覚悟を決めてください


 《条件を満たした新人冒険者ローグ・ミストリア VS 剣聖レイン エキシビションマッチは決勝戦後っ!  協賛 クレイグ商会・クルス商会》


 武装大会当日、闘技場に足を運んだ僕を出迎えてくれた横断幕。

 僕はゆるりと隣に視線を向ける。


 「クレイグさん、これは?」

 「宣伝ですよっ。いや~私も噂を聞いて運営に問い合わせた時は驚きましたよっ! まさかこれほどまでに私達にプラスな話が来るとは想像していませんでしたからねぇ」


 興奮冷めやまぬクレイグさんの鼻息は、フンッと音が聞こえてきそう。

 当初の目的としては僕の知名度を売るのがきっかけではあったけど、どうにも釈然としないのは僕だけみたいだ。


 更に言えば、僕はシード権を獲得できた。それも決勝戦までのシード権。だから今日戦うのは決勝とエキシビジョンマッチの二戦だけになる。


 もちろん、ここまで話が膨らんだこともあってアイラとメアリーにも武装大会に出場することがバレるし、気付いたら資金提供しているし。今ここにいないのはアイラの料理教室があるからで、それが終わったらこちらに来るらしい。


 それでも僕の行動が《冒険者として知名度を上げて顧客を獲得すること》というだけで、理解が得られたのは不幸中の幸いだ。もしもプロポーズ用に資金を作る為、なんてことがバレたら僕の楽しみが減ってしまう。


 クレイグさんはルンルンと、僕は現在進行形で気が重くなっている足で闘技場の中へと進んでいく。


 入り口を超えれば一際大きなカウンターに受付の人が五人。その後ろにカウンターよりも大きな掲示板に記載されている予定を確認しておく。


 「僕の出番は……まあ、そうですよね」

 「決勝戦ですからね。例年通りなら日が沈み始めた頃に始まると思いますよ」


 今はまだ日が昇り始めたばかりだというに。

 初めての出場だから要領の分かっているクレイグさんに合わせて来たけれど、少し失敗だったかもしれない。


 それからギルバートさんに挨拶しに行くと言うクレイグさんと別れ、僕はまたティーグの市内をブラブラと………するのも億劫で、近くのベンチで寝転がる。


 やる気がない訳じゃなくて、勝ち抜き戦であるにも関わらず出場試合が固定されてしまった僕は、他の試合をあまり見たくない。こんな奴もいるのかって感動が無くなってしまいそうで。


 だから、僕はそのまま静かに目を閉じる事にした。


 しばらく寝ていたのだろう。

 肌寒さを感じて僕はもじっと動く。


 やはり外の昼寝は気持ちがいい。肌寒いからと言って起きたいかと言われたら答えはノーだ。


 ……そう思っていたのも束の間。

 寝返りを打った瞬間、固いはずのベンチで寝ていたにも関わらず、動かした頭からはぷにっとした感触が伝わって来る。


 そして、僕は今までの人生を振り返る。

 唐突な予想外の先に、自分にとって好転するような出来事があっただろうか?


 答えは、ノーだ。


 寝ぼけた頭に喝を入れ、その場から全力で飛び退く───はずが、体を動かした瞬間に上からガシッ、ぷにっ、ぽよよーん。


 僕の頭は猛獣に出会った時の様に冴え渡る。


 この感触は人の温もり。


 ぽよよーんであればアイラかも知れないけど、その場合、ガシッというのはよく分からない。メアリーだとすればぽよよーんはない。せめてぷににーんだ。


 「いきなり動いちゃうと危ないわよ?」


 もしや……と思い、視線を動かしてみると、僕の視界を埋める二つの果実。僕の予想は間違っていなかったらしい。


 「リーザさん、こんな所で油を売ってていんですか?」

 「あら、せっかくゆっくり休める様に膝枕までしてあげたのに……。メアリーがつれない人って言ってた意味が分かっちゃったわ」


 後頭部に感じる柔らかな感触よりも、目の前にある二つの果実に鼻先が当たらない様、慎重に頭を抜き取る。昼ドラ事故はダメっ、絶対。


 「あら、残念」

 「何を言ってるんですか……」


 空は赤焼けていて、僕はパンッと自分の頬を叩いてから闘技場の中へと向かう。それを追いかけてきたリーザさんが、僕の隣を歩きながら顔を覗き込んでくる。


 「今日の意気込みは?」

 「やるだけはやります。それに、前より少しは強くなったとは思うんですよ。やってみないと分からないんですけど」

 「ふふふ、決勝はそれだと大変かもしれないわね」

 「……え? どういうことですか?」

 

 リーザさんは笑みを浮かべるだけで、そのまま立ち止まった僕を置いて闘技場へと消えて行った。


 「……なんだったんだろ。今の言い方」


 この時は単純に強さや経験からくる一言なんだって僕は思っていたけど、決勝戦が始まると同時に、リーザさんの言っていた意味を知ることになった。



 「それでは両者っ! 入場してくださいっ!」


 何かの魔法でも使っているのだろうか、ただ声を上げているだなのに闘技場の中に響き渡る声に従って、僕は石畳の上に足を進める。


 《まずはシード権を勝ち取ったローグ・ミストリア選手っ! 予選に出ていない彼の戦いとはどんなものなのかっ! 楽しみですっ!》


 まるで見世物にされている様な……って、見世物か。

 観客席は満席では足らずに、僕の立っている場所からでは何が何だか分からない程に人が詰め込まれている。


 《さぁッ! そんなローグ選手に挑むのは予選最下位から始め、本日はすでに十二戦を戦い抜いてきた最弱の強者っ! グール・コーランド選手っ!》


 「………グール?」


 僕とは反対側から入場して来た人影を見て、開いた口が塞がらなくなる。

 淡いピンクの袴に水色の羽織。禿頭の頭には真っ白な鉢巻が良く似合う。


 僕の前まで歩いてきたグールは、研ぎ澄まされた目で僕を視界に納めて口を開く。


 「ローグさん、お久しぶりです」

 「なんでグールが武装大会に……」

 「覚えていますか? ローグさんに言われた時、僕はあなたが怖かった……。そして気付いてしまったのです。私では愛した人さえ守れないと……」


 ちょっと言っている意味が分からない。

 多分、彼と最後に話したことを言っているのだろうけど、僕が怖かったと言うのもいまいち分からないし、根本的にアイラがグールに対して好きだとか言ってる訳でもない。


 完全なる妄想の中で生きているグールは持っていた二本の真っ黒な剣の内、一本を僕に突きつけて声を大にする。


 「だから私は決めたのですっ! 貴方よりも強くなってアイラさんを守るとっ!」


 

 





 

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