第2話 自由の国の末路-the furture of America-
ホワイトハウスの地下壕にも生存者の影はなかった。しかしウィルスは、めったに使われないであろうこの設備にも入り込んでいた。悪名ばかり高い現大統領は、執務室で最期を迎えていた。先遣隊に随行していた在日米軍の将校が膝から崩れ落ちた。こうした経緯でアメリカへ派遣された先遣隊は、異様な光景を目の当たりにした。無数のデモ参加者(と見られる)の死体が街にそのまま、放置されていたのである。ジョージ・フロイドの死に始まる「Black Lives Matter」の運動は、本来のジョージ・フロイドが属する黒人人権問題を外れ、Antifaの介入により混沌の極みに陥り、デモ参加者・鎮圧者側も、自分が何で死んだのか、警官隊の銃撃か、デモ隊の振り回すゲバ棒によってか、新型コロナウィルスの突発的狂暴化によってなのか、「
分からない」、という顔をして亡くなっていた。また多くの歴史的偉人の像―奴隷制を想起させる人物―の像も、像としての使命を終えていた。銅像を打倒したところで、その人物が成し遂げたことは厳然と残っていることを考えると、この暴動の中でこれらの銅像が倒されてしまうのも、不思議な因縁であった。
ところでアメリカに派遣された先遣隊の任務としては、世界最大規模の軍備―とりわけ核兵器―が、残存した一部日系人過激派にわたらぬようにあらかじめ確保しておくこと、無人となった核施設の稼働を止めておくこと、前述した無数の死体を処理すること、残った日系人・日本人を保護、希望者には帰国の目途をつけてやることであった。それ以外のことは先遣隊の力に余る。日本国土の約25倍の国土をもつアメリカを一体だれが統治するのか、その軍備-とりわけ核兵器ーはだれが管理するのか? それ以外にも政治的・法律的・倫理的・人道的テーマが無数に横たわっていた。
先遣隊の目的地はアメリカ国内各地の米軍基地であった。アメリカの先遣隊については、在日米軍関係者が対ウィルスの重武装をして随行した。機密情報の取り扱いもともかく、万が一、米軍基地内に生存者がいた場合―最悪の場合交戦するはめになった場合―彼らに説得してもらおうという魂胆であった。おりしも初夏。対ウィルス重武装の米軍将校は、自身の国の世紀末的様相―それよりもひどい状況かもしれないが―を目の当たりにしたこともあり、肉体的精神的ショックは小さくなく、小声で「Oh, my god...」を繰り返しつつ任務にあたっていた。機密情報の一部は随行した米軍将校にもアクセスできないということで一部は、厳重なプロテクトをかけて放置せざるを得なかった。
死者の埋葬も、核の保全に負けずとも劣らず困難を極めた。とにかく遺体の数が多すぎる。とても先遣隊だけではどうにもならない。仕方なく、日本人街があるような大規模な街を中心に、遺体の処理を行うこととなった。遺体の処理方法についても、少し議論があった。火葬か、埋葬かの二種類である。今のところ、感染者がゾンビ状態になり人を襲うわけではないが、衛生的なことを考えると火葬のほうがよいのではないか…、日本人からなる先遣隊の中ではそのような意見が大勢を占めた。結局、随行した在日米軍の将校の意見が通り、都市郊外の荒野に急ごしらえの墓地群をつくり、そこに埋葬することになった。その将校曰く「いつか、よみがえりの時が来るかもしれないから」。
在米日本人・日系人の保護ないし帰国の促しは、比較的うまく進んだ。というよりも在米日本人と日系人で、きれいに分かれた。日本人たちは、しばらくは死体との同居になるため、とっとと日本に帰りたいということだった。日系人は日本へ渡っても生活の拠点がないため、アメリカに残るとのことだった。自警団をつくって、とりあえず自治まがいのことをやってみるという。在日アメリカ大使が帰国し、その中で政権が統治できるような状態になれば、よろこんで迎えるという。さすがは…、という感じであった。あとは帰国希望の在米日本人の人数に応じて、本国日本にチャーター機を要請するだけだった。
アメリカは断トツで新型コロナウィルスの被害者になっている国だった。それに加え、ジョージ・フロイドに関わる一連の争乱に巻き込まれ、ウィルス以外の要因で亡くなっているということも考えられた。医療機能が満足に機能しないまま、ウィルス以外の病気で亡くなっている人も見られた。日本の医療現場の苦悩が現実とならないことを願うばかりだ。
とある思考実験 @michy_abe
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