心と心のぶつかり合い?


 「ローグ!? そんなに深くは斬れてないはずよ!?」


 四つん這いになる僕へと慌てた様子で駆け寄るリーザさん。だけど、そんな事はどうでもいい。


 「僕の髪の毛が……」

 「えっ!? 髪の毛がどうしたの?」

 「斬れました。見事に、斬れました……」

 「そうね?」

 「もう僕には……」


 髪は伸びる。

 ではなぜ禿げるのか?

 禿げる日は?

 一度斬った髪の毛が生えてくる保証がどこにある?

 前の世界でも、禿げは治すのではなくごまかす以外に手段が無かったというのに。


 「リーザさん……」

 「どうしたの?」

 「僕はいま……どのくらい禿げたんですか?」


 顔が上げられない。

 もしも、もしも、「つるんつるんよ?」なんて言われたら僕はどうしたらいい?


 「てっぺんだけないわね」


 瞬間、僕は頭に手を置く。

 なぜこんな斬れ方になったのか、剣筋も現実も見られない僕には分からないけど、手から伝わって来る感触を頼りに言えば、河童さんだ。


 つるりん。つるっパゲ。ツルルーン。キュッキュッ。


 触れば触るほど、手に伝わる滑らかさと共に音を奏でる僕の頭頂部。


 「リーザさん……、なんで綺麗に剃れてるんですか…」

 「わざとじゃないのよ? 当てないようにするのに力みすぎちゃって……」


 僕の頭に、鳴りやまぬアイラの《禿げ無理》コールが続いている。まるで呪いの様に。


 「これじゃ……結婚どころじゃ……」

 「ローグ、安心して」


 屈んでいたリーザさんがその場で立ち上がる。

 一体何が分かったのか。僕の未来を剃り落とした張本人であるリーザさんを見上げる。


 「私が責任をとって結婚するわっ!!」


 …………。


 「……誰と?」


 率直な感想を言うと、何を言ってるんだこの人は? だ。

 禿げてアイラに嫌われるとしても、責任で結婚ってどういう解釈から来たのかな? 愛あっての結婚だよね?


 リーザさんが僕の手を掴むと、潤んだ瞳を近づけてくる。


 「私は禿げても気にしないし、死ぬまで支えてあげるから」

 「遠慮しておきます」


 咄嗟に口が開いてしまったけど、これが愛の形に見えますか?

 僕の言葉を聞いて、なぜか微笑みを浮かべる。


 「ローグ、怖がらないでっ! 禿げはそんなに悪くないわ!」

 

 僕を見るリーザさんの目が、なぜか血走っている。

 その目を見るなり、僕の体を走り抜ける悪寒。僕は咄嗟にリーザさんの手を振りほどき、後ろに身を投げる。


 「安心して、私は裏切らないっ!」


 後ろに飛び退いたはずなのに、距離が離れない。僕は本気で逃げたはずなのに。


 「───本気で言ってるんですかっ!?」


 もう一度後ろに飛び退く。


 「当り前じゃない。恥をかかせてしまったんだものっ!」


 今度は僕の耳元に声が届く。


 恐怖で僕の心臓はスピードを上げていく。

 自分よりも強い相手から逃げるにはどうしたらいいのか。もしも、捕まったりしたら……。


 そんな恐怖心から握っていた刀を横なぎに振るうが、目と鼻の先にいるリーザさんは僕の手首を掴み取る。相手は僕よりも速いのだ。僕の攻撃なんて本気を出せば掠りさえしないかもしれない。


 それとは別に、僕がカッパさんになってからどうにも違和感が拭えない。


 「怖がらないで……。私なら一生ローグを愛すると誓うわ」

 「………リーザさん、もしかしてわざと僕を禿げさせたんですか?」

 「………えっ、そそそそんなことななないわよっ!?」

 

 目が躍っている。いくら動いても涼しい顔をしていた表情は、いまや冷や汗まみれ。


 普通に考えればおかしいですよね。なんで実質世界で二番目に強いなんて言われている人が、僕ごときの動きで間違って髪の毛斬るのか。


 「リーザさん……、アイラがグールに言ったことを利用した訳ですね?」


 この野獣、グールが禿げてることを理由にアイラに振られたのを利用して、僕とアイラを引き裂くつもりでいたらしい。メアリーの護衛だから僕が二人と交際している事は知っていてもおかしくはないし、二人まで結婚できることを知っているとメアリーが言っていた。


 「そんな事の為だけに、僕を禿げにしたんですか…………」


 これでアイラと結婚できなかったとしたら、僕は野獣を許すことは無いだろう。二度の人生で出会った二人の女性。愛しいと思える人と引き裂かれる(禿げたせいで)苦痛。それをこの人はいともたやすく行動に移したのだ。許せるわけがない。


