第12話 帰省するそれぞれ

「それでは桐絵さん、また連絡するわね」

「うん。じゃあ、また」


 終業式の翌日、アメリが新幹線のある駅まで送ってくれることになったので、そのままお昼ごろまでぶらついてから新幹線に乗った。

 窓越しに見たアメリはなんだか少し遠くて、別れるのだな、と思うとアメリじゃないけど、やっぱり少し寂しく感じられた。

 今生の別れでも何でもないとわかってはいても、春に実家を出る時もそうだったけど、毎日顔を合わせていた相手としばらく会えないのだと思うとしんみりしてしまう。

 もちろんそんなこと、アメリには絶対言えないけれど。


「ただいまー」


 ローカル線に電車を乗り換え、最寄駅から歩くと少しかかるのだけど、何だか懐かしさでテンションが上がって歩いてしまった。

 半分もしないうちに失敗したなと気付いた桐絵だったが。今更タクシーを呼ぶのも億劫で、何とか実家に着くころには夕方近くになってしまった。


「あ! お姉ちゃんかえってきた!? おかえりー!」

「え!? おかえりなさい!」

「お、ただいまー」


 12歳の妹と、8歳の弟が突撃するように部屋から出てきて迎えてくれた。と言うか抱き着いてきた。

 同じ遺伝子を継いでいるだけあって同じくそれぞれの同年代の中でも小柄なので、無事桐絵でも受け止めることはできた。


「花菜絵、岳、二人ともちょっと大きくなったんじゃなーい?」

「ほんと!?」

「お姉ちゃんはちょっと小さくなったんじゃなーい?」

「言ったな? このー」

「きゃはは! くすぐりは反則ぅ!」


 玄関でふざけていたら両親も出てきて、荷物を置いて夕食にすることになった。

 夕食は桐絵の好物ばかり用意してくれていて、つい笑顔になってしまう。はしゃぐ二人を隣に侍らせ、学校のことやあれやこれやを聞かれるまま話す。


「写真とかないの?」

「一応あるけど。はい、これ」


 そして話は当然の様にルームメイトの話になった。生活において重要なことなので当たり前かもしれないけれど、素直に友達と言いきれない、だけど好きかと聞かれたらもちろん好きと言う、微妙な関係なのでやや歯切れが悪くなってしまった。

 せがまれたので、一番最近の写真をみせる。今日、別れる前に駅内で食べたカラフルなパフェを美味しそうにほおばるアメリが、あんまりにも美味しそうだったから、思わず残したくなったのだ。本人ばっちりピースしてウインクまでしてくれているので、見せて悪い写真ではないだろう。


