勝敗は一瞬ですっ


 グールのパフォーマンスの様な一言は、満員御礼の闘技場に響き渡る。

 色恋沙汰は何処でも人気の様で、一斉に黄色い声援が上がる。


 けれどリーザさんと戦った時と同じで、僕の応援と言うよりは囚われた姫を助けるようなシュチュエーションだと勘違いしてるようで、グールの応援団と化した観客達は賑わいを深めていく。僕にとって完全なるアウェーの出来上がりです。


 それにしても、僕に向けられている真っ黒な剣。僕が知っているより細い剣だけど、リーザさんの言葉の意味が分かった気がした。


 「よく剣聖に弟子入りできたね」

 「それに関しては私も良く分からないのですが、ローグさんに勝ちたいと言ったら弟子にして頂けました」


 何を考えているのか。リーザさんには後で聞くとして、今は目の前のグールに集中しなきゃいけないのだろう。


 僕は刀を抜いて脱力する。自然と漏れ出る金色の光はまるでお風呂から水が溢れていくように僕の体を包み込んでいく。


 「ローグさん、ここで宣言してください。私に負けたらアイラさんに付き纏わないと」


 真剣な眼差しを崩さないまま、グールが僕に問いかけている。

 何を言っているのか。付き纏ってるのはグールじゃないか。


 「グール、先に言っておくけれど、アイラの気持ちは君には向いていないよ? それでも僕からアイラを奪う気でいるのかな?」

 「ローグさん……、現実を見てください。アイラさんはあの時、僕に唇を預けてきたんです。貴方じゃない」


 話が通じないというのも久しぶりな気がする。


 《見逃せない一戦っ! それでは始めてくださいっ!!》


 響き渡った声と同時にグールが剣を構えると、真っ赤なオーラが体を包み込む。


 火の精霊の加護……。だと分かったところで………なんだけど。

 どちらかと言えばその量に驚かされる。


 「グール……、悪い事は言わないからやめた方がいいんじゃないかな?」


 同情と取られてしまうかもしれない。けれど、グールを包んだオーラはまるで水の膜が体を包む様に、薄く、淡い色だった。スピリットパスの量で優劣が決まる世界で、料理人だったグールが僕に敵う道理はないと思う。


 「この予選、みんなローグさんと同じように私に言いました。そして私は今ここに立っています。何故だか分かりますか?」

 「いや、ごめん、分からない」


 僕がグールの立場だったら、そう考えてみる。

 けれど、まず僕なら愛されているだとか勘違いしないし。だってそこまで自分に自惚れたことなんて無いし、イケメンでもない。


 だからアイラやメアリーみたいな高嶺の華が僕を選んでくれたことだって、奇跡以外の何物でもない。僕はただ、想ってくれる二人に恥じない為にできることをするだけだし。


 僕を睨みつけるグールが口の端を上げ、白い歯がキラリと光る。すると、ぐるりと辺りを見渡したグールの視線がある一点で止まる。


 「アイラさんッ! 貴方への愛があるから私はここに立っているのですっ!!」


 観客の声が止むほど大きな声を張り上げたグール。

 まさか……と思い、僕はグールの視線を追うと、そこには急いできたのかエプロン姿のアイラとメアリーが立っている。


 キョロキョロと辺りをせわしなく辺りを見渡しているアイラに、隣にいるメアリーがポンッと肩に手を置く。


 「えっ、えっ、私っ!?」

 「この際ハッキリ言っちゃいなさい。ああいう男はストーカーになるタイプよ?」


 そんな会話が聞こえてきそうな二人のやり取りに、僕は頭を抱える。


 アイラににこやかな笑みを向け続け、何かを待っている様なグール。


 そして、その時はやってきた。


 「ごめんなさーーいっ! 私はローグが好きなんですっ!」


 静まり返った闘技場に響き渡ったアイラの声に一瞬たじろいだグールだったが、すぐにハッとしたような表情を浮かべ、キリリとした笑顔を再びアイラへと向ける。


 「貴方がローグさんに何を言われたかは知りませんが、私はあなたを守るために強くなったんですっ! 何があっても私が守りますっ!! だから一歩踏み出してくださいっ! 私があなたを守りますっ!!」


 ちょっと。と思います。

 グールの中で僕はどんな存在になっているのだろうか?

 どちらかと言えば、メアリーに首輪をつけられてアイラにくいッ、くいッだよ?

 愛はあるけど、たまには間違った方向に連れて行かれる僕だよ?

 なんで僕が女性を恐怖で縛り付けて奴隷の様に扱っている雰囲気にしてるの?

 知名度上げるために出場したけど、こういう知名度はいらないからね?


 おこですよ?


 「貴方っ! アイラさんが迷惑してるでしょっ! 二度と顔を見せないでくれないかしらっ!」


 アイラはグールの声に行動に肩を竦めたらしく、メアリーがアイラを支えながら代わりに声を張り上げる。


 「クルスさんには聞いていないっ! 私はアイラさんに聞いているんだっ!!」


 グールのしつこい態度に、僕は気付けば拳を握りしめていた。話を聞かないにしても限度と言うものがある。


 我慢の限界だ。


 そう思って、僕が地面を蹴ろうとしたその瞬間───。


 「絶対に無理です気持ち悪いです禿げ無理ですーーーーーーーーー!!!!!!」


 目をぎゅっと瞑ったアイラが、決壊したダムの様に感情を露にしながら叫んだ。


 グールは黒目を大きく揺らしていた。そして、崩れ落ちるかのように膝を地面へと落とし、頭を両手て抱える。


 「は、禿げが……禿げがだめなのか………」


 言葉を漏らすグール。


 そして、僕は心に誓う。


 ───毛生え薬、探しておかなきゃ………。


 

 

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