第10話 夏休みにはしゃぐお嬢様

「……ふ、んっ!?」


 すーっと意識が上がってきて目が覚めた桐絵は口元をむにゃむにゃさせて、何やら暖かい何かにすり寄りながら目を開け、金色の物体の正体を思い出してびくっと驚きで身を引いた。


 目の前にいたのは当然ルームメイトのアメリだったが、一瞬忘れていたので、アメリが目の前にいたことに驚いたのだ。アメリはすでに起きていたようでばっちり目が合い、勢いよく後ろに引いた桐絵にぱちくりと瞬きした。


「び、びっくりした。おはよう、アメリ」

「お、おはようございます……」

「ん? うん? ……あっ」


 起き上がって無駄にビビってしまったのを誤魔化すように頭をかきながら挨拶をする桐絵に、アメリは掛布団をぎゅっと握って口元まで隠しながら、何故か赤くなりながら返事をした。

 いつのまにか腕枕もなくなっていたんだなぁ、と思いながらも、アメリの反応に桐絵は首を傾げ、それから寝る前にアメリに勝手に頬にキスをしたことを思い出した。

 やや赤面しながらも頬くらいなら幼い頃の兄弟たちにしたことがあるのでセーフと自己肯定しつつ、そしてアメリが顔が赤いのはもしかして、起きていた!? と気付いて固まった。


「あ、えっと」


 しかしここで起きてたの? などと聞けばそうでなかった場合に墓穴でしかない。他の可能性だってあるだろう。そう、人の布団で寝て起きてから赤面……え、もしかして、と桐絵は赤みを消して顔を青くしながらそっと掛布団をめくる。

 アメリが抵抗したが強引に引っぺがし、どけたところになんの水たまりもなかったことに心から安堵した。


 まさかね。まさか。高校生にもなってそんなことはないと思っていた。信じてたよ、アメリ。と心にもないことを心の中で思いながら、何事もなかったように桐絵は掛布団を戻した。


「? なに、どうかしたのかしら? もしかして、虫?」

「いやいや、何もなかったよ。勘違い。それにしても、なんだか寝起き大人しいけどどうかした? 怖い夢でも見たの?」

「な、何でもないわ。ただ少し、眠いだけよ」


 安心した勢いで直球で尋ねてみたところ、特に何もなくて、眠さで体温があがっていておとなしかっただけらしい。改めて安堵した桐絵は内心胸をなでおろしつつ、アメリの肩まで掛布団をしっかりかけなおす。


「そう? だったらもう少し寝ててもいいからね? 私は目が冷めちゃったから起きるけど」

「ん、いえ。起きるわ」

「そう?」


 アメリはぽんぽんと桐絵がお腹のあたりをたたいて寝かしつけようとするのを拒否して起き上がり、するっと布団から抜け出し、梯子に足をかける。


「落ちないよう気を付けてね」

「もう、馬鹿にしすっ……しすぎよ。このくらい、なんてことはないわよ」

「いや今滑ったでしょ」


 明らかに勢いよく頭がさがったし、どんっとした何かがぶつかったような鈍い音がした。指摘すると、床に降りたアメリはじっと半目で睨んでから背を向けた。


「このくらい、落ちたところでこの私には大したことないと言うことよ」

「まあアメリの背丈なら一段くらいはそうかもだけど、でも気を付けなさいよ」


 頭一つどころではなく、150センチもない桐絵に比べて、170以上のアメリとでは並ぶとほぼ頭が胸にあるくらいの差がある。

 だから二段ベッドの上が背伸びしなくても見えるし、一段差の脅威がそれほどではないのだろう。とはいえ油断して二段も落ちたら転ぶだろうし、危ないのには変わりないだろう。


