6月

第5話 ホットケーキにつられるお嬢様

 出会ってから一番の大喧嘩(誇張表現)をしてからまた一か月がたった。

 出会ってから二か月。付き合いが密すぎてすでにもうずっと傍にいた気すらするが、たったの二か月だ。ともあれ季節が移り替わるには十分で、何が言いたいかと言えば、衣替えの季節が近づいていた。


「ていうかさぁ、アメリの家の人、寮部屋の大きさ把握してないの?」

「お母様は最初に私と一緒に来ているわ」

「だったらわかるでしょ? この部屋に三箱も衣類増えても邪魔だって」

「そんなこと私に言われても困るわ。いいじゃない。このまま隅においておけば。もう少し暑くなったら交換して、セーターとかいらないものを片づけるなら、ちょうどいい箱になるのではなくて?」

「いやそれこそ実家に送ってくれない?」


 ルームメイトであり当然滑ってのスペースは共有している。ウォークインクローゼットも半分だし衣装ケースも一つずつだ。

 一般の一人暮らしの部屋にしたら一年分にしても十分な収納スペースのはずだし、毎日着るのは制服なのだからおしゃれ着なんてそれほど数はいらない学生には二人でも十分すぎる。と桐絵は思っていた。

 アメリの方が多めにクローゼットをつかってはいるが、桐絵の持ってきたものを置いて空いている分だったのでそこは目をつぶっていた。


 しかしここに段ボール三箱も追加されるのは全く別の話だ。

 せめてコートなどのかさばるものを整理して実家に送ってくれればいいのに、まだ暑くないから面倒だと言って箱すら開けないまますでに届いて四日目の週末だ。そろそろなんとかしてほしい。


「早めに送ってきたのも、いざとなった時にないと困るだろうからって親心でしょ? ちゃんとお礼は言ったわけ?」

「電話でちゃんと伝えているわよ。保護者みたいなこと言わないでくださる?」


 ベッドに転がってスマホを操作しているお嬢様に見えない姿勢のアメリは、それこそ反抗期みたいな態度でそう唇をとがらせた。


「日頃の行いのせいなんだけど。言わせないでくださる?」

「なぁに、その言い方。全然似合っていないわよ?」

「黙れ」


 ちゃかす気持ちが大半だが、どんな姿勢でも垣間見えるアメリのお嬢様らしさに憧れのある気持ちも少々でそう真似したのに素で言われてついいらっとしてしまった。

 だけどアメリはきょとんとして、むしろややビビったように眉を顰める。


「え? 怒ったの? だけど本当のことだわ。いつものあなたの話し方の方が、可愛らしいわよ」

「え、あ、そ、そう」


 唐突に褒められた。いつも上から目線のアメリなので、そう言われると照れくさい。

 頭をかいて誤魔化す桐絵だが、その珍しいどもり方にアメリが顔をあげて目を合わせたのでばっちり見られてしまった。


「あら、照れているの? ふふ、私、あなたのこと可愛いと思っているのは最初からなのよ? 知らなかったの?」

「し、知らないって言うか。からかわないでよ。そういうのは、タチが悪いっての」


 にやー、と笑って頬杖をついて起き上がったアメリに、桐絵は頬を膨らませる。しかしそんな桐絵にアメリの方が眉をしかめてしまう。


「タチって。なによ」

「いつも私のことぼろくそに言ってるでしょうが」

「あなたの外見や能力を貶めたことはないわよ」

「……そう言われたらそうか。ただただ上から目線なだけだったね」

「あの、その言い方は不本意なのだけど」


 実際に褒められたことはなく、容姿以外だろうと扱き下ろされてばかりだったのだから、驚くのは無理はないだろう。むしろ上から目線の自覚がなかったことに驚くしかない。


「もう。桐絵さんこそ、上からじゃない」

「え? そんなことはないでしょう?」

「いえ、あるわ。あなたこそ無意識なんじゃない?」


 真顔どころか、あきれ顔で言われた。これは少なくともアメリ視点からは事実と言うことだ。桐絵には自覚がなくてもアメリがそう思っていると言うことは、それは桐絵の言い方が悪かったと言うことだ。


