第7話 間接キスを強引にされるちびっこ

 桐絵と元通り仲良くなってから、アメリは以前より多少は素直に桐絵に接せられるようになった。とアメリ本人は思っている。

 それに合わせてか桐絵も以前より優しくなった気がしていた。このまま仲良くなれれば、もしかしていずれはもっと普通の対等の友人っぽくなれるのではないだろうか。


 なんて楽観的に思っていた、そんな梅雨入り前のある日、アメリは実家から送られてきた荷物を仕方ないので桐絵とお片づけをすることになった。

 頑張ったのち、あつあつホットケーキとひえひえアイスクリームのマリアージュを楽しみ、さらにチョコレートまで出してくれると言う至れり尽くせりに、アメリはすっかり気が緩んでいた。


「ほら、コーヒーも用意したから、座って」


 ごろりと腹ごなしのごろごろをしている間に、チョコレートと飲み物が用意され、肘をついて起き上がりかけ、下から見上げた桐絵の姿になんとなくアメリはだらけたい気分に負けてまた転がった。


「ちょっと、何寝てるの。起きなさいって」

「んー。食べさせて」


 そして桐絵の手が届くように、桐絵の膝の横まで前に出た。桐絵は甘えん坊か、などと悪態をついてくるけれど、その表情は優しさが残っていて、あ、これは余裕でしてくれるな。とすぐにわかった。

 桐絵が体に似合わず偉そうな上から目線で物を言うのはもう慣れているし、同じく似合わない大きすぎる包容力で全部許してくれるので相殺されていることで全く気にならなくなってきた。


「あのさ、あんた私に頼んでないとか散々言ってたくせに、最近だんだん普通に甘えてきてない?」


 と思っていたらさらにつついてきた。ぐぐぐ。半笑いのまま目だけジト目で、アメリがそう言われると答えにくいとわかっていて言っているのだ。何と言う姑息。

 以前より素直になれてきていると言うのに、それを普通に甘えてきた、何て風に言われては、アメリにだってプライドと言うのがあるのだから恥ずかしいに決まっているではないか。


 まるでアメリの素が甘えた性格のような、単純に不器用だから手伝ってもらっている以上に、甘えん坊なだけみたいな、そんな風に言われているみたいなのはさすがに受け入れられない。


「……し、しかたないな。今回だけだよ。はい。口あけて」


 と、しばらくにらみ合っていると桐絵が折れた。勝利!


「ふふふ。何を言おうと、あなたが私を大好きだと言うことはわかっているのだから、抵抗は無駄よ」


 確かにアメリも最近少し甘えたところがあるかもしれないけれど、それはそれだけ桐絵がアメリを気遣ってくれるから、許してくれるからなわけで、つまり桐絵のせいなのだ。桐絵がアメリを大好きだからそうさせてあげているのだ。間違いない。


「黙って。あーん」


 と、少々調子にのってしまったが、桐絵は反論せずに少し赤くなりながらチョコレートを食べさせてくれた。

 照れていて否定もしないで、本当に桐絵はアメリを大好きなのだ! わかってはいたけど、本人からこうも好意をしめされて嬉しくならないはずがない。アメリのテンションは急上昇だ。


 あーんと大喜びで応えた。が、少々乱暴で喉の方にきてしまった。照れ隠しなのだろうが、口の中と言うデリケートなところに関することなのだから、気を付けてほしいものだ。


「全く。罰として、こうしてやるわ」

「え、な、なにしてるの」


 しかし狼狽して普通に申し訳なさそうにされると、してもらっている立場なので逆に申し訳ない。ここは仕方ないので今度はアメリが折れて、あえて悪者になって気を使わせないようにさせてあげよう。

 と言うわけで、ちょうど目の前にあった桐絵の膝に頭をのせた。正座だと多分高すぎただろうが、崩していたのでちょうどいいはまり具合だ。


 最初に抱きしめる感じになったのは、自分でやって桐絵の小柄さを再確認して少し驚いてしまったけど、仰向けに収まると本当にちょうどいい高さだ。

 桐絵もアメリの気づかいに気付いているのだろう。そのままあーんを再開してくれた。


「!?」


 今度はちゃんとアメリが唇でチョコレートをキャッチするまで離さないでいてくれた。美味しい。と堪能していると、頭上の桐絵はなにやら少々挙動不審だ。

 だが桐絵は特に何も言わずさらに食べさせてくれているので、どこがどうおかしいとも指摘しにくい。スルーすることにする。


 それはそうと、一応アメリの家からとは言え、桐絵にあげたものなのに、アメリばかり食べるのも少々抵抗がある。なので桐絵にも一つ食べてもらうことにする。そうじゃないと、さらに食べにくい。


「あ」


 が、何故か普通に食べてから桐絵は声をあげてはっとした顔をした。視線を上に向けると、何やら自分の手を見ている。それからアメリを見て、見つめあう形になるが桐絵は黙っている。


 何があったのかと尋ねても、いつになく歯切れが悪い。それにだんだん顔も赤くなってきているし、心配になってきたところで、桐絵は観念したように冗談っぽい口調で答えた。


「なわけないでしょ……いや、その、か、間接キスになっちゃったかな、なんて」

「なっ」


 間接キス!???


「へ、変態!!」


 頭で考えるより先に罵倒が口から出た。だってそうではないか。食べさせてもらったのはアメリが言ったし、食べろとも言ったけど。同じ指で間接キスしろなんて言っていない!

