8月

第13話 姉と揉めるお嬢様

「桐絵さん、お久しぶりですわね」


 約1か月、久しぶりのアメリとの再会はだけど全然久しぶりの感じがしなかった。3日と空けずに電話で話していたのだから、当たり前かもしれないが。

 しかしそれでも、久しぶりに顔を見るのは事実で、その顔のよさに改めて桐絵は目を細めた。


 正面から見て、その笑顔、はちゃめちゃに美人。初対面の時の衝撃再びである。


「ええ、そうね。久しぶりね」

「? そうね。それでは早速、我が家に招待いたしますわ!」


 思わず出会ったばかりのように猫をかぶってしまったけれど、特に突っ込まれることもなくアメリの乗っている車に乗せられた。

 桐絵の家は車が必要になればタクシーに乗ればいい、と言う発想なので、自家用車で専属の運転手がいるのは頭でわかっていても抵抗がある。


 おっかなびっくり高級車に乗り込む。桐絵の家にも一台はあるがほとんど使われず、キャンピングカーくらいしか使っていないので、黒塗りのザ高級車と言う風袋にはなれない。


「? この間も思ったのだけれど、桐絵さんは車が苦手なのかしら?」

「そういう訳じゃないんだけどね。そう言えばアメリはお姉さんが二人いるんだよね。二人とも家にいらっしゃるの?」

「アリアお姉さま、上の姉は今年から社会人なので、帰ってこられるのは夜だけね。下のメアリお姉さまは大学生だから、普通に家にいらっしゃるわ」

「そうなんだ。二人とも、アメリに似て美人な感じなの?」

「ん……まあ、似ているとは言われるわ」


 移動の時間つぶしの軽い話題のはずなのに、妙に歯切れが悪い態度に窓からアメリに視線をやると、何やら視線を泳がせて顔をそらしている。


「なに、どうかした?」

「どうということはありませんわ」


 尋ねると視線を桐絵に向けた。やや頬が赤いようだけど、何もないと言うなら気にすることはないのだろう。桐絵はふかふかの座面になれてきたので深く背もたれにもたれながら相槌をうつ。


「ふぅん? ご両親はさすがに今はおられないよね? じゃあ家についたらまずそのメアリお姉さんに挨拶かー。なんか緊張するかも。ちゃんと紹介してよ?」

「もちろんですわ。それにすでにある程度説明……まあとにかく、完璧だから安心してくれていいわよ」

「え、何かメチャクチャ気になる引きつくるじゃん?」

「気のせいですわ」

「こわ。メアリさんってめちゃくちゃ変人だったりする?」

「あなた、人の姉を捕まえてなんてことを言うのよ。とっても優しい自慢の姉よ」

「そうなんだ? ごめんね。でもちゃんと説明してくれないから」

「まあ、少々押しが強いと言うか、強引なところもあるのだけど。でもきっと大丈夫だわ」

「そ、そう」


 結局あんまり安心できる言い方ではなかったが、アメリの姉なのだから、滅多なことはないだろう。仮にあったとして、アメリになんとかしてもらえばいい。

 そんな特に何の情報も得られない会話をしていると、アメリの家に到着した。


「はー」

「桐絵さん? お間抜けな顔をしてどうしましたの?」

「いや、言い方。てか、家でかすぎでしょ。普通に」


 大きくて長い塀だ、とは思っていたが、絵に描いたような豪邸すぎて、さすがに桐絵は言葉を失った。門から入った車は庭園を抜けて正面玄関で下してくれたが、車はどこまで遠くのガレージにとめているのか姿が見えなくなった。

 まず、この狭い日本において門をくぐってから車で数分走らせてから建物で、その間に噴水のあるがちがちの西洋庭園があるのがおかしい。建物がこれどこの施設か、むしろホテル? と言うくらい大きいのもおかしい。


 お金持ちなのは知っているが、限度がある。漫画レベル。桐絵の家だって一等地にある邸宅のはずが、小さく見えてしまう。と言うか絶対生活するのにこんな大きさ必要ないだろう。会社でも入っているのか。