「えぇ、ど、どの辺が? ごめん、気を付けるよ」


 なので慌ててそう尋ねると、アメリはうーんと唇を尖らせて考え込むそぶりを見せる。


「具体的にって言われると、そうねぇ。朝、私に、子供じゃないんだから好き嫌いしないのって言ったのとか、お茶こぼしたときの手が焼けるわねぇ、とか、さっきのちゃんとお礼は言った? とかもね」

「え、それ? うーん?」

「同級生なのに明らかに子供扱いをするって、下に見てなければできないじゃない?」

「そう言われれば……? えー、でも、手が焼けるのは事実だししょうがないじゃん?」


 確かに子供扱いは、自分より子供だと思わないとでないだろう。だけど実際、精神年齢と言うか能力が妹たちレベルなのだから、他にやりようがないと言うか。


「手が焼ける、なんて言い方一般的じゃないでしょう? なのにまるで常識のようにつかうから、こっそり調べると言う恥辱を味あわせられたわ」

「それは知るか」


 難癖にもほどがある。桐絵は立ち上がってアメリのベッドに腰をおとし、振り向いてアメリの頬をつねる。

 本気でそんなにひどい態度だったのだろうか、それでアメリが傷ついていたのか、と不安になったと言うのに。


「ふぁひふふほほ」

「あのねぇ。今めっちゃ反省しちゃったじゃない。言葉は地方性とか環境で全然変わるんだから、わからないならわからないで聞いてくれたら普通に言うし馬鹿にもしないっての。私だってわからなかったら聞くし」

「悔しいから嫌よ」


 手を離すとアメリは半目で睨みながら、そう負けず嫌いらしいことを言ってくる。頭を撫でて睨むのをやめさせながら会話を続ける。


「悔しがるようなことじゃないでしょ」

「馬鹿ね。あなたがどう思うかは重要じゃないの。私がどう思うかが重要なのよ」

「……なるほど。一理あるね」

「一理? 百理の間違いでしょう?」


 アメリは機嫌を直したようで、桐絵が撫でる動きに合わせて目を細めたりしながら、どや顔でそう言ったので、そろそろ手を離すついでに軽くはたく。


「馬鹿っぽいだけだしそういうのやめな? とにかく、手伝ってあげるから、箱開けて整理していくよ」

「面倒だわぁ」

「私のセリフだし、手伝ってあげるだけ感謝してほしいんだけど」

「どうしても今日?」


 立ち上がって促すも、アメリはよほどその気にならないのか、枕を抱きしめて恨めしそうに見上げてくる。

 今日は折角の休日で、いい天気だ。そろそろ梅雨に入りそうなのもあるし、整理して使わないものを洗うにはちょうどいい日だ。もっともさすがにそれぞれの部屋にベランダはないので、乾燥機にはなるのだけど。そこは気分だ。じめじめした大雨の日に動く気にはならない。


 正直桐絵だってアメリの衣類なので今日までやる気が出ないまま放置してしまったし、今日やる気が出たこのタイミングでやってしまいたい。


「うーん、よし。じゃあ真面目にするなら、お昼はホットケーキ焼いてあげるから」

「そんな、私を誰だと思っているのよ? この私をホットケーキごときで懐柔しようだなんて、本気で言っているのかしら?」

「上にアイスクリームものせてあげるから」

「仕方ないわね。そこまでお願いされたら、いくらこの私でも、付き合ってあげなきゃいけないわよね」


 相変わらずの上から目線ではあるが、素直すぎてこれは可愛いからセーフ。

 そもそもこのお嬢様、パンケーキは食べたことがあっても、ミックスを使ったホットケーキを食べたことがなかったらしく、ホットケーキ自体にはまっているのだ。すでに可愛いが、ただのコンビニで買えるアイスクリームの追加で屈するのは可愛すぎるだろう。


