必ず結婚します 1


 「じゃあ忘れ物は無い?」

 「うんっ♪」

 「私も大丈夫よ」


 昨日、お互いに送りあった箱と手提げバック、それとクレイグさんから貰った花火を持って確認を取る。


 今日は、僕たちが名実共に家族となる日。


 この世界では精霊教会にある名簿にお互いの名前を書けば夫婦と見做される。だから前の世界の様に披露宴みたいなものはない。それに、「愛を誓いますか?」的な物もない。


 だからクレイグさんに頼んで、その役割をお願いしてある。それこそこの世界では意味をなさないけど、僕たち家族の間に今日という日を深く刻み込んでおきたいし。


 「ローグっ、かる~く、だよ?」


 アイラが僕の鼻をツンッ突く。


 「えっ? もしかしてなんか難しい顔してた?」

 「してたわね。まるで《今日に全てが掛かってる》みたいな顔をしていたわ?」


 今日という日を大事にしたいと思っていたからか、僕の想いは顔に出ていたらしい。


 「集落でも言ったでしょ~? 私はいつでも結婚したいって。形は嬉しいけどローグが私達の事を大切に思ってくれてるならそれが結婚なのぉ。だから今日はそれを確かめるだけ。私とメアリーさんはずっとローグの事を旦那って言ってるでしょ?」

 「そうね、旦那様にその自覚は無かったみたいだけど」


 言われて思い出す。

 確かに最初はせっかくなら結婚式をしたいって考えから始まって、気付けば結婚しないとダメな気がしてた。前の世界なら資産統合とか色々とあるからそういう認識が強かったのかもれないけど、大事なのは僕が誰と生涯を共にしたいか。その気持ちだけなんだ。


 僕は改めて二人に「ありがとう」と言って、ティーグへと向かった。


 ティーグに辿り着いて、そのままの足でアイラたちが経営している料理教室へと向かう。精霊教会では名簿に名前を書くだけだから、ここで着替えてから教会へ向かう予定だ。


 流石に着付けの時はお互いに驚かせたいという思いがあったからか、素直に別々の部屋へと向かい、僕は袋から貰った服に袖を通す。


 前に世界みたいにウールを製織した物じゃなくて、皮を染めて切り取って作ったスラックスとダブルのスーツベストは僕の体にぴったりで、僕の知らない間に服のサイズを計ったりしているアイラとメアリーを想像すると、思わず笑みが零れちゃう。


 慣れない格好に身を包んだ僕は先に外で待つことにしたのだけど……、やはりこの世界では珍しい格好のせいか、行き交う人たちが一度は必ず視線を向ける。


 ………恥ずかしい。


 中には立ち止まって観察するように見入る人まで。


 「お待たせ♪」


 心細かった心が晴れていく。そんな風に思えたのはほんの一瞬で、声の方に視線を向けると言葉を失う。


 目の前にはピョンっと僕の胸に飛び込んでくるアイラ。その後ろで微笑んでいるメアリー。髪と一緒にフワリと舞うドレス。髪は僕の頬をくすぐって、その後に温かさが僕を包み込む。


 「ローグカッコいいよ♪」

 「あ、ありがとう、アイラも……その、すごく綺麗だね」


 このドレスを買うまでに中々な苦労をしたけれど、本当に買ってよかったと思える。


 「あら、私には無いの?」


 アイラの頭をそっと撫でながら視線を向けると、悪戯っぽい笑みを浮かべているメアリー。


 分かります。ここで何か言わないと家に帰ってからが怖いです……って、言われなくても僕から言いたくなってしまうけど。


 「メアリーもすごく似合ってるよ。ちょっと直視しずらいレベルで」

 「そう? もっと見てくれていいのだけど」


 そう言われて直視なんて出来るはずがない。メアリーはそれを分かってて言っているんだろうけど。


 「普段着なら何とか見れそう」


 僕の精一杯の本音を口に出して視線はメアリーから外れる。そんな僕の行動が面白かったのかな。メアリー小さくクスクスと笑うと、ゆっくりと僕に近付いて耳元に顔を寄せる。


 「ここじゃ恥ずかしいってことね。それなら家に帰ったら……ね、旦那様?」


 背筋がゾクゾクとするのは首輪をつけられた記憶のせいなのか、それともトイレで捕食されたからなのか。少しだけ、今日の夜が不安になる。………そして、何で僕の胸に顔を埋めたまま顔を赤くしていんだいアイラさん。さっきから僕の胸がポッカポカを超えて熱いですよ?


 僕としては気合の入る一日なはずなんだけど、どうにも二人に挟まれると引き込まれる。それは僕の心も引っ張ってくれているのか、すごく軽くなってフワフワして、まるで夢の中に居る様な、そんな錯覚をしてしまいそうだけど。


 ………幸せって、目の前にあると実感し辛いよね?


 


 

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