7月

第9話 お礼をするお嬢様

「あつー」

「ちょっと、桐絵さん。はしたなくってよ」

「えー、アメリは暑くないわけ?」

「暑いに決まっているでしょう?」


 寮からすぐ近くに校舎があるとはいっても、一度外に出て直射日光を浴びて歩かなければならないのは変わらないわけで、当然登下校の短い時間でも体はほてり汗はかく。

 朝は人の目もあるので我慢もするが、部屋に帰ってきて遠慮することなどない。リボンを緩めてすぐに、胸元を広げて空気を送り込んだ。


 そんな桐絵を目ざとく注意するポンコツアメリは、汗で制服がくっついて脱ぎにくいので桐絵に脱がせてもらうのを待っているくせに態度がでかすぎる。


「ほら、早く着替えて私の着替えを手伝いなさいよ」

「手伝うどころか、マネキンじゃん」

「あら、私が作られたかのように美しいだなんて、当然のことをわざわざ言わなくてもいいのよ?」

「馬鹿なのかな?」


 わざわざ言わなくても、アメリは人間がつくったものではなく、神様がわざわざつくったように美しいと思っている。だがもちろん、そんなことは口が裂けたって言わない。

 調子に乗るだろうし、実際に綺麗なのだから桐絵に言われなくたってさんざん言われ慣れているだろう。なら本当にわざわざでしかない。


「はい、ばんざーい」

「桐絵さん、言い方が子供みたいよ」

「文句を言わない。さーて、シャワーでも浴びようかな。アメリはどうする?」

「そうね……そうするわ。大浴場の方がいいわよね?」

「え、本格的に入る気? シャワーなら部屋のでよくない?」

「あそこに二人は狭いのではなくて?」

「シャワーは一人でもいいでしょ……そんなに本格的に洗わなくても、汗をながすだけでいいでしょ? どうせ夜にまたはいるんだから」

「駄目よ。疲れているからお昼寝がしたいの。綺麗な体でごろごろしたいの」

「あーはいはい。わかったよ。大浴場に行けばいいんでしょ」

「わかればいいのよ」


 面倒くささより、疲れが勝った桐絵は言われたとおりにすることにした。

 なにせ本日は期末試験の最終日。お昼を食堂でとってすぐに帰ってきたところなのだ。

 ここ数日で疲れはピークを迎えていて、おまけのこの暑さだ。桐絵もすぐに寝てしまいたいくらいだ。反論するのも面倒なので、さっさと黙らせることにした。


 部屋にクーラーをかけてから入浴し、戻ってくると火照った体に冷風がしみ込むようだ。シャワーだけのつもりだったけれど、大浴場に行くとついつい湯船につかってしまう。さすがにサウナは使わなかったが、それでも暑い。


「あぁ、ふわぁ、疲れた」

「まぁ、大きなあくびね」

「見たな」

「見たわ。いえ、むしろ、見せられたわ。罰として、何か冷たい飲み物をいれなさい」

「調子にのらない。冷蔵庫にお茶冷やしてるでしょ。勝手に飲んでよ」

「えー、桐絵さんが入れた方が美味しいのに」

「同じだから」


 部屋に入るなり調子の乗ったことを言い出したが、さすがに疲れているので断る。桐絵がベッドの上段に行くのを見て、アメリはしぶしぶキッチンに向かう。

 ベットの周りにはプライバシーのためにカーテンがつけられているが、基本的に夜寝る時以外はあけっぱなしだ。

 特に桐絵は二段目なので、覗き込まないとそう見えないだろうし。布団に入って、薄手の掛布団をかぶる。


 枕に頭をのせると、すぐにうとうとと睡魔がやってくる。アメリに勉強を教えるのも大変だった。


 アメリは特別頭が悪いわけではないが、いいわけでもない。中学の時は成績はそこそこよかったらしいが、高校に入って寮生活が始まってから確実に自堕落生活になっているのだろう。

