ポンコツ末っ子お嬢様と世話焼き長女なちびっこがツンツンしながら過ごす寮生活
川木
5月
第1話 お世話をさせてあげているお嬢様
初めまして、これからよろしく。仲良くやろうよ。と言ったときから予感はあったのだ。気が合わなさそうだな、と。
田上桐絵はそこそこの資産家のご令嬢ではあるが、実際には親がばりばり働くので下の子の面倒をみていて口が悪く手も早い庶民的などこにでもいる女の子だ。だがどうしても親の仕事関係の付き合いで私立の女子高へ通うことになった。それは仕方ない。母はそれなりに由緒あるお嬢様ではあったし。
その女子高は遠く、寮に住むことになり、その同室相手が遠坂アメリその人だったのだ。遠坂アメリと桐絵は、性格も外見も何もかも真反対としか言いようがないものだった。
そしてお互いの相性がとても悪かった。数日でそれは判明し、猫のかぶりあいはすぐに終了し、以来、すでにこの生活も1か月以上だと言うのに喧嘩をしない日はないくらいだ。
「ちょっと、桐絵さん? なによ、この食事は。昨日と同じじゃない。手を抜いているのではなくて?」
「はぁ? 作ってもらっておいて態度が大きいにもほどがあるでしょ?」
「別に、作ってください、だなんて頼んだ覚えはないわ」
「だったらこっちだって、食べてくださいなんて言ってないんだけど?」
「まあ呆れた。一人で食べるつもりだったの? 太ってしまうわよ。捨てるわけにもいかないから、私が仕方なく善意で食べてあげてるんじゃない」
「おまえ、まじでなぁ、よくそこまで上からものを言えるよな。これだけ人に世話になっておいて」
「あら、この私の世話をさせてあげているのよ。感謝こそされ、そんな風に言われる覚えはないわね」
「いや覚えろよまじで」
寮生活はご令嬢の住むだけあって、設備は完璧だ。各部屋にトイレお風呂だけでなくキッチン冷蔵庫なども完備だし、共同施設として食堂、大浴場、コインランドリーなどもあり、希望すれば洗濯や掃除も定期的にお願いすることもでき、いかに家事をしたことがないお嬢様でも不自由なく生活できるようになっている。
食堂は専属の職員がいてメニューも豊富だ。だからアメリも食べたくないなら食堂に行けばいいのだ。行けるものなら。
現在、時刻は7時58分。8時30分の授業開始の30分前だ。お嬢様学校に遅刻の概念などない、と言わんばかりに食堂の利用時間は朝の6時から8時の2時間。まだ寝間着を着ているアメリに食堂なんて利用する余裕はない。
そもそもそれだって朝食をつくってから桐絵が起こしてあげているのだ。それも毎日のことなのだから、もっと感謝してくれても罰は当たらないだろう。
「だいたい、寝起きが悪いにもほどがあるでしょ。昨日は何時に寝たわけ?」
「う、そ、そんなに遅くはないわよ」
昨日と同じ目玉焼きとウインナーにお漬物にご飯とお味噌汁と言う簡単メニューを、文句を言いながらばくばくと食べていたアメリは、桐絵のジト目での問いかけに一瞬手を止めて、わかりやすく視線をそらした。
「で、何時なの?」
「……さ、3時にはなってなかったわ」
「は? 日付変わる前には寝ろって言っといただろうが。いつまで連休中の気持ちでいるわけ?」
あれだけ言ったのに無視した上に、手間をかけさせたのだ。いらっとした桐絵が弟妹にするように口調を荒げてしまうのは仕方ないだろう。
だがアメリはむぅと頬を膨らませて対抗する。
「うるさいわねぇ。だいたい、あなただって胸をはれるような模範生徒ではないでしょう? 少なくとも、その品のない物言いをしているうちは」
「ひ、品のないはいいすぎでしょ! だいたい誰が私を怒らせてると思ってるわけ?」
「怒ってだなんて頼んでいないわ」
かっちーん! と桐絵の脳内で大きな声が鳴り響く。切れちまったよ、久々によ。
「あー、あー、あー、そうですか。はー、じゃあいいですよ。そこまで言うなら」
食べ終えたお茶碗を置いた音がどんっと大きな音をたてたが、それに頓着せず勢いよく桐絵は立ち上がってせわしなく食器を洗い場に移動させる。
「え? あの、お、怒ったの?」
桐絵の気迫に圧されたように、手に持ったお箸の先をさまよわせながらやや気弱げに尋ねてくるアメリ。だがもちろん桐絵は、その程度の反応で許す気はない。
「頼まれてないのに怒ってませんよー、だから今日からお世話とかやめますねー」
「えぇ? なにむくれてるのよ」
「知らん。ごちそうさま。洗い物は帰ってからするから、桶につけといて。先にでるから」
「え、ちょっと待ちなさいよ」
「リボンだけは武士の情けで結んでおいてあげる」
寝間着で寝ぼけ眼のアメリと違い、桐絵は部屋着に着替えていて学校に行く支度はできている。手早く制服に着替えて、隣にかかっているアメリの制服のリボンだけ結んでから部屋を出た。
