貧乏はいつでも傍にいる


 「では、この玉に手を乗せてスピリットパスを使ってください」

 「分かりました」


 受付の女性に言われるまま、僕は頭サイズの玉に手を乗せ、普段から塞き止めているスピリットパスという蛇口を開ける。


 「───金色っ!?」

 

 目の前の女性から発せられた大きな声に思わず顔がそちらへと向く。

 転生者だけが持つらしい僕のスピリットパスが余程珍しいのだろうね。


 「やっぱり珍しいんですか? この色」

 

 カウンター越しに体を前のめりにした女性の目がキラキラと輝き始める。


 「珍しいですよっ。そもそもスピリットパスは、どの属性の精霊からの加護と寵愛を受けている、という説が有力です。赤く光るなら火の精霊であるウェスタ様の、青く光るなら水の精霊であるオンディーヌ様の寵愛を受けて産まれてくるんですっ」

 「は、はぁ……」


 僕は気持ちと同様に一歩下がってしまう。玉に手を乗せているからそれ以上は離れられないけれど。


 この世界では精霊信仰が普通だと集落にいる時に呼んだ本で知ってはいたけど、目の前の女性は信仰深い人なのかもしれない。


 とはいえ、だ。

 実際に精霊を見たことがある訳でもないし、今まで関りを持った人達もそこまで精霊がどうのこうのと言わなかっただけあって、僕にはその自覚がまるでない。


 「そして金色のスピリットパスは光の精霊であるオシリス様の加護を受けているとされていますっ。ただ、オシリス様の加護を受けられる人は本当にごくわずかで、実際に目にしたのは私も初めてなんですっ」


 まあ、光の精霊うんぬんはともかくとして、予想通り珍しいという事だよね?


 それにしても、オンディーヌならまだ分るんだけど、オシリスもウェスタも精霊じゃなくて神様じゃなかったけ? よくアニメなんかでも出て来たから知っているだけで、ちゃんと調べた訳じゃないんだけど……。


 ─────ビシッ。


 「ビシ?」


 ─────パンッ。


 「「パン?」」


 突如聞こえてきた小さな音に、僕と受付の女性の視線が僕の手元に吸い寄せられる。


「「あっ………」」


 漏れ出た声は同じ。

 僕が手を乗せいていた玉が粉々に。まるで砂のようになった元玉は、風でも吹けばどこかに飛んで行ってしまいそうだ。


 だけど、浮かび上がってきた感情には天と地ほどの差があると思う。


 「ここここれって弁償とかですかっ?」

 「えええええええっと、すぐに確認してきますっ」


 お金を稼ぐために出場者登録をしに来て弁償。

 そんな最悪の展開が頭をよぎるけれど、僕は負けない。こんなことで負けてたら、結婚式ががががががが。



 しばらくして、急ぎ早に戻ってきた受付の女性に呼ばれ、闘技場の中をひたすらに重い気持ちを抱えて歩いている。


 「ローグ様、この部屋でお持ちです」


 いつの間にか目的の場所ま辿り着いていたようだ。

 受付の女性が一つの大きな扉を前に僕へと向きなおっている。


 今の気分を言葉にするなら、取り調べを受ける前の受刑者の様な気分と言えばいいのだろうか。なったことがないから分からないけど。


 「失礼します」


 扉を開けて中に入る。


 「君がローグ君でいいのかな?」

 

 刺繍の入った真っ赤な絨毯の先にある、一つの重厚なデスクの先からこちらを見定める様な視線を送る白髪の男性。健康的な小麦色の肌と傍目に見ても分かるしっかりとした体つきをしているのが分かる。


 そして、その隣には………。


 「ローグっ、久しぶりねっ♪」


 立ったままこちらへと胸の前まで上げた手をフリフリと。更にニコニコと笑顔を浮かべてこちらを見てくるリーザさんは、この間の様な私服姿ではなくていつも通りの戦乙女風の格好に身を包んでいる。


 「あれ? リーザさんがなんでここに?」

 「一応はこれでも騎士団なの。武装大会に向けて警備とかは毎年騎士団から人員の補充を行ってるのよ。今日はそれの打ち合わせを兼ねて来ていたけれど……ローグに会えるとは思っていなかったわ♪」


 確かに最近はリーザさんを見かける機会は殆どなかったけれど、それも武装大会の為だったと思えば納得した。まあ、毎度思うのはメアリーの護衛はどうしたの? と聞きたくなるけれど。


 「二人共仲がいいんだな。それでは知らないのは私だけの様だから自己紹介をさせて貰ってもいいかな?」


 座っていた椅子から立ち上がりながら白髪の男性が服を軽く整える。


 「私はギルバート・フェブル。武装大会、並びに闘技場の運営を任されている者だ。君の様に若ければ剣聖様ともう少し仲良くしたかったのだが、流石に歳には勝てないと痛感させられているよ」

 「何を言ってるんですか、フェブルさんが若くても私の相手は5分も耐えられないじゃない」

 「リーザさんは本当に容赦がないな」


 苦笑いを受かべるギルバートさんにむすぅーと頬を膨らませるリーザさん。


 この会話だけでもそれなりの付き合いがあるのは分かるし、僕からみたら素敵なおじさまと母性溢れる女性でお似合いでは? と思う。

 リーザさんもその人と結婚しちゃえばいいのにと思うけど、他人である僕が口にするのははばかれる。


 とりあえず二人のイチャコラ話という事にして、僕は本題を訪ねる事にする。


 「それで……もしかしてあの玉みたいなのは弁償しないと……だめですか?」


 僕の声にイチャコラ展開を繰り広げていた二人が僕へと視線を戻すと、ニコリと優しい笑みを浮かべた。


 「本来なら故意的なもので無いにしても、一割の負担をお願いしているんだ。もちろん、故意的なら全額負担してもらうけれど、今回に限っては弁償はいらないよ」


 やったーーーっ!


 と言いたいところだけど。


 「………なんで今回に限ってなんですか?」

 「もちろん条件があるけれどね」

 「条件?」

 「ああ。ローグ君には武装大会当日に行われる決勝戦後のイベントとして、エキシビションマッチに参加して欲しい。相手は────」


 視線を僕から外し、リーザさんへと向けるギルバートさん。

 本来は弁償、でもエキシビションマッチをすれば無償。となれば、単純に僕で客寄せをしようとしているのは分かるけど………また、ですかね。


 「その通り。相手は私よ♪」 

 「いやいやっ、客寄せの試合なのは分かりますけど、僕じゃそこまでの価値はないですって!」


 リーザさんに負けて以来、確かに僕は悔しくて修業じみたことを繰り返している。けれど、それでもまだ手が届く未来は想像できない。

 技術云々もだけど、単純に速さ、力強さ。全てが追いついていないのに客寄せの様な試合ができる訳が無い。


 「謙遜も行き過ぎは良くないと思うが……。どちらにしろ、エキシビジョンマッチに参加してくれるなら、ローグ君が本来弁償するはずだった金額はチャラ。もし、酸化してもらえないのであれば、一割ではあるけれど弁償をお願いしたい」


 そういえば、と思う。

 こんな風に呼び出される位なのだから高い物だというのは想像つくけれど、あの玉の値段はいくらなのだろうか?


 「ちなみに、一割っていくらなんですか?」

 「5百万クルスだね」

 「喜んで参加させて頂きますっ!!」


 五年分の借金なんか背負える訳ないじゃんっ。

 選択肢があると思うなっ! 僕!


 




 


 

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