「そりゃあそうよ? 今更何を言っているのよ。私の家が大きいなんて、知っているでしょう?」

「そんな常識みたいに言われても。まあいいや。とりあえず、一個だけ絶対守ってほしいお願いがあるんだけど」

「え? なによ。可能な限りしか叶えられないけれど、言ってみてもいいわよ?」

「ありがと、あのね、私を絶対に一人にしないでよね?」


 これ迷子になったら絶対詰むし、友達の家で迷子になって遭難とか恥ずかしすぎて助けを求める事すら躊躇するレベル。なのでここは事前にお願いする方がまだましだ。

 真剣な顔で頼むと、アメリは一瞬きょとんとして、理解して嬉しそうに口角をぎゅうっとあげて眉をあげてから、にやにや笑顔で口元に手を当てた。


「ほほほ。可愛らしいお願いですこと。いいですわ。そのお願い。ホストとして叶えて差し上げます。特別ですわよ?」

「イラつくけどまじで頼むわ」


 このお泊り会、無事に何事もなく終わるのだろうか。今になって不安になってきた桐絵だった。

 それを誤魔化すように、ボストンバックを握りなおす。使用人たちに荷物を持つと言われたが断って、アメリと家に入った。


 そうしておっかなびっくりついていく。そんな桐絵をアメリはにやにや見ているが、気にする余裕はない。


「ふふ。そんなに怖がらなくてもいいのに。なんでしたら、この私が手をつないでさしあげましょうか?」

「いらないから」

「ま。気づかいのわからない人ね」

「気づかいじゃなくてからかいなら感じたよ」

「まあいいでしょう。私の部屋はこちらよ」

「すぐ部屋? お姉さんは?」


 言われるまま歩くが、階段もでかい。横幅が学校の階段より広いのだけど、こんなに広くて何がこの階段を通ると言うのか。力士の行列か。落ち着かない。


「別に、お姉さまにわざわざ顔を出して挨拶する必要はないわよ。多分寝ていらっしゃると思うし。さ、早く行くわよ」

「あ、うん」


 ちらちらと桐絵を振り向きながら、アメリはそっけない感じでそう言う。かばっていたけれど、そんなに仲が良くもないのだろうか? と思った桐絵だが、そこは突っ込みにくいのでスルーする。


 階段をあがり、分かりやすくアメリのルームプレートがかかっている部屋についた。


「さぁ、ここが私の部屋よ。桐絵さんは本当に特別に招待するのだから、光栄に思いなさい」

「はいはい」


 個人の部屋が両開きのことであることに、感覚がマヒしつつあるが驚きつつ、もったいぶってアメリが扉を開けた。


「はぁい」

「……さて、では部屋も見せましたし、荷物を預けて遊びに行くわよ」

「待って待って待って」


 中からどう見てもアメリの血縁者な美人が出てきたが、それと目が合ったアメリはすっと扉を閉めて背中で押さえながらそう言った。中からどんどんと扉がたたかれて懇願する声が聞こえている。


「ねぇ、今のお姉さん?」

「失礼なことを言わないで。私の姉は勝手に人の部屋に入り込むような不作法をいたしませんわ」

「それはごめんってばー。ねぇ許して? 挨拶しようと思って待ってただけなのよ? だってほら、やっぱり私をスルーして自分の部屋に来てるじゃない?」

「……」

「あの、アメリ? できるなら私も挨拶してしまった方が気も落ち着くのだけど?」

「仕方ありませんわね。桐絵さんがどうしてもと言うなら、させてあげますわ」


 何様だ。とは思うものの、ここは文字通りアメリのホームであり、アメリの空気にのまれているのもありいつもほど怒りはない。何とか穏便に済ませたい、と言う思いしかない。

 アメリがもたれるのをやめ、ゆっくりと扉を開ける。そこにはアメリと同じ金のショートカットの美しい女性がいて、穏やかな微笑みを浮かべていた。


「初めまして、田上桐絵さん。アメリの姉のメアリです。あなたのことは、アメリからよぅく聞いているわ。会えて嬉しいわ」


 おかしなことなど何もなかったかのように堂々と挨拶する当たり、さすがアメリの姉であると感心した桐絵はぺこりと頭を下げる。


「お初にお目にかかります。田上桐絵と申します。アメリさんにはいつもお世話になっております。お姉さんのことも、美人で優しい自慢の人だと伺っています。お話し以上に綺麗な方で、びっくりしちゃいました」


 別のことでもっとびっくりしたのだけど、そこは触れないでおく。実際、アメリを大人っぽくよりできる女風にした美人で、町中で見かけたら振り向いてしまいそうな美人なのは間違いなく、それで驚いたのもゼロではない。

