第2話 無意識に手を繋いでいるお嬢様
そしてお昼休みがやってきた。さすがに寮暮らしで毎日のお弁当までつくることはない。そういう気分の時もあるが、桐絵だって連休明けは比較的気だるいのだ。
佐枝子も同じく寮生なので同じだが、学校内にももちろん食堂はあるので問題ない。二人連れだって食堂へ向かう。
「さっき授業中も本読んでたでしょ」
「あ、ばれました?」
「ばれましたっていうか、あの大きさでよく気付かれなかったよね」
朝から読んでいる分厚い辞書のような本、すでに半分以上過ぎているので続きが気になるのかもしれないが、あの存在感でよく授業中にこっそり読もうと思うものだ、と桐絵は呆れてしまう。
桐絵より成績優秀なので注意したりはしないけれど、見た目は授業中に内職なんてしませんよ、みたいな感じなのに実際は図太すぎるだろう。
「いえ、先生とは一回目が合いましたよ? だから当てられましたし」
「あー、あの突然の指名そうだったんだ。不正解だったらお説教コースだったわけ?」
「多分そうだと思います」
「何気に思うんだけど、佐枝子さんって問題児だよね」
「えぇ? 成績いいですよ?」
「うん、そういうところもね」
自覚していてやっているからたちが悪いと言うか。成績さえよければ、多少先生の目が甘くなるなんてこの年になればわかってくるけれど、そこまで堂々とされると言葉に困る。
「今日お昼何にする?」
「うーん、悩みますねぇ。カレーうどんとかいいですか?」
「いいけど、聞かなくてもいいよ?」
「いえ、はねたりするので、一応確認を」
「意外なところで気を遣うよね」
「そうですか? 桐絵さんは何を?」
「うーん、じゃあ私もカレーうどんで」
「お揃いですね」
「たまにはね」
食堂に限らず、この学園の施設は学生証をかざせば使用できる。自販機でジュースひとつ買うにしても、まとめて請求されることになっているのだ。キャッシュレスの学生用みたいなものだ。楽ではあるが金額が書いていないので桐絵のような庶民派には、少々落ち着かないつくりとなっている。
さすがに給仕はいないので、注文して自分で受け取り席に運ぶ。隅の方の庭に面した日当たりのいい席につく。
食事を始めて数分。特別盛り上がることはなく、適当な雑談をしながらカレーうどんをすすっていると、招かれざる客が表れた。
「隣、いいかしら?」
「どうぞ?」
アメリは堂々と桐絵の隣に座った。メニューは日替わり和食定食だ。
「いただきます」
生粋の日本人らしく丁寧に手を合わせてから食事を始めるアメリは、それだけで絵になるが、いや、ほんの数時間前の話はどこへいった。
「アメリ、ちょっと」
「なにかしら、桐絵さん。食事中にぺらぺらお話しするのは、あまりマナーのいいことではなくてよ?」
「普段の自分省みろよ。じゃなくて、さっき考えがあるとかいって、私のことスルーするってことじゃなかったの? なに普通にきてるの?」
指摘すると、アメリはわかりやすくぎくりと肩を揺らして目を見開き、すっと目をそらした。
「な、なんのことかしら? 私は別に、そんなことを言っていないわ。勝手な憶測で物を、あ、と言うか、そんな風に言うってことは、私にスルーされて寂しかったと言うこと? そうなんでしょ?」
そして途中からはっとしたように口元に手をあててから、にやにやと桐絵の顔を覗き込んできた。
感情が全て顔に出ている。と本人はこれで全く気が付いていないのが不思議でならない。今まで誰にも指摘されなかったのか。
まあそれも当たり前かもしれない。なにせ彼女は桐絵と違って本気のお嬢様で家族に溺愛されて育ったのだろうし、何より、可愛い。全部丸わかりなのが可愛すぎて、誰も指摘しなかったのだろう。今の桐絵のように。
「別に。そんなことはなかったけど? いつもは休み時間毎に私の席に来るのに来なかったから。じゃあ、考えっていうのは何?」
「な、何っていうか。そんなの、言ったら心の準備ができてしまうじゃない。だから言わないわ」