 桐絵の真面目な忠告に、だけど相変わらず不真面目なアメリは答えずに自分のベッドに戻ってこもってしまったようで、カーテンを閉める音がした。

 やれやれ、と内心呆れつつ、桐絵が時計を確認すると30分ほどしか寝ていない。


 疲れてはいたが、睡眠時間を削っていたわけでもないのだから妥当なのだろうか。時計の裏に置いておいたカップを飲み干し、ベッドから降りて流しに置いておく。

 時間はまだまだ余裕があるし、今のうちにテストの見直しをしてもいいかもしれない。寝る前にすべきではあったが、そこは仕方ない。眠い中やっても効率が悪い。


 桐絵は机についた。

 そうして真面目に勉強すること1時間ほどで、カーテンが開いてアメリが姿を見せた。


「あら、桐絵さん。テストが終わったのにまだ勉強していたの? 誰が見ているわけでもないのに、本当に真面目ねぇ」

「もうすぐ夏休みだし、引っ張りたくないしね。今理解しておけば、宿題も簡単に終わるし」

「ふーん。そうそう、桐絵さん、夏休みのご予定は? 空いている日はあるのかしら?」

「ん? そりゃあずっと旅行とかしないけど、空いてたとして、別に? ていうか挨拶した時に言ったのに覚えてないの?」

「何がよ? この私が、桐絵さんが夏休みずっと会えないと寂しがるだろうと思い、気を聞かせて遊ぶ予定をたててあげると言っているのよ? ありがたく予定を言いなさいな。合わせて差し上げますわ」


 こんな上からの遊びの誘いがあるだろうか。と思いつつ、怒りはない。慣れたのもあるし、そもそも遊べるはずがない。桐絵は他府県の出身であり、気軽に日帰りができる距離ではないのだ。

 新幹線を使えば可能とはいえ、学校が始まれば毎日一緒にいる相手とわざわざ半日遊ぶために新幹線で往復何時間もかける気にはならない。

 というかむしろ、地元なのに寮住みのアメリの方がおかしいのだ。アメリの場合は自立の第一歩的なあれなのだろうが、それは桐絵が邪魔している気すらするのはみないことにする。今更アメリを無視するとか、逆に桐絵にストレスがたまる。


 とにかく、椅子ごと振り向いて目を見て遊べないことを説明すると、きょとんとしたアメリは見る見るうちに涙目になった。

 ベッドに腰かけてクッションを抱きしめてもにゅもにゅ揉みながら、ちらちら桐絵を見てくる。まるで小さな子が親との約束を反故にされたかのような反応だ。そんな必要はないのに、桐絵は多少の罪悪感まで抱いてしまう。


「そ、そんな。夏休みに一度も会わないなんて」

「大げさすぎじゃない? 毎日一緒にいるんだし」

「だからこそ……べ、別に、会いたいとか寂しいとか、そんなんじゃないのだけど。でも、折角できたお友達ですのに……」

「……」


 そう言われると心苦しい。今まで友達いなかったっぽいようにも聞こえて、なおさら。だけど実際、わざわざこっちに来てまた戻ると言うのも面倒だ。

 とはいえ、ずっと一緒だからこそ、二人で学校外に出るとなると週末のお買い物くらいで遠出もしてこなかった。外で遊びたいと言うのもわからないでもないし、気持ちとしても嬉しい。


 桐絵だってアメリにいじわるがしたいわけではない。一緒に遊んだらきっと楽しいし、忙しいわけでもないのだから、遊びたいか遊びたくないかと言えば、桐絵だってアメリと遊びたい。


