今日は海に行く予定だ。やっぱり一日くらいは泳ぎを入れたいと言うことで桐絵が希望したのだ。アメリの家も海辺の別荘を持っていたので、そこに泊まる形になる。どうせ往復は車で日帰りできなくもないのだけど、そう慌ただしいスケジュールにすることはない、と言うことでそうなった。


 当然のように別荘にも使用人がいて、先行して行って準備して待ち構えてくれているらしい。管理人を置くくらいならわかるが使用人って、と思う桐絵だが、人様のお家事情に突っ込む気はないのでこれもスルーだ。

 アメリの家に来てからスルースキルが上がった気がする桐絵だった。


 アメリはお出かけの服に着替えながら、言いにくそうに視線を泳がせつつ口を開く。


「ええ、そうね。それで、そのことなのだけど……メアリお姉さまも行きたいと仰っているのよね?」

「……まじでぇ?」

「本気で嫌そうな顔をするわね」

「本気で嫌だと思っている理由、本気でわからない? あなたにとってはお姉さまでも、私のとっては赤の他人なのよ? なのにあの態度は引くでしょ」


 真面目に文句を言うと、アメリもそれはわかっているのか、怒るではなく肩をすくめた。


「わかるし、ちゃんと都度とめてるでしょう? だけど、お母様も二人より成人しているメアリお姉さまが一緒の方が安心、とかおっしゃるし」

「う。それを言われると。ちゃんと保護者として一歩引いてくれるなら仕方ないけど……アメリ、ちゃんとお姉さんの手綱ひける?」

「その物言いはさすがにイラッとするのですが、今回は甘んじて受け入れましょう。いいでしょう。メアリお姉さまは私が掌握します」

「そこまでは言ってない」


 着替え終わり支度が出来たので、覚悟を決めた顔をしているアメリを連れて玄関へ向かう。ご機嫌な様子のメアリがキャリーケースに腰かけて微笑んでいる。


「はぁい、アメリ、桐絵ちゃん。おはよ。今日はよろしくね」

「おはようございます、メアリさん」

「やぁね、そろそろお姉ちゃんって呼んでよ」


 舐めた態度をやめないメアリに気色ばむ桐絵はアメリを見る。目を合わせて、こくりと重々しくうなずいたアメリは、一歩メアリに近づいた。


「お姉さま、今日と言う今日は言わせてもらいますけれど、桐絵さんになれなれしくするのはやめてください。私の友人であって、お姉さまとは初対面の他人なのですから。どうしてもそのように呼ばれたいと仰るなら、私がそう呼んで差し上げますわ。お姉ちゃん」

「んー。あのね、アメリは世界一可愛い妹よ? それは間違いないんだけど、アメリがお姉ちゃん呼びはなんか違うのよね。解釈違いと言うか」

「何の解釈ですの……。とにかく、彼女は私と遊ぶためにここにいるのです。今日だって、二人で海で遊ぶのですから、お姉さまは邪魔をしないでくださいな」

「う……じゃ、邪魔まで言わなくてもいいじゃない。一緒に遊びたいだけなのに」

「う……」


 アメリの毅然とした物言いに、メアリはちょっと涙目になっていじけた口調でそう言った。そう言われるとさすがにアメリも勢いをなくし、困ったように桐絵を振り向いた。

 桐絵は姉妹でもなんでもないのだけど、しかしそれでも、美人がしょんぼりした顔をしていると可哀想にとは感じてしまうので、本当に美人は得だなと思いつつため息をつく。

 そしてアメリの隣に並んで、顎を引いて上目遣いになっているメアリに応える。


「あの、メアリさん。一緒に遊ぶと言うのが嫌なわけではないんです。ただあまりになれなれしく、私を過剰に子供扱いされてはいい気分ではないので、適度な距離をとって接してほしいと言うだけです」

「ぐ。……わ、わかったわよ。桐絵ちゃんから、妹にして! て言ってくれるまで、私から妹を強制しないわ。それでいい? 普通になら、一緒に遊んでくれる?」

「はい、それならもちろん」


 絶対に言わないが、心の中にしまっておいてくれるならなんでもいい。頷くと、ぱっとメアリは表情を明るくした。

 全く、こういうメンタルが弱いのに切り替えが早いところ、アメリとそっくりすぎる。年上なのにそう見えないし、そういうところが憎めないのだ。アメリの姉だからだけではなく、嫌いには慣れないのはそういうところだ。


「わかったわよ。まずは普通にお友達から目指すわ。よし! それじゃあ行くわよ二人とも! いい波が逃げちゃう前に行かなきゃ!」


 そうして車に乗り込み、早速出発した。時間はかなり早く、学校に行くより早いくらいだ。


 と言うかわかっていたけれど、アメリは予定のある休日は授業のある日より早起きなのだ。わかっていても、この数日ずっと早起きなのはやればできるんじゃん。と不満を抱かないでもない。