言い訳を思いついたアメリはどや顔でそう言ってから食事を再開した。が、調子に乗って横見をしながらだったので、つまんだ五目豆が滑り落ちてスカートに転がった。
「あっ」
「あー、もう。こっち向いて」
アメリに声をかけながら桐絵はさっと紙ナプキンを一枚机に広げて、ポケットからウエットテッシュを取り出す。スカートの裾を両手でもって豆を持ち上げるように張るアメリに、桐絵はさっと豆はつまんで紙ナプキンの上に置き、スカート生地をつまんでとんとんと拭く。
少しだけ茶色のシミが付いているが、ついた瞬間よりはましだろう。仕上げにテッシュで拭く。
「まだとれてないわ」
「帰ったら洗ってあげるから。それとも、スカートなしでパンツで過ごすわけ?」
手を離した桐絵に、アメリは不満そうにスカートをひらひらさせたが、それ以上のことは今はできない。むっとしながらそう返すとアメリはさっと浮かせたスカートを抑えて顔を赤らめた。
「へ、変態」
「はいはい。全く。あ、この豆も食べなさいよ」
「えー、汚いわ」
「洗濯したての綺麗なスカートに落としただけでしょうが。もったいないでしょ。はい、アーンする」
「う、あ、あーん」
無理やり口にいれる。床に落ちたならともかく、今日着たばかりの綺麗な布に一度乗せただけで食べないなんてもったいないことは許さない桐絵だ。
改めて食事を再開すると、さすがにアメリも反省したのか大人しく食べている。
「ん? なに、佐枝子さん」
「いいえ。仲良しでとう、じゃなくて、微笑ましいと思いまして」
「今の仲良く見えた? アメリどう思う?」
「わ、私に振らないでくださる? ま、まぁ、私に仕える桐絵さんの姿は様になっていたのではなくて?」
「仕えてないし。そういうこと言うなら、やっぱりまだまだ反省が足りないみたいだね」
お昼まででも、素直にやってきたし可愛いから、まあ放課後には許してあげようかと思っていた桐絵だが、まだそう言う態度なら延長することが決定する。
「な、なによぉ、その言い方。私は別に。あなたがしてくれなくても、全然平気よ。制服だって一人で着れたし、時間割だって完璧じゃない」
「……あの、桐絵さん。さすがにお世話の焼きすぎでは?」
「さ、佐枝子さん。しー。最初はそれもできてなかったのよ」
正直に言えば桐絵だって、ちゃんと制服を着替えて、どこも折り返したり裏返っていたりせず時間内にこれて、ちゃんと教科書を出せていたのを見て、成長を感じてはいたのだ。髪の毛だって、できないなりに整えようとした努力は認める。
だから許してもいいかな、となっていたのに。またそうやって調子に乗る。
これは夜まで放っておくしかない。桐絵はそうアメリをジト目で見ながら思った。
桐絵の態度にアメリは唇をつきだしたまま顔を背けた。自分でもわかっているような態度なのに、どうしてすぐそういうことを言うのか。素直な態度をとってくれたなら、桐絵だって遠慮なく甘やかすのに。
こうして少々気まずいながらも昼食をとり、午後の授業が始まった。
○
「桐絵さん。見られてますよ?」
「しっ。目を合わせないで。気を抜くと近寄ってくるよ」
「そんな。野生動物じゃないんですから……」
佐枝子が呆れた顔をしているが、事実だ。午後一番の体育の授業、着替え中に髪がほどけてしまったアメリがじっと見てきているが、目が合えばここぞとばかりにやらせようとしてくるに違いない。
今日はバレーなので、そう激しくもみ合ったりするものでもないのだから、まとめていなくても一時間くらい平気だろう。
準備運動を終え、それぞれチーム分けが行われ、各種練習が追わり、後半は試合形式ですすむことになった。
バレーの授業はこれで2回目なので、流れもスムーズだ。
全部で5チームに分かれていて、試合をしないチームが審判を審判をすることになっている。第一試合、桐絵とアメリのチームが試合をすることになった。
じっとりと睨み付けてくるアメリだが、基本的にポンコツなアメリは運動神経もそうよくはない。なのでレシーブで桐絵を狙ってくるようなこともできない。
それとは逆に、と言うべきか、桐絵は運動が得意だ。と言っても同じチームにバレー部の部員もいるので、でしゃばることはない。
