閑話 男の子ですっ
「じゃあ私達は行ってくるわね」
「行ってきまーす♪」
「行ってらっしゃい。気を付けてね」
アイラとメアリーが玄関を開けてこちらに手を振り、僕も手を振る。
「ローグこそ久しぶりの休みだからってあんまりダラダラしてはダメよ?」
「分かってるよ。今日は少しやってみたいことがあるんだ」
闘技場で河童にされてから数か月、僕の元にきた幾度の指名依頼。
半分は首輪だとか全裸だとかを真に受けた人たちからの危ない依頼だったけど、もう半分は《剣聖と仲が良い冒険者》というだけで、武術指南や護衛、討伐なんて依頼がしっかり入ってきています。……いますが、今日はその依頼も無し。
アイラとメアリーも料理教室が順調で、アズールセレスティアの料理人として何人か目を付けている人もいるらしく、今日もこれから出勤。
ちなみに、あの日以来一番心配だった僕の髪の毛は元通りになりました。以前よりも若干髪の毛が細く感じるのはストレスのせいだろうか。あの直後はアイラに嫌われると心配で心配で……。
おどおどしている僕に「ローグはローグだよ」と、優しく唇を合わせてくれたアイラにほろりとしたのは僕の大切な思い出となった。
けど、カッパさんになったおかげで今まで以上に髪に神経質になっている自分がいたから、たぶんそこら辺が原因かも。
余談だけど、指名依頼を受けた時なんかに禿げを治す方法があるかいろんな人に聞いてみたけど、「精霊の導きのままに」という回答が一番多かった。
つまり、禿げたらもとに戻ることは無い。その事実に「異世界ならばそのくらい……」と、あの時の僕は奥歯を鳴らしてしまった。無事に生えてきたのだから、これから大切にお手入していけばいいけれど。
それよりも、ここで無駄な時間を過ごす訳にはいかない。
僕は足早にいくつかの皿と、水を容器に入れて革のバックに詰め込む。普段はどこにいくにも刀を必ず持っていくけれど、今日に限っては持っていく訳にはいかない。
バックを背に背負った僕は家を後にする。
向かう先はドラちゃんが良く寝泊まりしている北の森。アズールセレスティアからもそこまで遠くないし、人もいないし。今の僕にとってこれ以上好都合な場所はないだろうね。
森に辿り着いた僕は魔物除けの為にスピリットパスを開いて体から金色の光を垂れ流す。一応辺りを確認して、誰もいないのを確認した後、背中に背負っていたバックを地面へと置いて持ってきた皿に水を灌ぐ。
これで準備は万全。
───夢。
誰だって小さい時に見た夢は殆ど実現不可能な事ばかりで、大人になるにつれて過去の想いでと化していくのです。どこか寂しく、どこか羨望の眼差しで過去を語りながらお酒を煽る。
それが大人。
それが現実と向き合う事。
それを、今の僕は叶えられるかもしれない。
その準備は整った。
この日の為だけに数か月、僕はスピリットパスの操作練習をした。その訓練が無駄ではなかったを示す様に、僕の体から溢れる金色の光は空に向かって昇っていく。
幾度となく試行錯誤した結果、体から漏れ出る精霊さん達はコツさえ掴めば多少は言う事を聞いてくれるらしい。僕が「ただ漏れるなんか金色の光」から「実は色の付いた精霊さんだった」に認識が変わった瞬間でもあるけれど。
ただ、言う事を聞いてくれるけど、メアリーの使った
だけど、今はこれで充分。
夢とは、着実な一歩からだ。
焦ってはいけない。
静かに目を閉じ、大きく息を吸う。
足を肩幅より少し開いて腰を少し落とす。
「カアアァァァァァアアーーーーーーーーーッ!!」
叫び声と共に、僕は体から漏れ出る精霊達を自分の体から解き放つ。
そして────。
「おぉぉぉぉぉーーーーーっ!」
視線を水の入った皿に落とすと、自分の嬉しそうな顔が映っている。そして髪の毛は金に染まっている。体から空へと昇っていく金色の光と染まった金の髪。まさしく僕が憧れていた姿を手に入れた瞬間。
それなのに、脳の中に記憶されている彼らとは決定的に違う場所が浮き彫りになっていくのに気付いてしまう。
「瞳の色はエメラルドグリーンぽかったよなぁ……、それに髪が逆立たないと……なんか迫力にかけるなぁ……」
似せることはできるけど、それだけ。
「いや、まだ何か足りないのかもしれない。小さいころとは違うもんね」
そうして、僕はもう一度気合を入れなおす。
大きく息を吸い、握った拳にさらに力を入れる。
爪が皮膚に食い込み、少し痛さを覚えるけど、そんな痛さくらい夢の為ならっ!
「カカロッ────」
「ローグ?」
気付けば、僕は何故か正座をしていた。
まるでいけない本をベットから探り当たられたような、そんなちょっといけない事をしてしまった瞬間を見られたような。
だけどおかしくない?
何も悪い事はしていないよ。どちらかと言えばだれにも迷惑を掛けずに楽しめるし、なんかテンション上がるし、堂々とするべきじゃないかな。
「ななななんでアイラがここに?」
心では堂々と言おうと決めた直後にろれつが回らない僕。こんな脆弱メンタルだからなれないのかな? サイ〇人に………。
「忘れ物を取りに来たら大きな声がきこえたから……。でも、それって小さい頃に一度やってたよね? なんか懐かしいね♪」
「そ、そうかな?」
あんまり覚えて欲しくはないと思ってしまうけど、元ネタを知らないアイラにとっては大道芸をやっている夫位の目線なのかもしれない。やっぱり僕の天使は、今日も天使です。
「ローグ……、あなた
「こここここっちでもって!? もしかして……」
前の世界でも、「もしかして今なら……」と何度か試したことがある。ただ、その時は誰もいないのをしっかりと確認したのに。………まさかどこかで見られていたっ?
「よくロクの家でお酒飲むとやっていたわよ。ドラゴンボ────」
「すいませんでしたっ!!!!」
元ネタを知っている恋人の視線が痛いです。
そして、なんで堂々とできないかなぁ……僕。
「ねぇメアリーさん? そのドラゴン何とかってなぁに??」
「そうね、これから料理教室だし行きながら教えてあげるわ。私はローグみたいに詳しくはないけれど」
僕に背を向けた二人に、僕は震える手を伸ばす。
だが、知って欲しい反面、知ってほしくない。そんな心がせめぎ合い、僕はその場から二人を見送るしかできなかった……。
その日の夜───。
「ローグ、痛いの? 大丈夫?」
「痛いって……なにが?」
「だってメアリーさんが《ローグは中二病って言う病気だから》って。それにその病気になるとみんな痛いんだよね? 今はどう? 大丈夫?」
あぁ、痛い。心が痛いです。天使さん……。
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