 中間試験時はそれぞれ勉強をしたが、平均よりやや下で、そんなものかと桐絵はスルーしていたが、アメリにとってはそこそこ下がっていて危機感があったらしく、期末前になって勉強をしようと誘ってきたのだ。

 正確には、一緒に勉強してあげてもいいわよ。だったが。桐絵も特別いいわけではないが、だいたいクラス平均よりプラス10点くらいが基本なので、アメリよりはいい。と言うわけで教えてあげることになったのだ。


 物分かりも悪くないのだが、すぐに集中力を切らしてしまうので大変だった。あの手この手でつって、もうこれでいいだろう。とすぐ満足しようとするアメリを机に戻すために努力しなければならなかった。

 冷静になって考えれば、なぜ同級生で単なるルームメイトがそんな苦労をしなければならないのか疑問も浮かぶが、しかしテストが終わって帰ろうと近寄ってきたアメリの、あの、テストは完璧だったわ。と微笑んだ嬉しそうな笑顔を思い出すと、まあ頑張ってよかったと思えてしまうのだから、我ながらどうかしている。と桐絵は苦笑してしまう。


「桐絵さん? もう寝たのかしら? お茶、あなたの分もいれたのだけど」

「え……ああ、気が利くね。ありがと」


 ひょこ、と枕横に顔とコップをのぞかせたアメリに、寝ぼけだしていた桐絵はワンテンポ遅れてお礼を言って、ゆっくり起き上がってコップを受け取った。

 一口飲んで、思いのほか喉が渇いていたので半分まで追加で飲んでから、こぼさないようヘッドボードの棚部分の目覚まし時計の奥に入れた。


「今回は桐絵さんには色々としてもらいましたし。そうね。お礼に、今日は私が桐絵さんの枕になってさしあげますわ」

「んん? え、何?」


 さて、改めて寝よう。と寝転がろうとしたところで、何やらアメリが上がってきた。


「だから、私が枕になってあげますわ」

「枕って、膝枕?」

「お馬鹿ねぇ、そんなことをしたら私が眠れないじゃないの。腕枕よ」


 言いながらアメリは堂々と桐絵の枕を回収して自分の頭の下にひき、自身の左腕を桐絵に向かって伸ばしたが、何を当たり前のように言っているのか。


「彼氏か」

「失礼ね。私のどこをとって殿方だと見る余地があると言うの?」

「そういうことじゃない」

「きゃっ」


 呆れたように胸をはられ、仰向けでも自己主張の激しい胸囲が強調され、何となくイラッとしたので、軽く横乳をたたいた。アメリは右手で胸をかばいながら睨んでくる。


「もう、何をするのよ、変態。桐絵さんでなければ、裁判物よ」

「勝手に人の寝床に入ってくるのも裁判物でしょ」

「何を言っているのよ。お礼だって言っているじゃない。ほら、いいから寝なさいな。私もいい加減眠いわ」

「……はいはい」


 もうこうなったら梃でも動かないのだろう。面倒になったので言われるとおりにすることにした。

 幸い、寝具は二人でも十分すぎる大きさだ。だからさすがに二段ベッドになっているのだろうけど。この広さを二つ部屋にとるとなると、一気に部屋が狭くなってしまう。


 それが桐絵にとっては広すぎる寝具になるのだが、今回はそれがちょうどいい。

 そしてメアリの腕を枕に寝転がり、掛布団を二人にかける。


「おやすみ」

「おやすみなさい、桐絵さん」


 と挨拶をして、目を閉じて睡魔に身を任せる……いや、眠れない。


 アメリの腕は普段の枕より低く、だからといって不快と言うことはないが、その温度と言い微妙な柔らかさと言い、何となく落ち着かない。

 嫌なわけではなく、暖かいそれも気持ちいい方なのだけど、落ち着かない。


 普通に考えてみてほしい。アメリは一般常識で考えられないくらいの美少女で、普通にしていればどんな時でも見とれてしまう美しさで、どんなにポンコツ我儘ぶりを発揮していても可愛いと思えてしまうほどなのだ。