 自分の口元を思わず隠すアメリに、つられるように桐絵はますます真っ赤になる。


「っ……そ、そんなんじゃないってば。変なこと言ったのは悪かったけど」

「……」


 桐絵はアメリの脊髄反射の罵倒に、さすがにそのまま受け入れはしなかったけれど、そう赤い顔で反省するように目を泳がせ口元を引くつかせながらそう謝罪した。


 桐絵のそんな顔は、初めて見た。ずっと偉そうだったり優しそうだったり、こう、上の存在として余裕のある反応ばかりだった。

 それが、間接キスでこんな風になるのだ。真っ赤でまるで外見年齢そのものみたいな、小さな子供みたいに。


 なんて、可愛いのだろう。もちろん桐絵はいつだって可愛い。小さくてなにをするにも一生懸命で、ちょっと口が悪いけど、動きのひとつひとつがちまちまして何もかも可愛い。

 そんな桐絵が、間接キスでこんな顔をするのだ。


 桐絵が勝手に間接キスをした、と認識した瞬間、何故かとてもつもなく恥ずかしい! と感じてしまったけど、だけどよくよく考えてみれば、あーんしてもらっているのだから当たり前では?

 それに確か一度だけだけど、アメリがデザートのスプーンを落としたときに、もう最後だからと桐絵が使ったスプーンをナプキンで拭いたとは言えそのまま使ったこともある。それを考えれば大したことはないような気がする。その時は結構恥ずかしかったけど、桐絵も平気そうだったのに。

 なのに今はこんなのに可愛く動揺しているのだ。


 どうしてその瞬間を見逃してしまったのか、とどうせなら間接キスする瞬間の桐絵が見たい、と思ってからアメリはとてもいいことを思いついた。もう一度間接キスをすればいいのだ。


 簡単だ。言えばいい。もう一回と? あれ、それはなんだか、また違うような。だけどじゃあ、諦める? この機会を逃せば二度とないかもしれないのに、この可愛い桐絵をなかったことにしてしまうのか?

 それはアメリにとって選択肢とも言えないものだ。答えは決まっている。だから、そう。思いついた。したいから、ではなく、仕方なくすることにすればいい。いつもみたいに。

 いつだってそれが、アメリと桐絵の関係ではないか。


 アメリはゆっくり起き上がる。ずっと触れていた、今となっては熱いほどの桐絵から離れ、それにどことなく喪失感を覚えながら、アメリは四つん這いの状態で桐絵に近寄った。

 さっきからずっと、体が熱を持っているのを自覚しても、それがどうしてかアメリにはわからない。単なる恥ずかしさでは説明できないほど、熱い。だけどそれは快不快以前のところにあって、アメリの体を動かすのだ。


「……悪かったと思っているのね?」

「ん? まぁ。ちょっと、よくなかった、かもね?」

「ええ、そうね。そして、ずるいわよね」

「ん? な、にが?」


 桐絵がアメリと目を合わせた。どくん、と心臓がうるさい。自分の意志で彼女と間接キスをするのだ。そう思うと、それこそ変態じみているのではないかと頭の隅で理性が言っているのに、桐絵を可愛くしたいと言う欲求すら置き去りにして、とにかく間接キスがしたいのだと心が叫ぶ。


 いつだって我慢の苦手なアメリはその心に従う。


「あなただけ、私の唇に触れて勝手に間接キスして、ずるいじゃない?」

「ず、ずるいって、食べさせろって言ったのはアメリなわけじゃない?」

「関係ないわ。だから、触るわね」

「え」


 これで理論は完璧だ。だから桐絵に嫌われたり怒られたりしない変に思われないはずだ。だからもう、我慢は必要ない。


 アメリは満を持して右手をあげて指をのばした。ふに、とその唇に触れた。

 やわらかい、と感じるかどうかで、何故か世界が点滅した。唾を飲み込む。まるで世界がここだけになったみたいで、恐ろしいような研ぎ澄まされた感覚で、だけどアメリはただ夢中で桐絵の唇に触れていた。


 いつも視界にはいっていた。自分にだってついている、何一つおかしなところのない唇。少し薄くて、ぽってりした自身のものとは違っていて、可愛らしい。だけどその柔らかさや滑らかさは筆舌に尽くしがたく、ただ触れているだけなのに気持ちがいいとすら感じる。


 そうして夢中になってしまってから、はっとする。いったい何秒こうしていたのか。ただ間接キスをすると言う名目だったのに、こんなに触れるのは不自然だろう。これ以上はいけない。

 ぎりぎりのところで我に返ったアメリは、そっと名残惜しいが指を離した。


 それまで呆然と言えるほど間の抜けたような顔でじっとしていた桐絵は、アメリの行動にようやく反応して真っ赤になり右手の甲に自身で口づけるように口を隠した。

 そのしぐさに、だけど可愛いとか、そんな風に認識する余裕がアメリにはなかった。


 これから、間接キスをするのだ。


 何でもない自分の指。表面に触れただけなので、濡れているとか、そう言った外見上の変化はない。だけどつい今まで桐絵の唇に触れていた。

 それを知っていると言うだけで、とても特別に感じてしまう。


 心臓がずっとうるさくて、死んじゃいそうだ。これが本当に現実なのかすら怪しくなってきた。どうして、ただのルームメイトで親友未満の関係の二人が、こんなことになっているのか。

 そうだ。夢なのかもしれない。だったらなおさら、遠慮なんていらない。


 アメリはそっと、目の前に桐絵がいる事すら無視して、自身の指先に口づけた。




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