本気なの、などとぶつぶつ文句を言っているのが聞こえているが無視をした。
「あら、今日は一人なのね?」
「おはようございます、久我山さん。はい、今日は少し用があるので。いってきます」
「はい、いってらっしゃい。気を付けてね」
玄関で寮母の久我山さんに挨拶をした。料理人はもちろんのこと複数の職員がいるけれど、全体を取りまとめて人の出入りを管理しているのが寮母であり、当然の様に生徒全員を把握しているのだ。
優しくて頼りになり笑顔を絶やさない生徒から人気のある人だけど、正直に言うと桐絵は少し苦手だったりする。
ずっとニコニコしていて感情が読めないからだ。これなら感情が顔に出すぎなくらいのアメリの方がずっと好印象だ。
学園は寮からとても近い。ゆっくり歩いて5分、早歩きなら3分と言ったところだ。玄関を出て左手にあるレンガ敷きの緑溢れる小道を進むとすぐに学舎は見えてくる。
古いが、それを感じさせないだけのまめな補修が加えられていて、ヒビひとつない立派な白い壁に、赤い屋根が特徴的だ。アーチを描く半円の窓も可愛らしさを強調していて、絵本のなかに出てきそうだ。
教室にたどり着いたのは8時15分だ。始業ベルの15分前はけして早くはなく、教室内は半分以上が埋まっている。
「おはようございます、桐絵さん」
「おはよう、佐枝子さん。今日はずいぶん分厚いけど、何の本を読んでいるの?」
「ショートショート、短編集ですよ。それより桐絵さん、アメリさんと一緒ではないのですね。喧嘩でもしたのですか?」
「喧嘩ねー。まあ、そんな感じかな。いや、でも私は全然悪くないから、むしろお仕置き?」
「ふふ。相変わらず仲が良さそうでなによりです」
「いまの台詞のどこにそんな要素があったのか謎なんだけど」
桐絵の隣の席の佐々木佐枝子は外見上はよく読書をしていてお下げ髪で丁寧語と、全くタイプの違う大人しそうな優等生系だが、これでなかなか話好きで物怖じしないのでよく話す仲だ。連絡先の交換も済ませている。
しかし少々変わった子であることは否めない。辞書のような分厚い本をわざわざ持ってきて読むのも理解できないし、クラスメイトにお仕置きと言うワードチョイスで何故仲がいいと思えるのか。
まあそういうタイプだとわかっているから言える軽口なのだけど。
雑談をしていると、朝の短い時間はあっという間にすぎる。予鈴がなる。その頃にはこのお嬢様学校で埋まっていない席などない。はずだが、依然としてアメリの席は空白だ。
いつも通りに起こしたのだから、ちゃんと予鈴前には到着できたはずなのに。何をしているのだ。
桐絵が時計とにらめっこしてイライラしていると、本鈴の2分前を切ったところでやや早足にアメリが入ってきた。
「ふぅ」
ほっとして思わず息を吐くと、横から見ていた小枝子がクスリと笑った。軽く睨んでから、桐絵は少し離れた左前にいるアメリの後姿が席に着くのを確認する。
アメリは金髪なのでとても目立つ。ハーフで顔だちもそうなのでおかしくはないが、珍しいのは仕方ないだろう。
髪が太く癖が強い分、少し手を加えれば綺麗な縦ロールになってくれるし、ボリュームがあるのでアレンジもしやすい。いつも桐絵が髪を整えているのだけど、今日はそうではない。
だからかいつもよりロールのない、かといって多少うねりがあり乱れている髪が、雑にポニーテールにされている。
「……」
それに気づいた桐絵は指先でとんとんと机をたたきながら不満な思いをなんとか逃がす。
乱れている、と言っても一束にまとめられているのだから、パッと見はそう違和感はない。いつもと全く違う髪型なのもあって、周りも物珍しそうな視線を向けはしても、寝坊して適当な髪型なのだとは思っていなさそうだ。
それは別にいい。桐絵だって、アメリがみっともない姿をさらせばいいなんて思っていない。
だけどアメリはポニーテールにしたって、もう少し毛先を整えて、頭頂部のはねた毛をまとめて、いくつかあえて緩めたりした方が、もっとずっとよくなるはずなのに。
やっぱり髪くらいは整えてあげた方がよかったのだろうか。いやしかし、そのためには制服に着替えてからになるので、結局着替えも手伝ってしまうだろう。そうなっては意味がない。
桐絵はキレてあんなふうに言ったけれど、本当にもうずっと何もしないから。なんてことは思っていない。そもそも気分やで我儘放題な年頃の妹弟たちの世話を見てきたのだ。
怒ったってその時だけで、そうは言っても面倒をみてしまうのだと自分でもわかっている。
だけどそう言っても本当の兄弟でもなく同い年なのだから、少しくらい殊勝な態度をとってもいいはずだ。なので灸をすえるためにも、今日一日でどれだけ桐絵に助けられているかを自覚するべきだなのだ。
だから今日は我慢の一日だ。と桐絵は自分に言い聞かせる。もはやどちらにとっても罰なのかわからなくなっているが、本人はいたって真面目である。