 そんな美少女が隣にいて、いつも通り普通にお昼寝ができるわけがない。桐絵はそれほど図太くない。


「……」


 目を開けて、アメリを見る。金の髪は無造作に流れ、印象的な瞳が閉じられている。いつも瞳の力にばかり注目しがちだけど、それを縁取るまつげも当然光るほど美しい金色をしていて、ほう、と桐絵は息をついてしまう。

 こうして改めて見るたびに、綺麗だ。と馬鹿みたいに語彙力のない賛辞が浮かんでくる。


 アメリとは揉めてばかりだけど、それなりに仲良くはやっている。口ではああだこうだと言いあったって、引きずるような関係ではない。仲良し、だなんて言いたくはないけれど、悪いだなんて思っていない。普通に友人だと言って問題ないだろう。


 だけど梅雨入り前のあの日、キスをした日のことは忘れられない。あの時はお互いにどうかしていたのだと思うし、アメリはあれからも時々食べさせろと甘えてくるけれど、あんな風にはならないしそれを感じさせない振る舞いをしてくる。

 だからずっと覚えていて、それを忘れられない桐絵がおかしいのだ。少しばかり友情が行き過ぎたじゃれあいにすぎないことを、いつまでも心に残して、不意に思い出して意識して友人にどきどきとしてしまう桐絵がおかしいのだ。


 それでも普段なら、ないない、気のせいだと強引に流せてしまえるのに。こんな風に誰もいない二人きり、狭い空間で密着し、アメリがいつものふざけた態度をとらないと、ぽーっとアメリを見つめてしまって、流せない思いが膨らんでしまう。


 ふっくらとした、何もしていなくたって赤いアメリの唇。そこに口づけたら、そしてアメリの舌が触れたら、どんなに気持ちがいいか。

 ぞくぞくっ、と背筋が震えた。何を考えているのか。馬鹿らしい。そんなのは、友情の範囲ではない。

 それに寝ているところに勝手にキスをするなんて、それこそ間接キスどころではなく、本気で怒られたって仕方ない話だ。


 だけどそう思っても、触れたいと思う欲求は抑えきれず、そっと桐絵はアメリに向かって寝返りをうち、そっと左手をのばして、アメリのお腹の上に載っている右手に触れた。

 柔らかくてしなやかで、長くて、桐絵に比べてずっと大きいその手。アメリは体温が高い。

 指先をなでてそのまま人差し指をつかむ。キュッと握れば、アメリの存在を感じられて、なんだか気恥ずかしいけど、嬉しくなる。

 すでに誰よりアメリを感じられる場所にいるってことを、今更実感して、何だからたまらなくなって、桐絵はぐいっと頭をアメリに寄せた。

 腕枕から肩に近いくらいに、アメリの首筋に顔を埋めるように。お風呂上りのいい匂いと同時に、アメリの匂いだ。すーっと息を吸い込む。ドキドキするより、落ち着く。


 そうだ。もうアメリと桐絵は、一緒にいることが落ち着くくらいずっと傍にいたんだ。なのにキスをしたくらいで動揺して馬鹿みたいだ。


 桐絵は頭をあげて、すやすやと眠るアメリを見て、微笑んでそっとその柔らかな頬に唇を寄せた。

 少しだけドキドキしたけれど、それ以上に、可愛くて愛おしいなぁとぼんやり感じるような穏やかな気持ちになった。


「……おやすみ」


 囁き声で、もう一度そう言ってから、桐絵は腕枕に戻って目を閉じる。アメリの呼吸と、自分の呼吸が重なる。温度がいったいどちらのものなのかわからないくらい混じり合い、桐絵は眠りについた。

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