「うーん、じゃあ、夏休み終わり際でもいいなら、私が早めに寮に戻って、その間に遊ぶとかならいいけど」

「それは……あ! 私、いいことを思いつきましたわ!」


 だからそう提案してみたところ、非常にいい笑顔になったアメリが立ち上がってクッションを落としながら、桐絵に指を突き立ててそう言った。


「何? 言ってみて」


 その大げさなリアクションは嫌な予感しかしなかったが、仕方なく手を向けて促す。


「ふふん。聞きたいかしら?」

「はい、解散」

「あ、嘘嘘。冗談じゃない。いやぁね、桐絵さんたら。またそんな意地悪ばかりして」


 椅子をくるりと机に向けると、アメリが背もたれに飛びつくように両手でつかみ、桐絵の左肩に顎をのせた。


「あのねぇ、私の家に泊まればいいと思うのよ! 一週間くらい!」

「えぇ……」

「な、なによ。嫌なの? こ、この私の家に来られるなんて、庶民の桐絵さんには滅多にないことかもしれないのに!」

「いたっ」


 横から至近距離でされた提案に、思わず引いてしまうと、信じられない! とばかりに目を見開いてまた涙目になったアメリが桐絵にそのまま頭突きをしてから立ち上がった。

 桐絵は頭をなでてから、仕方ないので椅子を回して振り向く。


「いや別に、嫌ってことはないんだけど、ちょっと気が引けると言うか。しかも一週間って、親御さんの許可もなしにきめれるものでもないわけだし」

「ん? ああ。そうねじゃあすぐ確認するわ」


 アメリはすぐに携帯電話を取り出して電話をかけだした。まだ行くとは言っていないのに、確認されたら行くしかなくなってしまう。


 別に引き留めるほどではないけど、アメリの家に行くのは少し憚れる。アメリは庶民などと言ってくれるが、桐絵の家は貧乏ではない。別荘だって複数あるし富裕層の方だ。ただ実家に専属で住み込み使用人がいないだけだ。と言うかその方がずっと多いと思うのだけど。

 ハウスキーパーなどは定期的に来てもらっているが、すべての家事を人任せにする必要性など感じない。妹たちの世話だって、桐絵がしたいからしているだけだ。本当に幼い頃はちゃんとベビーシッターもいた。金銭的に不足を感じたことはない。


 ただその上で、アメリの家は規模が違う。アメリに比べたら、大半の家は普通と言うことになるのだろう。

 あまり桐絵は詳しくないが、本人の言葉から幼い頃から住み込みの使用人に傅かれ洋館での暮らしをしていたのは間違いないようだし、そう言うザお姫様みたいところに行くのは気が引ける。

 それに、もし思っていたよりしょぼかったら、なんだか夢が壊れてしまいそうな気もして、それも嫌だった。


「ええ。じゃあまた連絡しますわね。ありがとうお母様、大好き!」


 上機嫌でアメリが電話を切ってどや顔を向けてくる。返事は聞かなくてもわかる。


「両親も歓迎してくれますわ。これで文句はないでしょう?」

「わかったわかった。じゃあ、お世話になります」

「ええ! それでよくってよ。全く、桐絵さんは本当に素直ではないのだから」


 ここまでされて、断固として固辞したいほど嫌なわけではない。少し気が進まなかっただけだ。なら、この笑顔を壊すこともないだろう。

 案外ここで夢が壊れて、思っていたよりお嬢様じゃなかった、とわかることでお互いの距離が縮まるかもしれないし。と桐絵は気持ちを切り替えることにした。


「ちなみにアメリ、わかってると思うけど、私と会うまでに夏休みの宿題は終わらせておいてよ?」


 夏休みの宿題はうつさせないぞ、という気持ちで一応けん制しておくと、アメリは不思議そうに首を傾げた。


「誰に物を言っているのかしら? そんなの当たり前ですわ。そうじゃないと、桐絵さんと遊ぶ時間が減るじゃないの」

「お、おお。わかってるならいいんだけど」

「ふふ! 楽しみね!」


 にっこりと、満開の笑みを向けられ、その笑顔のまぶしさに少々どぎまぎしてしまった。改めて美少女の満面の笑顔はすごい。


「そうね。どこに遊びにいこっか。詳しくいつ行くかとかは、また実家に帰って親と相談してから連絡するけど、だいたいアメリが言う様に一週間くらい目安で考えておくとして、結構余裕あるよね」


 誤魔化すように、そして急にできた楽しい予定に、桐絵も教科書を閉じておしゃべりに興じることにした。


 暑い夏が始まる。

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