第4話 妹にしたい系世話焼きちびっこ

 アメリにとって、桐絵は初めて見るタイプだった。


「初めまして、田上桐絵です。よろしくね」


 出会って最初の初対面のとき、桐絵を最初に見たとき、まず、可愛い! と思った。小柄でまるで中等部、無理をすれば背伸びした初等部の子にすら見える童顔で可愛らしい顔立ち。

 そのくせ一人前と言う顔をしているその態度。可愛いの権化。一人っ子で甘やかされてばかりで、従兄弟などの親族は全て年上で妹と言う存在に憧れていたアメリにとって、桐絵は理想の妹だと言ってもいい。

 可愛くて、いい匂いがして、元気で、自分の魅力をわかっていない身なりへの無頓着さも一層幼さを強調させる。


「おはよー。朝だよ。ほら、いつまでも寝てたら荷物の片付け終わらないよ?」

「うぅ。もっと優しく起こしてくださらない?」

「わがまま言わない。はい、起きて。朝ごはん用意したから」


 だけどすぐに思い知らされた。彼女はアメリと違って、長女で、勉強も運動もできて、料理も掃除も何もかも、一人で十全にできたのだ。


 まず当然の様に朝起きれないアメリを起してくれたところから、桐絵の世話焼きが始まったのだ。


 寮生活をするにあたって、不安は全然なかった。お願いすれば掃除や料理だけではなく、部屋ごとに専用のお手伝いさんだって派遣してくれる手厚い生活補助が受けられるからだ。

 実際そのように生活している生徒は半数ほどいて、珍しいものではない。だから自分もそうするし、家と変わらない生活ができるのだと思っていた。


 親元を離れるので自立するのだ、と言う意識はあった。身内のいない甘えて頼れる人のいないところにいくのだ、ここでの生活は今まで以上に厳しく自立への一歩なのだと思っていた。

 だけどまさか、身の回りのことを全て自分でやるだなんて思ってもみなかった。精神的な自立は覚悟しても、そう言ったことは全くの予想外だった。


 でも仕方ない。ルームメイトで四六時中一緒にいる、理想の妹が出てきたような桐絵が自分でしていることを、人に頼むなどと言い出せるはずもなかった。

 だけど、だからと言って完璧にこなせるはずもなく、朝も起きられないし、料理は当然できないし、洗濯した服をたたむのも苦手だった。


「あー、もうこら。飲み終わったカップは洗い場に下げてって言ったでしょ」

「わ、わかってるわよ」


 そうしてなんとか桐絵と同じようにしようとしたが、すぐにアメリができない子であることは桐絵にばれてしまい、そんな風にお小言を頂戴するようになってしまった。


 桐絵は優しくて馬鹿にするではなく手伝ってくれるけれど、彼女にとって姉貴分になりたいと思ったアメリにとってはむしろ屈辱的だった。

 わかっている。単に善意であり、本当にいい子なのだ。一方的に反発心を抱いているにすぎない。


 だけどそれでも、一方的に世話を焼かれ、手のかかる子供のように扱われ、あまつさえ彼女の妹たちの一人のように思われるのはどう考えても我慢のできることではなかった。

 もはや姉や妹だなんて思わない。そもそも同学年でそう思うのが傲慢だった。それは反省している。だけどせめて、アメリは桐絵と対等になりたい。


 桐絵との生活が一か月になるころには、アメリはそう思うようになっていた。だけどどうすればいいのか、ちっともわからない。同級生で全て見せて許してくれて、アメリが心許せる存在なんて今までいなかったのだから。


「桐絵さん、今日はいつもと違う髪型がいいわ」

「え、急に言うなぁ。うーん、じゃあちょっと待ってよ」


 できなかったり時間がかかりすぎてしまうから、桐絵に手伝ってもらうのは仕方ないことだ。そう割り切った。

 だけどだからって、桐絵に妹扱いはされたくない。ちゃんとした同等の立場で、対等な友達になりたい。それが今のアメリの望みだ。


 やり方がわからないまま、とりあえず素直に甘えたりお願いしたりしたら明らかに立場が下で固定されてしまうので、会話だけでも対等になろうとしてみた。

 だけど調子に乗りすぎてしまったのだろう。とうとう、桐絵を怒らせてしまったのだ。


「だから今日からお世話とかやめますねー」


 と、どう見ても怒っているひきつり笑いな顔で言われた。文句を言ったり手伝ってなんて言ってないとか、いつも反発するようなことを言っても、眉を寄せつつ何だかんだ許してくれていたのに。

