第3話 笑顔が可愛いお嬢様

 そうしてようやく放課後だ。いつもと少し違うだけで、随分と長かったようにすら桐絵には感じられた。アメリはどうだったのか。

 もう仕返しのことは忘れたのか、いつも通り一緒に帰るために桐絵の元にやってきた。


「さ、帰りましょうか」


 そうだね、と言いかけたが、しかし夜まではお世話をしないと決めているのだ。体育の時が時だったので、着替えの手伝いも髪を結ぶのもしてしまっている。

 このまま帰ると、制服から着替えるのも流れで手伝ってしまいそうだ。そもそも鼻血がでたからといって、着替えを手伝う必要性は皆無だ。


「いや、少し寄るところがあるから、先に帰っていてよ」

「え? どこに行くのよ? 付いて行ってあげてもいいわよ?」

「そんな大したことじゃないから。まあいいから。ほら帰った帰った」

「なによ。この私が親切で言ってあげているというのに。ふん」


 雑に背中を押して促すと、アメリはむぅと頬を膨らませて教室から出て行った。

 隣の佐枝子が荷物を鞄に入れて立ち上がりながら首をかしげる。


「用事って、何かありましたか? 部活入られてませんよね?」

「いや、単に一緒に帰らないようにする方便だよ。時間ずらさないと、着替えまで手伝っちゃいそうだから」

「あの、あなたたちって入学からの付き合いですよね?」

「そうだけど?」

「距離感がおかしいような。いえもちろんいいことですけど」


 呆れられてしまった。アメリ側に多大な問題があることは主張しておきたい。


「佐枝子さんは文学部だったよね。折角だし時間つぶしに寄ってもいい?」

「いいですけど、今日は虫干しの日なので労働力になってもらいますよ?」

「虫干しとかしてるんだ。本格的だね。いいよ。その方が気を使わなくていいし」

「なら歓迎します。終わったら美味しいお茶くらいはご馳走しますね」


 こうして桐絵は佐枝子について時間つぶしをすることに成功した。

 したはいいが、思った以上に時間がかかってしまったし疲れた。お疲れ様のお茶菓子は本当に美味しかったけど、しばらくはやりたくない。午前と午後でチーム分けされていて、午前に干されていた本を入れるだけとはいえ、本棚の中に入れるのは並び方がわからない桐絵にはできないので、ひたすら干場と部室の往復で、しかも結構重い本が多かったのだ。


「お疲れさまでした、桐絵さん。今日はありがとうございました」

「ん。まぁこっちが無理言ったわけだしね。じゃあまた明日ね」


 部室棟を出て別れ、寮に帰ってきた。寮母さんは玄関の下足場を掃いていたので挨拶して中に入った。


「ただいまー」


 寮母さんにもただいまと言うけれど、やっぱり自分の部屋に入るときが本当に帰ってきた感がある。

 ふぅ、と息を吐きながら入り、荷物を置いて手洗いうがいを済ませて部屋に戻る。手早く部屋着に着替え


「……なに? じっと見て。気になるからやめてくれない?」

「べ、別に着替えを見てるわけではないわよ」


 部屋に入った時から、おかえりも言わずにジト目で見てきていたのをスルーしていたけど、さすがに着替える時に見られると気になる。大浴場で裸を見られるのは気にならなくても、一方的に見られるのはまた別だ。

 文句を言いながらも顔をそらしてくれたので着替える。


「ふぅ。で? 何その顔。お帰りくらい言ってよ」

「……おかえりなさい」

「はい。ただいまかえりました。で、どうしたの」

「どうしたもこうしたも……遅すぎるわ。大したことじゃないと言っていたくせに」

「あー、ごめん、心配した?」

「し、心配なんてしてないわ。ただ、あなたがいないから自分でしなきゃいけないことが多かっただけよ」


 放課後の今ですることなんて着替えくらいしかないと言うのに、どうしてそう憎まれ口ばかり聞くのか。わかってはいても、桐絵だってむっとしてしまう。


「あっそ。それはすみませんね。折角、美味しいお菓子もらってきてあげたのに」

「な、なによそれ。私抜きでどこからもらってきたっていうのよ」

「だからあんたの分だっての」


 お茶菓子として出されたのは豆大福だ。二つ食べるのは夕食に差支えそうだし、折角なので包んでもらったと言うのに。

 これはお世話ではなく、単なるルームメイトへのお土産なのでセーフ、と桐絵は考えているが、どんなタイミングでも相手のことを考えて美味しいものを食べさせたいとかどう見てもお母さんである。


「はい、お茶入れてあげるから、いつまでも隅にいないで出てきなさいって」

「……」


 ベッドの端にもたれかかるように三角座りで膝を抱えていたアメリは、ローテーブルに大福をのせるとゆっくり四つん這いで近寄ってきた。野生動物かな?