「わっ、お姫様みたい! 綺麗な人ね!」

「おー! すっごい目の色!」

「どれどれ、お母さんにも見せてよ」


 父もそわそわしていたので見せた。そこからアメリのことを子供たちは聞きたがったが、こんな美人がポンコツだなんて夢をこわすことはあるまい。桐絵は口を閉ざした。


 夕食が終わってからも二人は大騒ぎで、一緒にお風呂に入って、やれ髪をふいてだの、耳かきをしてだの、添い寝をしてだのと大はしゃぎだった。

 疲れはしたが、そうまで好かれて悪い気はしない。桐絵だって二人が大好きだし、元気にやっていると情報で知っていても姿をみてほっとしたものだ。

 とはいえ、二人して桐絵を取り合うようにするのはやめてほしいが。桐絵の膝はさすがに一人しか乗れない。と言うか花菜絵はそろそろそんな小さな子ではないだろうに。

 桐絵が花菜絵の年の時、二人は8歳と4歳ですでにあれこれやっていた側だったと言うのに。まあ、可愛いので正直いつまでも甘えてほしいと言う気もするのだけど。


 二人はすでにそれぞれ一人部屋なので、一人ずつ寝かしつけてから、まだ時間が早いので飲み物でも飲もうと居間に入ると両親がそろってお酒を飲んでいた。

 まあ座りなさい、とすすめられてローテーブル越しに対面についてお茶をのみながら話すことにした。


 といってもそんな大したことではなく、授業の方はどうかとか、二人がいたことで遠慮して直接話せなかった色々を話すだけだ。


「しかし、久しぶりなだけに、あの二人の狂乱ぶりはすごかったな。あれは数日続くぞ」

「人ごとだと思って」

「まあそう言わないの。旅行はどこか行きたい? 寮生活で疲れているならあんまり遠出より家がいいかと思って、特に予約はしていないけど、別荘ならいつでもいけるし」

「んー、私はいいけど、仕事は大丈夫なの?」

「納品も終わったからいつでも大丈夫だ」

「ふーん。花菜絵と岳が行きたいところでいいよ。あ、でも」


 ぶぶぶぶ、と携帯電話がバイブレーションをして存在を主張した。取り出すと、アメリからだ。二人に目線で確認してから電話にでる。


「もしもし? どうしたの?」

「どうしたのじゃないわよ。もう夜なのに、全然予定について連絡くれないじゃない」

「えぇ、もう夜って、まだ11時じゃん。メアリいつも宵っ張りだし、てかそうじゃなくても、今日の今日連絡するとは言ってないし」


 夏休み最終の予定なのだから、帰ってきてすぐ頭を切り替えて予定を立てる気にもならない。まだまだ、その前の段階の予定をどうしようかと、今話そうとしていたところだ。


「なによ。こっちは待ってるのよ? じゃないと、予定もたてにくいじゃない」

「わ、わかったって。今聞くから」


 通話中のまま手で押さえ、両親に尋ねる。二人とも、そういうことなら構わないし、そんなに待ってくれているなら20日以降は必須の予定もないのだから、相手の予定に合わせてはどうかとのことだった。あとご両親と挨拶したいと。

 アメリに伝えると、じゃあ父に代わる、とのことだったので、桐絵も父親に代わった。


 父はやや緊張したように咳払いしてから、桐絵の携帯電話を受け取って電話にでた。

 父親が電話をしているところも滅多に見ないが、格式ばった言葉遣いをしている立派な大人みたいな父親は、何だか変な感じだ。それにだんだん話が、お世話になってます、みたいなのから、お互い娘って可愛いですよね。みたいな流れになってきて聞いていて気まずい。


 飲み物を入れなおす、と言う体でいったん離脱。トイレをしてお茶を追加して、数分時間を置いてから戻った。


「ああ、おかえり。20日に行かせてもらうことで話はついたから。あと当日持っていく土産も用意しておくから、忘れないようにな。親御さんも本人もいい人そうだったし、そのまま始業式前日までいればいいけど、もし居心地悪いとかなら気を遣わず先に寮行けばいいからな」

「あ、うん。了解。ありがと」


 戻るとすでに通話は終わっていたので、携帯電話を受け取りながら席に着く。


「しかし、お前がお泊りするほど仲良しの友達ができるとはなぁ」

「よかったわね」

「いや、人をボッチみたいに言わないでくれる? 私結構友達多いし」

「お泊り会はしたことないだろう?」

「そりゃ、二人がいるし」

「別にお前が面倒見なくたっていいんだからな? お前が二人を可愛がっているのは知っているから、好きなようにやらせてきたが、友達をもっと優先してもいいのに、とは思っていたんだ」


 だから、兄弟以上に優先したい友達ができたなら嬉しい。と両親そろって微笑ましげな眼で見られてしまった。


 別に負担だったことはないし、やりたいからやってきた。むしろお手伝いさんのお仕事を奪ってまで世話をするので、一人減らした経緯まである。

 桐絵はそれが楽しくてやっていたのだが、親から見れば、もっと自分のことをすればいいのに。と思っていたようだ。


 しかし、アメリについてはむしろ、二人以上に世話をしているので、素直に受け止めにくい話だ。むしろ悪化している?