 こんな風に怒りを隠して他人行儀に振る舞われると困惑してしまう。


 そして先に部屋を出て行ってしまったのだ。


「え、えぇ?」


 そんなの想定外だ。桐絵との関係も不安だし心配だけど、だけどそれ以上に、どうやって学び舎に向かえばいいのだ。まだ寝間着で、髪も整えられていない。

 昨夜やっておけと言われたけど、どうせ朝してくれると思って時間割も見てなかった。始業ベルがなるまで、30分もない。


 高等部にあがってから一番の奮闘を経て、なんとか身支度を整えられたけど、寝間着や食器を片づけている時間はない。歯磨きだって無理だった。

 最低限と思って、着替えと時間割を優先し、髪をしている間に時間ぎりぎりになってしまったのだ。順番を一つ間違えれば、髪をとかすのも間に合わないところだった。

 と言っても、どうしても毛先がまとまらなかったので、唯一桐絵に教えてもらって習得したポニーテールで誤魔化す形にはなったが。少なくとも最低限の見栄えは保っているだろう。


 慌てて教室に入れば、当然桐絵は席についていた。文句を言いたいくらいだったが、すでに予鈴はなっているので大人しく席に着いて授業を受けた。









 そして休み時間が来るや否や文句を言いに行ったアメリに、桐絵はのらりくらりと言葉を逃がしてしまう。

 確かに、世話を焼いてほしいなんてことは一度も言ったことはないけど、だけどお礼はちゃんと言っているし、それがないと困るなんてわかりきっているだろうに。


 性格が悪い、と直球で悪口を言ったのに、アメリよりはマシ、なんてひどすぎる返しをされてしまった。

 そんな風に思っていたのか。いつも強い口調の桐絵だけど、色々やってくれるので単なる照れ隠しで好かれていると思っていただけに、桐絵はショックを受けてしまう。


 反射的に涙が出そうになるのをこらえて、何とか言い返して席に戻ったけど、桐絵のいつになく淡白で冷たい対応に心が折れそうになっていた。


 素直に謝るべきだろうか。確かに朝は言いすぎたかもしれない。でも謝って、それで? それで今まで通りお世話をしてください、とでもお願いをするのか?

 そんなことをすれば、今まで通りと言うのは表面だけで、実際に心は桐絵に屈したのと同じだ。桐絵の庇護下の子供になるのと同じだ。

 アメリは桐絵と対等になりたいのだ。それだけはできない。しかしかといって桐絵の手助けなしに今まで通りの学生生活を送るのは不可能だ。


 一番いいのは、あんな態度は見せかけで、桐絵がアメリを大好きで何も言わなくてまたお世話を焼いてくれることなのだけど。

 さすがにここに至って、そんな都合のいい話はなさそうだ。とアメリは頭をかかえた。


 しかし、そうは言っても入学からずっと一緒にいて、若干の力関係があるとはいえ、一番近い友達なのには間違いないはずだ。

 ならここはアメリから距離をとれば、むしろ桐絵から寂しがって折れてくれるのでは?


 と考えて様子を見たものの、寂しがるどころか隣の席の友人と昼食まで食べに行ってしまった。一日も欠かさずずっと昼食を一緒にしていたのに、そんなアメリがいなくても普通にご飯を食べるのか。そんな話があっていいのだろうか。

 アメリは悔しくなって二人を追いかけ、食堂で合流して桐絵の隣の席に座ることに成功した。


「アメリ、ちょっと」

「なにかしら、桐絵さん」


 拒否されなかったことに安堵し、やはり嫌われているわけではなさそうなので、ここは自分の存在をアピールしていない間寂しかったと気づかせるしかないのだろうか、と考えていると桐絵から話しかけてくれた!


 嬉しいけど、あんまり簡単に喜ぶと桐絵の思うつぼだ。ここはアメリの方が今度は冷たくして、いつものアメリに戻って! と思わせなければ。

 だと言うのに普通に否定されてしまう。しょんぼり。しかも苦し紛れに言った考えがあると言うのを追及されてしまうし。そんなの全然考えがまとまっていない。

 桐絵が今まで通りになってくれる方法が何か、アメリが教えてほしいくらいだ。


 誤魔化そうとしていると、五目豆が落ちてしまった。桐絵がいつものように豆をとったり拭いてくれたから助かったけど、無理やり食べさせられてしまう。


「はい、アーンする」

「う、あ、あーん」


 と言うかさすがに食事は一人でとれるのでいままでなかったけど、桐絵は人の口に物を運ぶのも平気なのか。食べさせられる時に、唇に桐絵の指が触れて、なんだか妙にどきまぎしてしまったのはアメリだけなのか。