 苦笑しながら台所に行ってお茶をいれる。桐絵は二人分のお茶をいれて、テーブルに置いた。アメリはじっと大福を見ている。


「ほら、食べていいよ」


 フォークなしで素手で食べることに驚く、などと言う一幕もあったが、お嬢様のアメリにとっても美味しかったようでにこにこと完食してくれた。


「ごちそうさま。美味しかったわ。あなたの舌もまんざらではないようね」


 それを見ているとやっぱり桐絵も嬉しく感じてしまうけど、だけどこうも言われて素直にそういうのも癪なので、デコピンをして怒っておく。


「人を貧乏舌みたいに言うんじゃない」

「いった! もう、暴力を振るうなんて、野蛮だわ」

「これで暴力って、あー、はいはい、お嬢様申し訳ありませんー」

「わかればいいのよ」


 それから少し時間を空けてから食堂で夕食をとる。普段ならお茶を入れてあげたり、こぼしたのをふいてあげるが、テーブルに落ちた分はスルーする。

 まだ桐絵のお世話しない宣言が有効だと気が付いたアメリは、不満そうにしながら自分で机をふいた。


 その様を見ながら、よしよしと桐絵は内心ほくそ笑む。赤ん坊じゃあるまいし、やろうと思えばできるのだ。ただ甘えているだけだ。

 今日ちゃんと登校してきて、それがよくわかった。だから今日くらいは甘やかしてはいけない。これからずっと桐絵が世話を焼いてあげられるわけではないのだから。


 食事を終えて次はお風呂だ。部屋にもお風呂はあるが、基本的に大浴場の方が気持ちいいし、沸かす手間もないのでそうしている。


「うっ、め、目に入ったわ!」

「あー、はいはい。水かけるからぱちぱちして」


 シャンプーが目に入った時だけフォローをしてあげたが、それ以外は自分でやらせた。

 頭をふきながら腕が疲れてだるい、などと泣き言を言っていたが無視すると半泣きでバスタオルを頭にかぶりながら部屋に帰ることにしたようだ。


「ふん、桐絵の馬鹿」


 部屋に戻ると何の脈絡もなく罵倒したメアリは、ドレッサーの前に座って頑張ってもう一度頭を拭いて、ドライヤーを使いだした。


「あっつ!」

「ああもう、近づけすぎ。いつもしてあげてるとき、どうしてるか見てないわけ? ていうかちょっと考えたらわかるでしょ?」

「うぅ、うるさいわねっ。別に髪なんて寝てる間に乾くわよ! もう寝る!」


 見ていられなくて、後ろに立ってドライヤーを持っているアメリの手をつかんで離させるけど、アメリは嫌になったようでドライヤーを机に置いて立ち上がると駆け込むようにベッドに飛び込んだ。


「ちょっと、髪はいいとしても、今日出された課題しなきゃダメでしょ」


 仕方なく追いかけて、枕がぬれないようタオルを引いてあげながらそう注意すると、アメリはちらっと顔をあげて得意満面になった。


「あら、桐絵さんはまーだやってないの? あんなの、休み時間にすませてしまいましたわ」

「嘘でしょ? ホントに?」

「ふん。本当に決まっているでしょ。私を舐めすぎだわ」

「舐めてないけど、でも、え、頑張ったじゃん。偉い偉い」

「ん。んふ。んんっ、別に? 当たり前のことだわ」


 頭を軽く撫でるとアメリは途端に嬉しそうににやけたが、すぐに枕に顔を押し付けて桐絵の手を払った。


「わかったら静かにしてちょうだい。もう寝るから」

「そこまで言うならわかった。カーテン閉めるね」

「ん」


 ベッドは大きめだがそこは寮らしく、二段ベッドだ。アメリは下の段で、そこを囲う様にカーテンがついている。上の段の桐絵のところも、天井にカーテンをつけるところがついていて、それぞれ多少はプライベートを保てるようになっているのだ。

 なのでカーテンさえ閉めれば、暗めにすれば相手が起きていても寝ることは可能だ。


 桐絵は部屋の電気を消して、机の明かりだけで課題を済ませ、ハンガーにやや斜めにかけられていたアメリの制服のスカートを洗って、洗濯済みのものと交換だけしていつもより早めに寝ることにした。

