思い出が欲しいならお金を稼げっ!


 ───クレイグ商会、商談室。


 テーブルを挟んで座っている僕はクレイグさんの言葉に全神経を研ぎ澄ませる。


 「ローグさん、全部オーダーメイドで作るとなると……この位にはなりますよ?」


 クレイグさんは指を三本立てるけど、関節の伸びきっていない指はどう見ても雲行きの悪さが態度に出ているのだろうと直感する。


 「一応確認ですけど……三千万クルス……ですよね?」


 三千万クルス。日本円で言えば、三億。

 国民の平均年収が約百万クルスだとしても、普通に働けば三十年はかかる計算。実際には平均年収はもう少し低いから三十年では足りないだろうけれど。


 「えぇ、ローグさんのご希望を全部叶えるとなると、そのくらいは無いと厳しいでしょうね……」


 クレイグさんの言葉で、僕は顔を俯かせて頭をわしゃわしゃと掻く。


 僕とアイラの資産は一緒になっている。

 アズールセレスティアのおかげもあって、今なら三千万クルスなら余裕で払える。けれど、正式なプロポーズをするのにそのお金を使うのは物凄く躊躇われる。


 もちろんアイラとメアリーならそんなこと歯牙にもかけないだろうけど、気持ちを形として残したい僕としては、甘えたくはない。


 「ローグさん、冒険者協会からも干されたんですよね?」

 「そうなんですよぉ……。それも一度も冒険者として働いていない内にですよぉ……」


 漠然とした部分はあったけれど、冒険者の収入で二人に婚約指輪を……と考えていた時期が僕にもありました。

 ちなみに、冒険者としての未来を閉ざされた訳だけど、どのくらいの予算になるのか気になってクレイグさんを訪ねた結果が今の状況だ。


 頭を抱えるしか出来なくなっている自分が、情けないと実感するばかりだけど。


 「実際に結婚する際に着用する正装なんてこの世界にはありませんからねぇ。多少安く済ませるとしても、オーダーメイドというのは避けられないでしょうし……」


 まあ、市販で売っているのであればここまでの高値はつかないだろうけど、桁が二つは減ってくれないと手が出せない。


 アイラやメアリーの力を借りずに稼ぐとして、僕が出来ることは何だろうかと思考を巡らす。


 地道に働く。

 何かしらの店を立ち上げる。

 一応は借金も出来るらしいから借金をする。


 「なんかないですかね………。お金を稼ぐ方法」


 地道に働けば三十年以上。それまで待ってくれというのは流石に無し。


 店を立ち上げるのは出来なくもないだろうけど、僕一人じゃ無理。間違いなくメアリーの耳に入るだろうし、勘のいい彼女なら僕が店を立ち上げた理由までも簡単にバレそうだし。


 借金ならば可能だけど、金額が大きすぎる。この世界の借金のシステムをちゃんと把握していない内は選択肢としては厳しい。それに、結婚するのに借金っていうのは出来れば避けたい。


 「そうですね……。ローグさんの状況ならやはり冒険者……でしょうか?」

 「クレイグさん、それはさっき干されたって言ったばっかじゃないですか……」

 「確かに干されてしまったので難易度は上がると思いますが ” 指名依頼 ” であれば冒険者として稼ぐことも可能です」


 指名依頼、と言われれば大体の予想がつく訳で、それが今の僕に可能かと言われたら無理だろう。


 「指名依頼なんて言うんだから、それなりの知名度なり実績がないと厳しんじゃないですか?」

 「もちろん正攻法はそれですが、ローグさんには私が付いているじゃないですかっ!」


 眼鏡をくいっと指で整え、口元はドヤッとするクレイグさん。

 全身から溢れ出る自信にごくりと唾を飲み込む。


 ただ、ただ一つ。僕は忘れてはいない。


 以前にもクレイグさんが見せたこの表情のせいで、僕はむっちり獣人お姉さんを前にメアリーに捕まった事を。


 たった一回、されど一回。

 僕はクレイグさんのこの表情を見ると不安を感じる様になってしまったみたいだ。


 「……クレイグさん、今度こそ信用して大丈夫……なんですね?」

 「えぇ。何をそこまで警戒してるのかはちょっと分かりませんが、信じてください」

 「一応ですが、結婚するんですから卑猥な手段は無しですよ?」

 「ローグさん、何を勘違いしているんですか。私はエロスの前に商人です。こと知名度と信頼を上げるなら手段は心得ていますよ」


 確かにクレイグ商会はそこらへんのお店よりは頭一つ抜けているのは事実。さすがにクルス商会とは比べる訳にはいかないけれど、そういう話なら信じていいのかもしれない。


 「……分かりました。そうしたらローグさんはここに行って受付を済ませてください」


 クレイグさんが一枚の広告を差し出さす。

 それを受け取った僕はクレイグさんの作戦を看破する。


 「つまり、武装大会に出て実力を証明するってことですか……」

 「そうです。世界中から人が集まるイベントを無駄にする訳には行きません。もちろん、優勝できるならそれに越したことはありませんが、目的は飽く迄もローグさんの知名度を上げる事です。実力のある方とそれなりの勝負が出来れば、それだけでローグさんに指名依頼を持ちかける方も現れるでしょう」


 僕はクレイグさんを誤解していたようだ。

 たった一回の出来事で人を疑うなんて人として恥ずかしい。誰にだって失敗はあるし、あれはめぐり合わせが悪かっただけだ。


 あとは純粋に僕の実力勝負。

 それならば後ろめたい気持ちも無いし、アイラの為に鍛えだした僕の力を試すいい機会かもしれない。リーザさんには届かなかったけど、僕がこの世界で一番自信を誇れるものと言えば狩りと円舞で鍛えた腕だけだから。


 「………分かりました。ではサクッと登録を済ませて来ちゃいます」

 「決心して頂けましたね。安心してください。ローグさんのサポートはこのクレイグがしっかりと努めますからっ」

 「よろしくお願いしますっ」


 僕はクレイグさんにお礼を言い、そのまま武装大会の受付を行っている闘技場へと足を向けることにした。


 



 

 



 



 

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