 「そんなことじゃないわっ!!!」


 いきなり大声を上げたかと思うと、顔を俯かせて手に持った剣をぎゅっと力強く握りしめる野獣がそこにいた。


 「ローグには分からないのよっ! みんな私を剣聖剣聖って!! 誰も女性として見てくれないっ!! 私だってもっと甘えたいのっ! もっとイチャイチャしたいのっ! 求められたいのぉーーーーーーーっ!!!!」


 会場に今日一番の大声が響き渡り、誰もが静まり返る。

 これはリーザさんの心の叫びなのだろう。


 確かに女性として産まれたなら、本能的に男性を求めることもあるだろう。けれど、心の叫びだからこそ、僕は心を鬼にして事実を教えてあげなければいけないと思う。


 「とりあえず条件を緩和した方がいいと思います……よ?」


 言いたいことはそれだけじゃないけれど、とりあえずは一番難関だろう場所を指摘しておく。


 本音を言えば、自分からグイグイと来るリーザさん。その光景はメアリーに男漁りと言われるほどのもの。さらに序列二位。実質、世界最強一歩手前のリーザさんに5分以上戦える男性がどこにいるのだろうか。これじゃあ傍から見たらビッチのドSとしか映らない。特にさっきの血走った目を見てしまえば……。


 「だってローグは首輪つけられてもいいんでしょっ! 全裸で────」

 「それ以上はダメーーーーーーーーっ!! 言っちゃダメーーーーーっ!!!!」


 急に訪れた僕の精神の死に際。

 僕は必死で声を荒げて阻止するが、リーザさんは下唇を噛み締めて僕をキッと睨む。


 「私には首輪させてくれないのっ!? むしろしてもいいのよ!?」

 「何言っちゃってるんですか!? っていうかそれ以上言わないでくださいっ!!」

 「いいじゃないっ! ちょっとくらい散歩させてくれてもっ!!」

 「いいわけないでしょっ!!」

 「なんでっ! やっぱり私が剣聖だから!?」

 「これ剣聖関係あります!? 完全に性癖の問題ですよね!?」

 「みんなしてるじゃないっ!」

 「周りの人間みんな変態ですかっ!?」

 「普通よっ!」

 「その普通を僕に押し付けないでくださいっ!」


 ピ―チク、パ―チク。


 そんな不毛な言い争いが続き、僕が気付いた頃には観客席に残っていたのはアイラとメアリー。そして、頭を抱えたギルバートさんだけだった。


 そして僕は思う。

 この人、野獣じゃなくて、ただの変態だと。




───その日の夜───


 「ローグ、ちょっといいかしら?」

 「わぁ……いつぶりだろ?」


 一日の疲れをとる為に湯船に体を漬けていた僕の元へ、なぜか全裸のアイラさんとメアリーさんが扉を開けてきました。


 先に言っておきます。もちろん僕も全裸だし、集落のお風呂みたいに五右衛門風呂みたいな縦長のお風呂じゃなくて目の世界みたいに足を伸ばせるお風呂。入浴剤代わりにいくつかのハーブを入れているとはいえ、お湯は透き通っています。湯気? もちろん窓も開けて入ってるから湯気など無いに等しい。


 つまり、丸見えです。もろです。もろティンです。


 「ちょっちょっと!? どうしたのさ!?」


 大事な部分を両手で可能な限り隠し、前かがみになった僕を見下ろす二人の表情は………、なぜそんなに不思議そうな顔を浮かべているのか?


 「ねぇローグ、その髪の毛どうしたの??」

 「そう……ね、この世界に染め材なんて無かったと思ったのだけど……」


 言われて僕は水面に視線を落とす。

 今日の大会で河童になった僕の頭ではあるけれど、本当は何も無ければ見たくもないけれど、あまりに二人が不思議そうに見てくると気になってくる訳で……。


 一応は頭を丸めて坊主にはしたんです。それでも、禿げと坊主は違うんです。チクチクとキュッキュッだから。


 「おぉ………」


 思わず声が漏れちゃいました。

 坊主にした部分、チクチクとした部分がまだらに金色に染まっているじゃあーりませんか。


 思えば、前の世界では学生時代も髪を染めれば校則違反。社会に出て工場に就職した僕だけど、会社規定では決まってないものの、暗黙のルールで染めれば来客時の印象を著しく下げたと減給をされる会社にいた。僕としては、初めて黒髪以外の髪色になったのです。


 これはもしや……。そう思わずにいられないのですっ!




 

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