 メアリの顔をたてて、さっきのことはまるっきりなかったことにして挨拶する桐絵を見て、メアリはむむっと目を凝らすようにしてじっくり桐絵の全身を見る。


「……可愛いっ。なにこれ許した!」

「え?」


 意味不明なことを言われて首をかしげるが、メアリは構わずずんずん近づいてきて、ぐるっと桐絵の周りをまわってから、ぎゅっと正面から抱きしめた。


「やだー、こんな可愛い子なんて思わなかった。そりゃアメリも、寂しいとか言われたら傍に居ちゃうわよね。許す! ていうか私がお姉ちゃんになってあげる! 実家から離れて一人でこっちに来るなんて、大変だったでしょう!? これからはお姉ちゃんが何でも相談に乗るし、力になるからね!」

「え? え? な、何ですか?」


 思っていた以上に変な人だった。誰がお姉ちゃん、と言うか、寂しいとか言ったことないのだけど? あと力強すぎ!


「ちょっとお姉さま!? 何を血迷ったことをおっしゃってるのですか! と言うか抱きしめるのをやめてください! 桐絵さんは私のですわよ!」

「誰のものでもないよ!」


 一応助けようとしてくれるアメリだが、どさくさに紛れて何を言ってくれているのか。

 アメリが引っ張ってメアリの腕を離させてくれたので、メアリの拘束から離れアメリの腕の中に納まった桐絵を見ながら、メアリはむっと眉をしかめて子供にするように人差し指をたてる。


「アメリのものは私のものでもある、そうでしょう? 私のものだって、いつだってなんだって貸してあげてきたじゃない」

「そ、それは……」

「いや何が過去にあったから知らないけど、それとこれとは全然別物だしナチュラルに人を物扱いするな!」

「ま、桐絵ちゃん? 口が悪いわよ? お姉ちゃん教育的指導しちゃう。めっ」

「だったらまずその失礼な態度をやめてください! そしてアメリもいつまで抱きしめてるの。離してよ」

「だ、抱きしめてなんかいないわよ! 助けてあげたのに何よその態度は!」


 慌てて腕をほどいて一歩距離をとったアメリはそう怒ってきたけれど、怒っているのは桐絵の方だ。なんだこの状況は。今日はどんなに楽しいだろうと思っていたのに、くだらない姉妹喧嘩に巻き込まれ、どうして物扱いされなければならないのか。


「あなたの姉からでしょうが! むしろもっと何とかして! 私はアメリと遊びにきたんであって、こんな初対面でわけわからないこと言う人の妹になりに来たんじゃないんだからね!」

「う。わ、わかってるわよ! もう、お姉さまどこかへ行って! じゃないと、大っ嫌いになってしまいますわよ!」


 子供すぎる言い方だが、しかしメアリには効果絶大だったようで、見るからに顔色を変えた。


「う。わ、わかったわよ。確かに急だったし。じゃあ桐絵ちゃん、また明日ね」

「……はい。メアリさん、さようなら」

「うぐ。つめたい。もっとこう、お姉ちゃんって呼んでいいのよ?」

「呼びません」

「お姉さま!」

「わ、わかったわよぉ。もう反抗期なんだからぁ」


 文句を言いながらも、真剣に怒鳴るアメリの気迫に圧されたようにメアリは退散していった。


 それを見送ってから、二人で部屋に入る。荷物を置いて、ふぅ、と一息ついてから、桐絵はジト目をアメリに向ける。


「アメリ……大変素敵なお姉さんね?」

「う……いつもは、私以外にはちゃんとしているのよ? ただ、その、今のは変人と言われても仕方ないくらいだったかも知れないわ」


 もじもじしながら言い訳された。変人ではない自慢の姉だ、と言っておいてのあれなのだから、アメリの内心はいかほどだろう。しかしアメリは避けようとしていたし、向こうから無理に来たのを桐絵がOKしたのだから、あまり凹まれても困る。

 家に来たところで気まずくなって、どうやってこれから過ごすのか分からなくなってしまう。桐絵はアメリと仲が悪くなるために来たのではない。


「はぁ。もういいよ。アメリが悪いわけでは……あ、でも人のこと物扱いしたのは許さないから」

「あ、あれはその、勢いと言いましょうか」

「罰として、お昼は期待していいんでしょうね?」

「! ええもちろん! 桐絵さんの頬を溶かしてさしあげますわ!」

「いや溶けたら大惨事だし」


 桐絵はここに、アメリともっと仲良くなりに来たのだ。だから災難なことは忘れて、予定通りに楽しむとしよう。

 満面の笑顔になったアメリを見て、メアリも美人だったけど、やっぱりアメリの方が可愛くて綺麗だな、と桐絵は思った。

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