 とにかくあいまいに流しておく。学生時代の友人は宝だーとか言い始めたので、はいはい、と相槌をうって、適当なところでお暇させていただくことにした。


 そして部屋に戻ると、ちょうどアメリから電話がかかってきた。ベッドに転がりながらでる。


「はい? なに?」

「なに? じゃ、ありませんわ。あ、今お時間大丈夫ですの?」

「今部屋に戻ってきたとこ。大丈夫だよ」

「そ。さっき、私に電話を戻してもらおうとしたのに、あなたいないんだもの。あなたのお父様とお話ししてしまったじゃない」

「仕方ないでしょ。トイレなんだから。てか話しても別によくない? 人の父親をそんな嫌がらなくても」

「い、嫌とかではなくて、こう、心の準備ができていなかったんだもの。し、失礼なことを言ってたとか、そういうことをおっしゃっていて?」


 気弱な声が返ってきて、相変わらず強弱の激しい子だ、と考えて、昼間別れたばかりなのになんだかおかしくって笑ってしまう。


「アメリのこと気に入ってたみたいだし、大丈夫だって。」

「そう、ならいいのだけど。で、20日にくるのでしょう? 駅まで迎えに行くから、その後の予定を考えましょうよ」

「いいけど、どこか行きたいところあるの?」

「もちろん。あなたとたくさんやりたいことがあるわ」


 元気に言われて、何だか胸がくすぐったいような喜びで、にやにやしてしまう。


「そっか。楽しみ」


 これから始まる夏休みは、特別なものになりそうな予感がした。









「ふふふ」


 桐絵がアメリの家に泊まりに来る。それは提案した時から素晴らしいものだったけど、具体的な日付が決まるとますます楽しみで、楽しくなってきてしまう。

 両親に言うと家族もそれを楽しみにしてくれたし、準備はばっちりだ。


 桐絵ともまた電話で話し、どこに行こうかと言う話も進んだ。まだ全部の予定は決まっていないけれど、それをつめていくのもまた楽しいだろう。

 夏休みの初日から楽しいのは、やっぱり桐絵が初めてできた仲良しな友達だからだろう。


 今までだって、友人、と言う括りに入れてもいい相手はいた。クラスメイトとは学校ではお話しし、一緒に昼食をとり、休み明けにはお互いにお土産を渡しあう。だけど、学校の外で会うことはなかったし、遊びたいとも思わなかった。

 どうしたって遠いような、絶対に触れられないよう破れないカーテン越しに話しているような、そんな人たちだった。アメリだってとても、素をだせるような相手ではなかった。

 桐絵のように、アメリがミスをしたからって笑ったり怒ったり注意したりなんて絶対しなくて、ずっとただ穏やかな微笑みを絶やさない人たちだった。だからこそ、アメリもずっと、口の端を上げ続けることしかできなかった。


 だけど桐絵とは違う。いろんな顔を見せて、いろんな顔を見れるのだ。友達と言うのを、桐絵で知った。だから、楽しみだ。


「ただいまー! アメリおかえり!」

「わっ、お、お姉様。おかえりなさいませ、ただいまかえりましたわ」

「アメリだー! 嬉しい! アメリ嬉しい!」

「ちょ、ちょっとなんですの。苦しいですわ」


 ベットで転がってごろごろしていると、勢いよくドアが開いて姉が入ってきた。アメリは二人の姉がいる。二人ともアメリを溺愛しているが、特にこの次女のメアリはことあるごとに今のようにアメリを抱きしめ撫でてくる。


「だって五月もすぐ戻っちゃったじゃない! でも夏休みはずっと一緒にいられるんだもの。嬉しいに決まってるじゃない!」

「と言いますか、大学はまだ夏休みになっていないのでしょう? どうして帰ってきていますの?」

「ひどーい。アメリのために帰ってきたのに。お姉ちゃん寂しいわ。どうしてそんな冷たいことを言うのよ」

「いえ、別に……」


 メアリのことはアメリももちろん好きだけど、最近少し暑苦しいなと感じるところがある。なのでゴールデンウィークも日帰りですませたのだ。

 今年大学一年生で県外の大学に通うため一人暮らしを始めたメアリなので、帰ってくるのは予想外だ。


 とはいえ、別に会いたくなかったわけではない。まだしばらく会えないのだと思っていたので、嬉しいサプライズでもある。


「その、わ、私も、お姉さまに久しぶりにお会いできて、嬉しいですわ。早く帰ってきてくださって、ありがとうございます」

「可愛い!! はー、天使だわ」


 先ほどより強く抱きしめられた。苦しいので腕をタップして何とか力を緩めてもらったが、依然として抱き着いたままだ。仕方ないのでそのままお話をする。


「え、そんな、10日も、アメリといられる日が減るなんて……な、何で!?」

「え、いえ、何でとか言われましても? お友達と遊ぶと言うだけなのですけれど」

「10日も泊まり込みなんて普通じゃないわ! 私よりそのお友達の方が好きだっていうの!?」

「す。好きだなんて……き、桐絵さんが私と遊びたいと仰るから、仕方なくですの」

「な、なんですって!?」

「あー、いえ、少し言い過ぎた気もしますけれど」


 ひどい言われ様に、思わず桐絵にするように言ってしまったけれど、めちゃくちゃ姉が怖い顔をしたのでひよったアメリだった。

 しかしそんな訂正が耳に入らないメアリは、そう言えばゴールデンウィークも、ルームメイトが寂しがるからなどと言って早く戻ってしまった。これは許すまじ! と燃えていた。

 もちろんそんな事実はなく、アメリが面倒で適当に言った言い訳である。


「任せなさい、アメリ。私がガツンと言ってあげるわ!」

「え? い、いえいえ。全然そんな必要はありませんわよ? その、普通に? 仲良しなだけですのよ?」

「いいのよ、無理しないで」

「いえ……」


 アメリは腕まくりまでしてやる気を見せるメアリに、もう夜も遅いし眠いし、面倒なので、あ、はい。とうなずいておいた。


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