とある思考実験
@michy_abe
第1話 終わりの始まり
その事態は、突然、やってきた。ヨーロッパ某国の大使館の現地職員が連絡なく欠勤し、不審に思った日本人職員がその職員の自宅に向かう途上で、異常に気付いたとのことである。コロナ禍で街に人通りが少ないのはわかる。だが、ここまで少ない、というか人の姿を見ないのは異常だ。人のいなくなった街を野良猫、野良犬が闊歩していたという。それと救いを求め、街に出たものの力尽き、こと切れている遺体。
類似の知らせが世界各国から日本政府へ、地球上で現存するただ一つの政府となってしまった政府へ、寄せられた。コロナ禍で海外便が激減しているのは見慣れた光景だが、海外からの飛行機が全く飛んで来なくなったというのもこの状況の一面を表していた。幸い、減便に次ぐ減便で、飛行機の事故というのはほぼなく、そのため事態の発覚が遅れたともいえる。
この異常事態を別方面からつかんだ部署が日本政府にあった。それは防衛省、海上保安庁の二つの組織である。コロナがはやった以前から中露両国の執拗な領空侵犯に悩まされていた航空自衛隊がある。それがある時期から、領空侵犯へのスクランブル発進が一切なくなったという。両国の国家戦略の変化かとも思われたが、それにしても領空侵犯がない期間が長すぎるということで、政府中枢に伝えていた。また海上保安庁でも、コロナ禍が猛威を振るってからこのかた日常茶飯事になっていた、尖閣諸島海域への中国公船の侵入が一切なくなっているという状況をつかんでいた。尖閣諸島問題はデリケートな問題だ。それが自然消滅した形になった。こちらのほうは、そもそも尖閣諸島は隣国との領土問題とからむため、問題のないのはいい便りという具合で、特に異常を感じていなかった。
さてこれらの状況を受けて、日本政府はパニックに陥った。いざという時のアメリカ様も大統領からしていない、少なくとも連絡のとれない状態、そもそもアメリカ大使館が問い合わせても、返答が帰ってこない。さらにその上位の国連も同じ。日本の国連大使と少数の国連職員とが呆然としているという。今のところ表向きは各国がコロナのため、入国禁止の状態であるからこの異変に気付くものは、各国の外交団と政府の一握りの政府要人だけであった。これが一般に広まったら…。大恐慌に陥ることは目に見えていた。アメリカ、イギリス、EUなどといった味方陣営は言うまでもなく、中国、ロシア、北朝鮮などといった仮想敵国、敵国もスパッとなくなってしまったのである。日本に来ている外交団は無事なため、厳密にいうと、日本人以外全滅というわけではなく、圧倒的多数の日本人とごく少数の外国人が残ったのであった。
筒井康隆の『日本以外全部沈没』のように、広くはない日本列島に世界中から移民(というべきか)が押し寄せるという事態は避けられたものの、日本人たちが狭い日本列島からどんどんと移民(これは文字通り)してしまいかねない事態に陥ってしまった。そもそも日本は人口過密とでもいうべき状態、むしろこれは人口過密を解決するチャンスでもあった。だが日本でも過疎地域と呼ばれている地域もある。そこからのさらなる人口流出で、限界集落が限界を超えてしまうという事態も現れるであろう。一攫千金というか、土地成金を目指して無理やり海外へ向かおうとするものが続出することは目に見えていた。そもそも地球という惑星のたった一人の管理者になってしまった。民族問題、領土紛争はともかくとして環境問題など地球上のあらゆる問題を日本人だけの知恵で解決しなければならなくなった。かといって事態を隠し続けるには、限界があった。TVには緘口令がしかれていた。それも時間の問題であろう。ある時から海外のニュースをほとんど報道しなくなった、あるいは過去のニュースの切り貼りでお茶を濁していたテレビ各局におかしいと視聴者からクレームが殺到し始めた。
ついに政府は真相の公表に至る。新型コロナが人類の想定と叡智を超えて猖獗し、日本民族のDNAをもつ集団しか生き残れなかったということ。結果として圧倒的多数の日本人と少数の外国人が残ったということ。なぜ日本人のみが生き残れたかはまだ結論が出ていないが、日本人のDNAの特有の構造にあるのではないか、ということ。国民への要請として、まだコロナウィルスの全容がはっきりしていない以上、「新しい生活様式」の模索は続けてほしいということ、国外の情勢が不明になってしまったため、それを探るために派遣する先遣隊が帰るまでは出国は控えてほしいということ。
特に最後の先遣隊の派遣は急務かつ緊急を要した。各国の軍事システムの把握と鎮静化、原子力関連施設の停止から町中に広がっている遺体の処理をどうするかということまで、先遣隊に託されていた。
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