 そこそこの付き合いの長さになってくると、桐絵にもアメリの可愛さと言うものが分かってきて、これはご両親に散々可愛がられてきたのも無理はないだろうとは思えるようになってきた。それでもあまりに上から目線だとやはり腹は立つが。


 ウキウキで起き上がったアメリに開かせ、桐絵主導だが整理をしていく。

 多く見えたが、おおざっぱに分類させれば後は桐絵が手早く片づけていく。普段からアメリの洗濯物を片づけているので、何の問題もなくスムーズに行われ、無事昼前には終わった。


「ふー、疲れたわね。さ、それじゃあ約束のものを用意して頂戴」

「はいはい」


 終わってすっきりしたのもあり、桐絵は言われるまま作った。出来上がったのでお皿を持って振り向くと、いつの間にかテーブルの前に移動していたアメリはわくわくと膝の上に手を置いて子供のように待っていた。


「はい、いくよー」


 苦笑しながら用意をすませて席に着いてから、アイスクリームの蓋を開け、スプーンですくってそっとのせる。温度でじわーと溶け出すのが食欲を誘う。


「いただきます。んー。美味しいわぁ」

「よかったね。いただきます」


 ナイフを入れて食べていく。普通に美味しい。ホットケーキミックスをつかうと、どうやってもホットケーキミックスの味になってしまうのだが、お嬢様にはそれが新鮮なようで実に美味しそうに食べてくれる。


「ふぅ。ご馳走様」

「はい。お粗末様。あ、そうそう。もうお腹いっぱい? まだあなたの家からもらったチョコレートがあるけど」

「あら、まだ残してたの?」

「チョコレートって一気に食べられなくない? って私は思うんだけど、アメリは違うよね」

「30粒しかはいってないじゃない。あんなの3日で足りなくなるわ」

「胸やけしそう」


 アメリの実家から届いた荷物にはお世話になっているからご挨拶に、と桐絵にもお手紙とチョコレートのプレゼントがあったのだ。

 春にも一度、アメリが電話している際にそのまま挨拶したいと言われて通話してこともあるのでお互いに名前は把握しているとはいえ、ただの衣類宅配にマメなことだ。

 とてもアメリの親とは思えないような、いや本人がこれだけしないと言うことは、逆に親も何でもしてあげるタイプなのだから妥当なのか。


 そういうわけで手に入れたお高めのチョコレート。チョコレートは嫌いではないけど、特別好きでもなく、美味しいけど一気に食べられないので少々持て余し気味だ。

 それでもちびちび食べる分にはいいのだけど、そろそろ気温も上がってきて、常温に置いておくのに抵抗が出てくるころだ。冷蔵庫に入れるとかさばるし、同じだけもらっているアメリがとっとと完食したのは見ていたので、分けて今日明日で食べてしまいたいところだ。


 お皿を下げて、食後のデザートと言うことでコーヒーを用意してチョコレートを箱ごとセッティングすると、先ほどのホットケーキとどれだけ値段差があるのかわかっているのか、明らかにやる気のない態度でごろりとクッションを抱いて横になっていた。

 移動はしていないので食べる気ではあるようだけど、それが高級チョコレートに対する態度か、と少し呆れる。別に桐絵だって生活に苦労なんてなく裕福なほうだけど、さっきのホットケーキで喜んでいた分落差がおかしい。


「ほら、コーヒーも用意したから、座って」

「コーヒー? ミルクは入れてくれたわよね?」

「お砂糖二杯にミルク半量でしょ? わかってるって」

「よろしい。よくわかっているじゃない」

「偉そうにするんじゃない」


 アメリは肘をついて起き上がりかけ、机の上に出た瞳でちらりと桐絵を見ると、何故かまた下がった。

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