 昨日までの夜更かし生活を思えば、早く寝るのはいいことだ。乾かさずに寝ているので、多分明日はアメリの寝癖がひどいだろうから、桐絵も早めに起きなければならない。


「おやすみ」

「……」


 寝る前、習慣になっているのでベッドの中で小さな声で挨拶するけど、当然返事はなくて、少しだけ寂しく感じられた。









「おはよう。起きてる?」

「……起きてるわ」


 朝、起きて支度を済ませてから、いつもより早いけどさすがにあの時間に寝たならアメリも起きてくるだろう、とご飯を用意したのに起きてこない。

 カーテン越しに声をかけると返事はあった。意外と眠そうな声でもない。


「じゃあ起きなよ。ほら、開けるよ?」

「やめてっ」


 カーテンを開けた。めちゃくちゃ寝癖がひどく、スーパーサイヤ人かライオンかと言うくらい髪が重力に逆らっているアメリがいた。


「ぷふっ」

「わ、笑った! 人の顔を見て笑ったわね! この野蛮人!」

「や、野蛮人は言い過ぎ。私が悪いけど。ふふ。だって、鏡見なよ」

「見てるわよ! ベッド脇にも鏡くらいあるわよ! 黙りなさい!」

「はいはい。黙ってるから、早く顔洗って髪直しなよ。もうご飯はできてるから」


 起き上がって腕を振って怒るアメリに、桐絵は苦笑しながらなだめるようにそう言って一歩引いた。


「えっ」


 が、そんな桐絵にアメリは口元に手を当てて驚いた。が、理由は桐絵にもわかっている。髪を桐絵が直してくれると思っていたのだろう。

 そうしてあげてもいい、と言うかそうなるだろうと昨日から思っていたが、いざ当たり前の様にされると微妙なので、あえて付き合はなしてみた。もちろん、お願いしてきたならすぐにしてあげるつもりだ。


「ん、なにさ」

「な、なんでもないわよ!」


 そんな桐絵の心境を知らないアメリは、そっけない桐絵の問いかけに強気に答えてベットから勢いよく出た。

 すでに朝食は出来上がっているので、食卓に並べていつでも食べられるようにしてから、お風呂場と続きになっている洗面台ルームを覗き込む。


「うっ、もー」


 髪を必死にとかしてはいるけど、ブラシが離れるたびに逆方向を向いてしまう毛先に、半泣きになってアメリは手を動かしている。


「……」


 やっていることは小さな子供そのものなのに、そのしぐさ一つ一つが洗礼された品のあるもので、表情だって半泣き顔でもその美しさにほうっと見とれてしまう。

 アメリは甘えん坊で我儘で生意気で小学生そのものみたいなのに、見た目は完璧な美しいご令嬢そのものだ。


 だからどんなにやっていることが妹たちに似ていても、桐絵には妹と同じには見えないし、同じような態度をされても妹と同じように流すことができない。

 アメリが笑うと嬉しくなってしまうし、真剣な顔はつい見てしまうし、今みたいな顔をされると、何だってしてあげたくなってしまう。


「もう、いつまでやってるわけ? 朝ごはん冷めちゃうじゃない。手伝ってあげるから、貸して」

「な、か、勝手に入ってこないでよ。や、やりたいならやらせてあげてもいいけど」


 だけどついキツく言ってしまうのは、妹みたいに優しく甘やかしてあげられないのは、やっぱりアメリのせいだ。

 そんな風に言われて、それでも一方的に優しくなんてできない。アメリ相手にだけは、下手に出ていられない。持ち上げてあげられない。要するに桐絵は、アメリと対等でいたくてたまらないのだ。


 だからまた、ブラシを受け取りながら悪態をつく。


「アメリに任せてたら日が暮れちゃうから仕方なくやってあげるけど、ちゃんと覚えてよね」

「そ、そんな言い方しなくてもいいじゃない」

「はい、髪濡らすよ」


 全体をしっかり濡らして爆発を抑え、ドライヤーを使いながらゆっくり髪をとかしていく。丁寧に、綺麗なウェーブがつくように。


「うん! いいわ。完璧ね。さすが桐絵さん。いい腕しているわね。これからもずっと、私の専属スタイリストにしてあげてもいいわよ」


 そうして出来上がるアメリの髪は、絵本から飛び出たお姫様みたいに綺麗で、満足げな表情が可愛くて、褒められると嬉しい。

 そのアメリの姿はぎゅっと抱きしめたくなるくらいなのに、どうしてか胸が痛くて、桐絵は軽くアメリの髪が乱れない程度に頭をたたくのだ。


「何様か。ほら、ご飯食べるよ」

「もう。そうやってすぐ暴力を振るうんだから。仕方ないから、美味しいうちに食べてあげるわよ」


結局、ごめんなさいの一言も聞かないうちに、また世話をみてしまったし、もうこれで全部元通りになってしまうだろう。


 唇を尖らせながら立ち上がるアメリに、桐絵は見られないよう踵を返してから笑みを漏らした。

 アメリの為にもならないのに、と頭ではわかっているし、また上から目線で扱われたら怒ってしまうのは目に見えてしまうのに、それでもまた繰り返してしまう。わかっているのに、桐絵はアメリに頼られて世話をするのを、楽しいし嬉しいと思ってしまうのだ。

 我ながらどうかしている。と思いながらも、まあいいか。と桐絵は考えるのをやめる。だって高校生活はまだまだこれからなのだから。アメリともっと仲良くなるのだって、これからなのだから。




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