弟子の仇は師匠が……?


 《えぇっと……グール選手、戦意損失のため、今年の優勝者はローグ選手に決まりました……》


 観客からは同情の声が誠密かに囁かれ、男性陣は素知らぬふりで自分の毛根をマッサージしている中、僕の優勝が決まった。かという僕も、今後は朝起きたら枕元に落ちている髪の毛の本数を数える日々が始まる。


 男達に不安を刻み込んだ決勝は終わり、エキシビションマッチが始まる。


 気持ちを切り替えなくてはいけない。目の前にいる女性は僕を精神的に追い詰めるネタを握りしめ、尚且つ剣聖とまで呼ばれる女性。

 そして、僕の役割は観客を沸かせること。なんといっても集客の為に対峙する羽目になったのだから、簡単に負ける訳にはいかない。


 髪の毛に気を取られてばかりでは、一瞬でほふられてしまう。そんな決意を胸に、僕は目の前に佇むリーザさんを見据える。


 「今日は罰ゲームなしでいいんですよね?」

 「どうしようかなぁ~♪」

 「お願いですから。これ以上変な噂はいらないですから」


 相も変わらず、僕が言い終えた瞬間には見失う。


 「じゃあ、今日こそ本気出してくれる?」


 試合開始の合図を待たず振り下ろされた剣をクロスした刀で受け止め。目と鼻の距離にいるリーザさんの目を真っすぐに見据え、僕は覚悟を決める。


 「借金が無くなる為ならっ!」


 リーザさんが目をまん丸く見開いたかと思うと、パチクリと何度も瞬きをする。だがしかし、そんなことは気にしていられない。ここで踏ん張らなければ一割が待っている。これを取りこぼせば結婚が遠くなるんだ。そんな事を認められるわけがないじゃないか。


 本当の全力。

 僕は地面を蹴って身体全体をバネの様にしてリーザさんの剣を弾き飛ばす。


 「体が浮いてはダメじゃない?」


 一瞬の出来事だったはず。それにも関わらず鋭くなった視線を背後から感じ、腹筋と背筋を使って体を半回転させて振り下ろそうとしていたリーザさんの腕を踵で跳ね上げる。


 「毎回後ろからなんで流石に慣れましたっ!」


 そのまま、今度は横に体を捻って回し蹴りを放てば、リーザさんが体ごと後ろへと体を飛ばして僕の攻撃を避ける。距離が空いた隙に地面へと着地して、すぐに態勢を立て直す。


 とにかくリーザさんは動くのが速すぎる。一瞬でも目を離せばどこから来るか分からない。


 「そんなに熱い視線を向けられのは何年ぶりかしら……。ちょっとたぎっちゃうかも?」

 「たぎらなくていいですっ!!」


 照れたようにはにかむリーザさんは、その表情とは逆に両腕を開きながらも体から黒いオーラを溢れさせる。


 瞬間、僕の真横から声が聞こえてくる。


 「ほんとよ? だってみんな私を前にすると逃げるか跪くんだもの」


 またか。

 そう思いながらも、視界に収めたリーザさんが今まさに振ろうとしている剣、その剣の腹の両側には拳大の黒い花が物凄い速さで回転していた。


 「弟子が見せてあげられなかったから、これは私からのプレゼント♪」


 口元を上げたリーザさんに、背筋が凍る。


 今までには見たことの無い動き。姿勢を低くしながらも地面を撫でる二本の剣。剣先が回転する黒い花に共鳴でもしているかのように、カタカタと震えている。


 「ローグッ!!! すぐに逃げなさいっ!!!」


 観客席から響いた大きな声はメアリーのもの。その声は今までに聞いたこと無い程に大きな声。そして、メアリーの声を追う様に、今度は目の前から聞こえてくる小さな声。


 「────双剣術、双天華流そうてんかりゅう


 メアリーの声に従ってすぐに僕は後ろへと飛び退くと、リーザさんの声に反応したのか、回転していた黒い花が弾ける様に散り、刹那の間に僕の目の前の空間がずれる。


 そして、飛び退いたはずの僕の胸元には奇麗なバツ印と、そこから鮮血が飛び散る。


 「あら、もう少しいけると思たのだけど……。メアリーったら心配性ねぇ」


 胸元に走る熱と痛みに驚くよりも、気配すら感じられなかった剣筋よりも、目の前を流れる大量の髪の毛に目を見開く。


 「あ……」


 思わず声が漏れる。

 僕の髪の毛が……。


 瞬間、僕の頭の中には走馬灯のように流れるアイラとの思い出。

 そして、最後には《禿げ無理ーーーっ!》と去って行くアイラの背中。


 僕の体にはもう、力が入らなかった……。


 





─────お知らせ。


 いつも読んで頂き、ありがとうございます。

 投稿して初めて「順位が上がりました」と表示され、頭がフリーズしたのが先週の出来事です。《500位前後をウロチョロしています》


 日頃から♡で応援して下さる方々、また星で評価を下さった方々には重ねてお礼申し上げます。

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