必ず結婚します 4


 ───なぜ人は結婚したがるのか?


 目の前にいる怪物リーザさんを見ていると、そんな疑問が湧いてくる。


 一緒にいると楽しくて幸せで。この時間がいつまでも続けばいいのに。それを形に残したいと始まっただろう結婚式。

 だけど、目の前の怪物は幸せな時間を共有した訳でもなく、ずっと一緒にいたいと思ったことも無い。それなのに………。


 「───逃がさない♪」


 僕が後ろで新しい世界の扉を開いたティンティンとメアリーに意識を逸らした瞬間、僕の手首を握りしめて囁く怪物さん。


 外見は綺麗な人だし、恋愛さえ絡まなければ結婚する相手などそこら中にいただろうに。


 「絶対に無理ですっ!!」


 ありえない。そんな拒絶の気持ちと純粋な恐怖から僕は叫び、そして手首を捻って怪物ごと地面へと叩き伏せる……けど。


 「ローグはこういうのが好みなのね?」


 思いっきり地面へと叩きつけたはずなのに、まるでじゃれ合っているとでも勘違いしているのか、ニヤリと口を歪めながら頬を染める怪物さん。それだけにとどまらず、すかさずに空いている手で僕のもう片方の手首を掴む。


 誰か、誰でもいいから、この人と結婚してあげてください。外見だけは綺麗ですよ? 一応資産もあるみたいなんで優良物件ですよ?


 辺りは気を失った騎士団と変態仮面。僕の心の声を口に出したとしても、聞き入れてくれる人は何処にもいない。


 「落ち着いてくださいっ! リーザさんならすぐに男なんて見つかりますからっ! だから僕は止めましょうよっ!!」


 必死の説得を試みることにした。

 理性が伴っていて武器を持っていないなら、躱すことに集中すれば耐えられる。だけど理性も痛みも感じない怪物相手に僕が立ち回れる未来が想像できない。


 「ローグ!! もう少し耐えなさいっ! 私達が先に名前を書くわ!」


 聞こえて来た声に、僕は視界の隅っこに声の主を捉える。

 平静をトレイ戻したらしいメアリーがアイラの手を引っ張る形で祭壇へと走っていく姿が見える。


 「分かったっ! 僕も隙を見つけて行くよっ・・・・・・・・・・!」


 この騒動を納めるには、僕たちが正式に結婚すればいい。

 もしかしたら「離婚してっ!」とか襲われそうなきもするけれど、一旦は抑えることが出来るかもしれない。なによりも、彼女をよく知るメアリーがそう考えているのだとしたら、可能性は高いはずだ。


 「やっと私と一つになってくれるのねっ!」


 床に突っ伏してるはずのリーザさんから嬉々とした声に悪寒を感じ、僕は可能な限り顔を逸らす。さっきまで僕の顔があった場所にリーザさんが唇を突き出した表情で、頭突きを見舞う様な速度で迫ってきていた。


 「何を考えてるんですかっ!」

 「だってさっき言ったじゃないっ! 私の好きを見つけてイクぅって・・・・・・・・・・・・!!」

 「どんな解釈してるんですかっ!?」


 僕の両手首を掴んだまま、飛び跳ねる様に立ちあがったリーザさん。今度は僕の体を引き寄せる。


 「そんな簡単に奪わせませんっ!」


 狙いが僕の口だと分かっていれば、いかに序列二位とは言え簡単に奪わせなんてしない。


 何度も繰り出される唇を交わしながら隙を見て空いている足でリーザさんの腹に蹴りを入れる。そして、その度に……。


 「Sなのっ!? Mなのっ!? どっちでもなるわっ!!」


 ───恐怖。

 ただ、お化け屋敷や怪談とは別種の恐怖に、僕は焦りさえ覚え始めている。


 「ローグっ! 後は貴方の名前を書くだけよっ!!」


 祭壇に辿り着いただろう二人の声に心が緩んでいく。

 後は僕があの場にさえ辿り着けば、この恐怖からも解放される。

 だけどさっきから人間離れしているリーザさんの隙をどうつけばいいのか。蹴り飛ばしても僕の手首を離すことはないし、むしろ恍惚とした笑みさえ向ける始末。


 そんな状況と解放されたい一心で、僕が選び取った手段。


 「リーザさんっ!!」

 「なんでも言ってちょうだいっ! 全部期待に応えて見せるわっ!」

 「僕は放置と目隠しが好きなんですっ! だから後ろを向いて目を瞑ってくださいっ!」


  手段など選んでいる余裕はない。少しでも関心のある事で気を引いて隙さえ突ければその間に結婚できる。


 ただ、言っていて思う。

 僕は一体何を言ってるんだろうって。それと、後々後悔することになってしまうけど、それはまた別の話。


 「そうだったのねっ!? すぐに後ろ向くわっ!」


 掴んでいた手首を離して嬉々とした表情でクルリと反転したリーザさんは、そのまま四つん這いになって、喜ぶ犬の様におしりをフリフリとしている。


 「さぁどこからでも来てっ!!」


 背筋に走る悪寒がさらに増した所で、僕は足音を立てない様にそぉーっと祭壇へと向かう。


 「まだ来ないのっ!? そうよね!? 放置も好きなんだものねっ!? いいわ! いつでも待っているわっ!!」


 背中から聞こえてくるおぞましいセリフを一心に受けながら、僕はアイラたちの元へと辿り着く。すぐにメアリーから受け取ったペンで、婚姻名簿に書いてあるアイラとメアリーの名前の横に僕の名前も書き足す。


 「やっ───っ」


 名前を書き終え、僕が歓喜の叫びを上げようとした瞬間、メアリーが僕の口を手で塞いで首を横に小刻みに振るう。


 「今バレたら婚姻名簿ごと消されるわ、すぐにこれを持って避難するわよ。それとアズールセレスティアも私の家もリーザに割れてるから、今日だけ野宿するわよ。最悪は婚姻名簿をどこかに隠して撤退よ」

 「わ、わかった。とりあえずここから非難しよう」


 

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