 まあそれは、学校が始まってからまた寝起きが悪くなった時まで文句を取っておくことにして、素直に海を楽しむことにする。

 到着までは車の中でカラオケ大会となった。専用の機材まで載せていて、どうやら遠出の際には定番の様だ。


 桐絵も歌が嫌いではないけれど、アメリとカラオケは初めてなので少し緊張していたが、特に問題はない。と言うかメアリが盛り上げ上手でめちゃくちゃ合いの手も入れてくれるので普通に楽しかった。

 アメリは途中からノリノリでアイドルもかくや、と言うほどに口上までしていた。普通に可愛かったので桐絵も全力でのってしまった。


 そんなこんなで空気も温まり海に到着した。いったん別荘に荷物をおろし、着替えをすませて準備運動や日焼け止めなど準備を済ませたすぐに海に行く。

 ビーチは別荘のすぐ裏なのをいいことに、アメリとメアリが競争だ! などと言いながら走り出したので、仕方なく桐絵も全力で追い抜かした。背が高いだけで足が速いと思ってはいけない。


 海は別荘から一本道なので迷うことはない。別荘の部屋から見下ろしたときも綺麗だと思ったけれど、夏の日差しに照らされて白く輝く砂浜も、きらめく水面も美しく、誰もいないと言うだけで見ごたえのある景色だ。

 暑さでビーチサンダル越しにも地面から熱気が伝わってくるのが、いかにも夏の海と言う気がして、桐絵は嫌いではない。


「一位!!」

「はぁ、はぁ……き、桐絵ちゃん、足早……」

「う、ごほっ」

「え、二人ともへたりすぎじゃないですか? そんな全力で走ります?」


 到着したので振り向いてビクトリーポーズを見せつけると、追いついた二人が膝に手をついて肩で息をしていたので驚いた。桐絵も全力ではあったが、普通こういう時はそこまで息切れするほどは力入れないだろう。

 先に立ち直ったメアリが腰に手をあてて起き上がる。


「き、桐絵ちゃんが早いから、つられたのよ。はあ。よし! じゃあここから格好いいところ見せるわよ! 用意して頂戴」


 お盆を過ぎているとはいえ、まだまだ暑いにも関わらず海に人はいない。アメリの家のプライベートビーチでしっかり管理がされているのだ。なのでクラゲの除去なども完璧で安全に泳げる。

 メアリはすでにビーチに用意されていたサーフボードをとらせ、にんまりと得意げな表情を見せつける。


「これなら私、負けないわよ」

「あ、私サーフィンできないのでいいです」

「私も疲れますし、桐絵さんとのんびりいたしますわ」

「え? わ、私一人?」

「あ、雄姿は見ておきますから、どうぞ」

「うー。仕方ないわね。アメリもちゃんと応援してよね?」

「はい、お姉さま。頑張ってくださいませ」


 不満そうになったメアリだったが、サーフィンは好きなようで、一人でもそのまま海に向かっていった。


「アメリのところはみんなサーフィンするの?」

「まあそうですわね。母が好きなので。ですけど家族で行くと波を取り合いになりますし、そう得意でもないので、私は別に好きではありませんわ」

「ふぅん? じゃ、とりあえずどうしよっか」

「そうですわね。暑いので海に入りましょうか。シュノーケルをつけると結構透き通っているから、綺麗よ」

「いいんじゃない。人がいないからやりやすいし」

「じゃあそうしましょう。シュノーケルをお願い」

「かしこまりました」


 アメリが指示を出すとすぐに用意がされた。すでに用意されているいくつもの中から出すだけと言う感じだ。

 桐絵に渡されたシュノーケルセットは新品で、それを強調するかのようにわざわざ目の前で封を開けてくれたのが印象的だ。そのくせ口をつけても新品特有の嫌な臭いはなかったので、一度出して臭いを取ってからつめなおしているのかもしれない。口に出しにくいところに細かい気づかいをしてくれるのを感じて、無料で宿泊しているのが申し訳なくなる。


「さて、にしても桐絵さん、シュノーケルが似合いますわね」

「これ似合うとか似合わないなくない? アメリも似合ってるよ」


 アメリは長い髪をまとめてお団子にしており、いつになく活発な印象で、大ぶりのゴーグルを首にかけている姿は様になっている。

 スタイルの差に嫉妬するよりも、はー、かっこいい。と見とれてしまいそうだ。


 水着はそれぞれ、昨日買ったばかりのものだ。昨夜に部屋でお互いに着替えて見せあって褒めあったが、しかし日の光の舌で見ると一段と水着の魅力でている気がした。

 アメリの水着はセパレートだがパレオがついていていかにも泳ぎにくそうな優雅なものだ。初めからサーフィンや激しい動きのものをする気はなかったのだろう。


「あらそう? ありがとう。じゃあ行きましょうか」


 きちんと装着し、目を合わせる。少し笑って一緒に海に入った。


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