 子供みたいだけど、だけど桐絵が自分だけをみてお世話をしてくれるのがありありと伝わってくるので、食べさせてもらうのは全然悪い気はしなかったのに。

 桐絵にとっては全然なんでもないことみたいだ。まだまだ反省が足りない、なんて言われてしまった。


 あーんされて仲良しとか客観的な立場の人から言われて、恥ずかしくって動揺してしまうのが普通じゃないのか。桐絵は平然としている。

 アメリはついつい言い訳をしてしまう自分が悪いとは思いつつも、アメリを動揺させる桐絵につい恨めし気な目を向けてしまった。









 午後になった。お昼の様子では反省すれば許してくれるような感じではあったので、アメリは午前より希望は持ったけれど、体育の際の更衣も全く手伝うどころか見てもくれなかった。

 髪がほどけてしまったけど、他のクラスメイト達の前で手際が悪くわたわたと髪を結ぶ姿を見られるのは、さすがに恥ずかしいのでできないまま授業が始まってしまった。


「あ」

「え、んぶっ!!」


 そして気が付けば何故かボールに襲われていた。桐絵が付き添って保健室に来てくれているとはいえ、めちゃくちゃ痛くて泣きそうなアメリはラッキーとかチャンスなんて考える余裕はない。

 本気で鼻が取れてしまっているのではないかと不安になってしまうくらいだ。


 何とか鼻血も止まり、あとは安静にしておけと言うことなのでベットに入った。

 どこもかしこからも薬の匂いがして落ち着かないし、しーんとした空気がどことなく不安を誘う。


 アメリは桐絵の手をにぎにぎして気持ちを落ち着けようと心がけながら、あれ、そう言えば桐絵はいつまでいてくれるのかと気が付いた。


「そんなこと言って、手、繋いでるのに?」

「? !? な、い、いつの間に!?」


 手を握っていることはすでに無意識なので気が付かないまま尋ねると笑って指摘されてしまい、アメリは顔から火が出るかと思った。

 手を繋いでいては桐絵が戻れるはずもない。世話になるのはいいけど、こんな風に精神的に甘えるのは全然別で、恥ずかしくてたまらない。

 それに自分自身が本当に心から桐絵に甘えきってしまっているのだと思い知らされたようで、アメリは身もだえしそうな羞恥に見舞われていた。


「ほら。ちゃんと握っておいてあげるから、寝不足もあるんだし、寝ておきなさいよ」


 だけどそんなアメリの心境を知らない桐絵は、そんな風にいつも以上に優しく言って、アメリの手を握ってくれた。そればかりか頭までなでてくる。


 桐絵のそのぬくもりと、優しさが伝わってくる手付きに、さっきまでの不安感はあっという間に消え去り、その声音に心も落ち着いていく。

 完全に子ども扱いだ。こんなの駄目だと思いはするのに、逆らえない心地よさがアメリを襲い、すぐにアメリは眠くなってしまった。


 放課後。体育の後はすっかりいつも通りの桐絵の様子に、アメリは睡眠をとってすっきりしたこともあり、もう朝のことなんて流れたのだなと解釈した。

 が、どうやらそうではなかったらしいと気が付いたのは、寮に戻っても桐絵が戻ってこないまま放課後の終わりを告げる鐘の音が校舎から響いてきたときだ。


「ただいまー」


 と完全にいつもの調子で挨拶してくるのが逆に憎い。少し寄るところがある、大したことじゃないなんて油断させてからの放置だ。許されることではない。

 とは言っても思ったより遅くなったとか、そう言うことなら仕方ないので桐絵の出方をうかがったのだけど、普通に不振そうにされてしまった。


 そんなつもりはなかったのに、着替えをまじまじと見てるみたいになってしまった。それは確かにアメリが悪かったけど。

 気まずいのもあって、素直に問いかけてみたけど、軽く謝られてしまうので追及しにくくなってしまった。

 お菓子とお茶の用意をしてくれたので、あれ、やっぱり許してくれているのかな? とも思ったアメリだったが、机も拭かせるしやっぱりまだだったらしい。


 それでも洗い物はしてくれるし、お風呂でも困ったとこは助けてくれたので、ケンカ中と言う態度ではない。でもそれはつまり、ただの友達のことしか今後もしないと言う意思表示ではないか。