始業ベルがなるまで、桐絵はじっとアメリを見ながら、明日になったらどんなポニーテールにしてやるか考えていた。
○
「ちょっと、桐絵さん。なんなのよ、朝の態度は」
「なんのこと? 朝はただ、頼んでないってあなたが言うからそうしただけでしょ」
一時間目が終わるなりアメリはつかつかと桐絵の席に近寄ると、顔を寄せてそう文句を言った。だが桐絵が取り合わずにツンとした顔でそう答えると、ひるんだように机に手をかけて、横にしゃがんだ。
「う。そ、それはそうだけれど、何も、先に行くことはないでしょう?」
「一緒に行くって約束だってしてないじゃない」
机の横に並んでいる旋毛を撫でまわしたい欲求を抑えながらさらに突き放すと、自分の指先の上に顎をのせたアメリはじっとりと睨み付けてきた。
「……あなた、性格が悪いって言われたことない?」
「アメリよりはましでしょ」
「言われたことなんてないわよっ。ふん。いいわ。そっちがそのつもりなら、私にだって考えと言うものがあるのだから」
「はいはい」
急に強気になったアメリは勢いよく立ち上がると、腕組をしてそう言った。強調された豊かな胸元に、桐絵は机に頬杖をついてから、反対の手を伸ばしてリボンをつついた。
「ゆるんでる。ちゃんとしめて」
「っ、わかってますわ」
ふん、とつんつんした態度だけど素直に、若干わたわたしながらリボンをきゅっとしめたアメリは、どや、と胸をはるようにして見せつけてきた。
「うん、それでいいよ」
「……ふん。それでは失礼しますわ」
よくできたね、と言いたくなったが甘やかしてはいけない。あくまで淡々と答える桐絵に、アメリは顎をあげ気味に席に帰って行った。
うっとうしいくらいに上からで我儘なくせに、こう言う態度は正直可愛いと思ってしまうのが悔しい桐絵だった。
二時間目が終わって、さっきより少し長い中休みだ。いつもならさっきのようにアメリがやってくるはずだが、桐絵のところに来ないどころか、一瞥もせずに隣の席の子と話している。
「ふーん?」
なるほど? これがアメリの言う、考えがある、と言うものか。
「……」
「桐絵さん、なにニヤニヤしてるんですか?」
「に、にやにやはしてないでしょ? 失礼なこと言わないでよ」
頬杖をついていると、隣から茶々が入った。ちらっと見ると、むしろにやついた小枝子がいた。むっとして言い返したが、佐枝子は自信満々ないらっとするどや顔を崩さない。
「いえ、してました」
「……まあ、少しは笑ってたかもしれないけど」
「アメリさんが来ないのが嬉しいんですか?」
その質問の仕方はおかしい。が、言われるとやはり、自覚せざるを得ないほど笑えてきて、我慢せず笑うことにする。
「ふふ。まぁ、ていうか、可愛くない? だって、さっきの会話聞いてたでしょ? 私への報復措置が無視なんだよ?」
「お話ししないと言うだけで桐絵さんが寂しがると思ってるんでしょうねぇ。逆に言えば、自分なら寂しい、と言うことですから、確かに可愛いですけど」
「でしょ? それに、私がどれだけ自分を好きだと思ってるのって感じでしょ。なんなのかな、あの自信は。全く、子供なんだから」
見た目は桐絵よりよっぽど背も高く大人びているくせに、中身はまるきり子供だ。そういうところが、つい世話を焼いてしまうのだ。
「それは実際に……いえまあ、これ以上は野暮ですね」
「なに、変な言い回しして。まあいいけど。と言うわけだから、今日は一緒にお昼食べない?」
「あら、いいですけど、やっぱり一人は寂しいんじゃないですか?」
「そうじゃないけど、折角アメリがいないなら、たまには佐枝子さんとも友好を深めたいと思って。あー、でも、そう? なんだか、都合よく利用しちゃうみたいになっちゃってる?」
別に食事くらい一人でとるのはなんでもないのだけど、折角の機会だ。と思ったのだけど、よく考えたらアメリがいないから、と言うのも補欠みたいな扱いだと言われればそうかも知れないので、桐絵はすこし不安になりながら尋ねた。
「ふふ。いいえ。いいですよ。私も桐絵さんともっと仲良くなれたなら嬉しいですから」
そんな桐絵の上目遣いに、佐枝子は微笑んでそう言った。よかった、と胸をなでおろすと、佐枝子はふふふ、と少し意地悪そうな顔をした。
「そんなに私のことが好きなんですか?」
「もう、おかしな言い方しないでよ。ま、好きだけど」
とにかくこれで今日の予定は決まったも同然だ。何なら放課後も予定をいれてもいいかもしれない。
いつもアメリにつきっきりだったけど、これを機に少しは周りをみてもいいかもしれない。桐絵も、アメリもだ。
そう思う桐絵は、アメリが振り向いていることには気が付かなかった。
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