無難に試合を消化した。次は休憩で審判役になる。桐絵はアメリのチームの後方から、ボールがライン内かどうかをジャッジする役だ。
一試合目でそれほど動いていないはずなのに肩で息をしているアメリは、何故かうらめしそうに見てきた。
順番を決めたのは先生なので、文句はそちらにお願いしたい。と言うかなんでもいいから桐絵に文句を言いたいだけだろう。
それより、試合は始まったのだから桐絵を見るよりボールを見
「あ」
「え、んぶっ!!」
アメリの顔面にバレーボールが直撃した。倒れこむアメリの姿がスローモーションで見える中、桐絵は飛び込むようにしてアメリを背中から支えようとしたが、体格差もあり座り込む形で尻もちをついた。
「たっ、だ、大丈夫? アメリ?」
「いったぁいぃ」
「ちょ、は、鼻血が出てるじゃない。抑えるよ。下向いて」
「んぐ」
先生に許可を取るのももどかしく、桐絵はアメリを保健室につれていった。鼻血だけで歩けるので助かった。これが足をくじいて、となれば頭一つ以上違う桐絵では困難を極める。
アメリの右肘に手をかけ寄り添いながら、右手をのばしてアメリの鼻をぎゅっとつまんだまま歩いた。
「うー、はな、とれてない?」
「つまんでるでしょ。馬鹿なこと言わないの」
鼻声で馬鹿なことを聞いてくるアメリだが、半ば本心から不安がっていることはそのうるんだ瞳と下がった眉尻を見れば一目瞭然なので強気に否定してあげた。
「そ、それもそうよね」
アメリのほっとしたような間抜けな声に桐絵も安堵しながら、失敗したなと反省した。体育中だけでも、気が散らないように注意してあげるべきだった。
チームリーダーに指定されるがまま頷いたけど、せめてもっと離れた視界に入らないチームの方へ行くことだってできたのだから。
保健室に到着して先生に診てもらい、なんとか鼻血もとまった。それにほっとするのもつかの間、保険医はもう大丈夫だけどとりあえずこの時間はベッドで寝て安静にしていてね、と言い残すと席をはずしてしまった。
戻ろうと思っていたのに、アメリを一人にするのは心苦しく、桐絵は仕方なく残ることにした。
「……あの、桐絵さんは戻ってもよろしいのですよ?」
「何言ってるの。一人にはできないでしょ? 全く。こういう時は遠慮せず甘えたって別に怒らないっての」
おずおずとベッドに寝ているアメリが桐絵を見上げて殊勝なことを言ってきたが、そもそも脇の椅子に座っている桐絵の手を握ったままで何を言っているのか。
保健室に入って先生の前に座った時からずっと、不安そうに手を握ってきているくせに。だから桐絵に対して戻りなさい、などと言う声かけもせず先生も出て行ったと言うのに。
「ですけど……」
「そんなこと言って、手、繋いでるのに?」
「? !? な、い、いつの間に!?」
しつこく固辞しようとするので指摘してやると、アメリは本気で無自覚だったようで驚愕しながら桐絵の手を振り払った。失礼にもほどがあるだろう。
腹が立ったので無理やり握りなおしてやる。
「いつの間にもくそもないでしょ。そっちから握ってきておいて。ほら。ちゃんと握っておいてあげるから、寝不足もあるんだし、寝ておきなさいよ」
「う。で、でも、桐絵さん、サボタージュになってしまいますわ」
「大丈夫だから、自分の心配しておきなさい。はい、いい子だから」
「んぅ……はぁい」
頭を撫でて目を無理やり閉じさせると、素直にうなずいた。いつもこれだけ素直ならいいのだけど、と思いながらもそのまま撫で続けていると、寝息が聞こえだしたので撫でるのをやめる。これ以上は逆に起こしてしまうかもしれない。
「……すぅ」
「まったく、と」
呑気な寝息に思わず声が出てしまって、慌てて抑える。アメリが反応せずに気持ちよさそうに寝ているのを確認してから、桐絵は手を下して微笑んだ。
そうして授業が終わるまでじっと見守った。
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