 もちろん血のつながりもないし、ただの友達と言われればその通りではあるけれど。だけどそれでは困るのだ。


「あっつ!」


 こんな風に。ドライヤーだってうまく使えない。と言うかこんなに難しいものを桐絵はいつも使っていたのか。

 ふてくされたアメリはそのまま寝てしまうことにした。


 そして翌朝、目が覚めたアメリは驚愕した。自分の髪がかつてないほど反乱を起こしていたからだ。

 元々くせ毛で寝癖ができやすいことは自覚していたアメリだったが、今までは侍女や桐絵がしっかり髪を乾かしまとめてくれた状態で寝ていたので、こんなにぼさぼさになってしまうことはなかったのだ。


 普段と違って余裕のある起床時間とはいえ、桐絵はもう起きだしているようだし、この頭を見られずにすますのは無理だろう。と言うか見られるのは仕方ないとして、一人でこれを時間までに直すことができるのか。

 シャワーを浴び直す? しかしドライヤーが使えない以上、登校までに乾くことはない。絶体絶命の大ピンチである。


「おはよう。起きてる?」

「……起きてるわ」


 いや、しかしである。ここまでひどいのだ。一目見て時間がかかることはわかるはずだ。ならばさすがに桐絵も手伝ってくれるのでは?

 だけど、やっぱりこれを見られるのは恥ずかしいし。と抵抗していると問答無用でカーテンを開けられた上に、普通に笑われた。


 ぐぐぐ。しかしこれで髪の問題は解決、と思ったのにまさかの、髪なおしなよ。と言う手伝う気のいっさいない物言いだ。


 泣く泣く自分で寝癖直しスプレーをかけてとかしてみるけれど、ブラシが離れたとたんに見当違いのところへ行ってしまう。前髪がこんなにあっちこっちへ向かっているなんて、カチューシャでも使うしか誤魔化す方法はないのでは? しかしカチューシャをして髪を結んではおかしいし。


「もう、いつまでやってるわけ? 朝ごはん冷めちゃうじゃない。手伝ってあげるから、貸して」

「な、か、勝手に入ってこないでよ」


 と悩んでいると、ついに桐絵の手が差し伸べられた。反射的に飛び上がって喜んでしまいそうになったので、慌ててそう文句を言ってしまった。ここで怒らせてはいけない。アメリは桐絵の気が変わらないうちにお願いすることにした。


「や、やりたいならやらせてあげてもいいけど」


 って、まただ。もう桐絵に対して、へりくだらないようにするのが癖になってしまっているのではないだろうか。これではまた怒らせてしまう。


「アメリに任せてたら日が暮れちゃうから仕方なくやってあげるけど、ちゃんと覚えてよね」


 だけど桐絵は怒らずに手伝ってくれるようで、ブラシを受け取ってくれた。


「そ、そんな言い方しなくてもいいじゃない」

「はい、髪濡らすよ」


 ほっとしつつも、桐絵のきつい言い方につい文句を言ってしまったが、桐絵は取り合わずに髪をとかしだしてくれた。


 桐絵はいつもツンツンして人をできない子扱いしてくる。だけどその手付きはいつだって優しくて、誰よりもアメリに安心を与えてくれる。


 自分で髪をとかせるようになったら、それは便利かもしれないけど、桐絵にしてもらえなくなってしまう。自分でするより絶対に早くて上手いし、なにより桐絵がアメリだけを見てアメリを慈しむような目を向けてくれるから、覚える気なんてさらさらない。

 もし、桐絵が今後起こって本当に何もしないと言ったって、髪だけはしてもらいたい。それくらい、アメリはこの時間が好きだと言うことを改めて自覚した。


「うん! いいわ。完璧ね。さすが桐絵さん。いい腕しているわね。これからもずっと、私の専属スタイリストにしてあげてもいいわよ」

「何様か。ほら、ご飯食べるよ」


 だから今言えるだけの言い方でそうお願いしたのだけど、桐絵は軽く流して頭までたたいてくる。

 不満には思うが、しかしそれ以上に鏡の中の自分は思った通りの完璧な髪そのままで、見ているだけで気分が上がってくる。できばえだけでも、やっぱり桐絵が一番だ。


 それに自分でも満足そうにアメリにむけて柔らかく微笑む桐絵を見ていると、アメリも嬉しくなってくる。


 安心したらお腹もすいてきた。桐絵は手の込んだ料理は頻繁にはつくってくれないし、朝食なんて簡単なものばかりだ。だけどそれでも美味しいのは本当だから、仕方ないから今日も朝ごはんを満喫してあげることにしよう。


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