第5章 準備はいいか? 結婚するよっ

ペットって可愛いですよね?


 「準備はいいかしら?」

 「「うんっ」」


 メアリーの問いかけに僕はリュックサイズのきんちゃく袋を背負いながら応え、アイラは手に畳んだエプロン一つ握り締めている。


 もちろん向かうのは既に見慣れたティーグだけど、アイラの表情はどこか硬い印象を受ける。


 それもそのはず。ついにアイラの料理教室が完成し、アイラは講師、メアリーはアイラの補佐として行く事になっているからだ。


 メアリーさん監修、アイラの料理教室の前まで辿り着いた僕は、その立ち姿にただ

唖然とする。


 「………僕は初めて見たけど……なんかすごいね」


 建屋はまるでカフェそのもの。

 違うのは奥にあるキッチンスペースが広く造られていて、そこで料理教室を行うらしい。


 「そうね。本格的に学びたい人には集客から接客まで、一連の動きを学んでほしいもの」


 アイラの料理教室は三種類のコースに分かれている。

 一つは通常の料理だけをする教室。

 二つ目は接客業の練習や売り場体験をするコース。

 三つ目は料理も接客業も同時に行う、欲張りコース。


 「それに限定20食とは言えアイラさんの料理で宣伝効果もあるし、授業料の値下げも兼ねてるの。あとは様子を見て、先がありそうな人をアズールセレスティアに引き抜くだけよ」

 「「おおぉぉぉ………」」


 僕とアイラは声をそろえる。


……って、アイラは当事者なのに知らなかったの?


 意気揚々と料理教室に入って行く二人を笑顔で見送り、僕は一人で別の場所へと向かう。


 僕たちがティーグへと来て、そろそろ一年が経とうとしているなか、アイラもメアリーも着実に新しい道へと進んでいる。


 そして、僕も今日から冒険者活動をわずかながらにも行う予定だ。


 少し前に証明書を発行してもらっているから、今日は簡単な依頼だけ受けて完遂までの流れを体験する。だから、そんなに大変にはならないと思う。もしも早く終わる様なら、アイラの仕事をぶりを眺める位はしていいよね?


 冒険者協会まで辿り着いた僕は、重く分厚い扉を開ける。一歩踏み入れれば男臭さと汗の匂いでむせ返り、思わず顔をしかめたくなる。体を張る仕事なのだから当たり前と言えば当たり前。前の世界でも「汗は男の結晶」なんて言ってたCMがあったもんねっ。


 しかめた顔をすぐに戻し、受付カウンターへと向かう。


 普通なら掲示板から自分にあったランクの依頼を探すらしいんだけど、初回は受付の人と相談しながら依頼を斡旋してもらう仕組みの様で、僕もそれに倣っての行動。

 なんでも索敵が得意なのに討伐関係の依頼がしたくて、低ランクの討伐依頼で命を落とす人などもいるらしい。まずは己を知れって仕組みだね。


 「こんにちは。今日はどんな御用ですか?」

 「今日は冒険者になって初めての仕事なので……。これを」


 僕は証明書を受付の女性に渡すと「拝見させて頂きます」と受け取った女性が、一文字一文字を追う様に目がすらすらと動いているのが分かる。


 「ローグ様………、ん? もしかして登録試験で支部長と戦った方ですか?」

 「ええ、まぁ」

 「それではこちらの依頼を。支部長から預かっていますので」


 僕の目の前にすっと紙を差し出され、僕はそれを手に取って読み進める。


 「支部長から直に預かった依頼です。なんでも彼ならこの位は朝飯前だとおっしゃっていましたが……本当に大丈夫なのでしょうか?」

 「えぇ………と、大丈夫というか……なんというか………」


 僕の手に持った紙には、こう記載されている。


 《近頃、北の森に出没するようになった ” ストームドラゴン ” の討伐、もしくは追い払う事。 ラムウェルド・ティムティン》


 ちょっとラムウェルドさんの名前の方に目が行ってしまうけど……。可愛いというか卑猥と言うか……。少し変わった名前をしてるんだね。前の世界だったらあだ名がティンティンになりそうだもん。


 多分だけど、人型魔物が出た時にアイラを非難させるためにドラちゃんを門の前で待機させたのが問題なんだろうねぇ……。一応は僕が連れ帰ったはずなんだけど。みんな気が動転していたのかもしれない。


 「このストームドラゴン、僕のペットなんですけど……」

 「………え?」

 「だからですね、このドラゴンは僕のペットでして……流石に討伐とかしたくないんですけど。何よりも僕のペット討伐されたくないので、この依頼自体を取り下げてもらう事って出来ないですか?」

 「え? ドラゴンがペット? えっ? 嘘とかではないんですよね?」

 「それならここまで連れて来ましょうか?」


 討伐対象がペットだった事に動揺した女性は「少しお待ちくださいっ」と言って走り去っていく。


 そういえば、この世界のペットって何がメジャーなんだろうね?

 思えば、ティーグを行きかう人が動物の散歩とかしている姿を見たことがない。その事に僕は初めて気付いた。


 そんな僕の元に息を切らした女性が戻って来ると、その後ろから優雅な足取りで達磨さんこと、ランウェルドさんが姿を現わす。


 「この間はお世話になりました」


 僕はとりあえず頭を深く下げておく。


 「ローグさん、話しはそこのスタッフから聞きました。だが………」


 ランウェルドさんがすぅーっと息を吸い込むと、目を釣り上げて殺気を撒き散らす。その殺気のせいなのか、ガヤガヤとしていた室内は一斉に沈黙へと引き込まれた。 


 「───嘘はいけない」

 「いえいえいえ、嘘じゃないですって。本当に僕のペットですから」

 「私を前にしても尚、嘘を吐くとは……。一体メアリー様はこの男の何が良いのか……」


 あからさまに苛立つ顔を浮かべランウェルドさんが大きなため息を吐き出す。しっかりと僕に聞こえる様に言うあたりが憎い。今度からティンティンって呼んでやろう。


 「いいですか? ストームドラゴンは守護獣と言われる反面、災害級の討伐対象ともされているんです。もし発見された個体が成獣なら剣聖様でもかなうかどうかの化物なのですよ?」


 未だ殺気を含んだ視線を向けるティンティン。

 だが、これはツッコミ待ちと受け取ろうじゃないか。


 「そんな依頼をなんで初心者の僕に依頼したんですか?」


 どれだけ恨まれているのか。

 とうよりは、それだけメアリーの事が好きなのかもしれないけど……。グースさんと言いティンティンと言い、この世界って実はまともな人が少ないのではと疑いたくなる。


 ニヤリとしたティンティンが僕へと近付いて来ると、僕の肩に手をポンッと乗せて顔をグイッと近づけてくる。


 「そんなの決まっているだろ? 邪魔以外に理由があると?」


 あー、腐ってますねぇ。グールと違うのは多少なりとも権力持ってるから面倒なところですかねぇ。


 だからと言って暴力で解決するのは無し。っていうか暴力じゃ解決出来ない事の方が多いし、メアリーやアイラまで飛び火なんかしたら嫌だ。


 「とりあえず、ティンティンさんが僕の事を嫌いだと言うことだけはよぉく分かりました。だけど、ドラちゃんの討伐依頼だけは取り下げて貰わないといけないんで……」


 僕は大きく息を吸い込む。


 「ドラちゃーーーーーんっ!」


 僕がいきなり大声を上げたせいで、室内にいる人たち全員が僕に視線を向ける。その目線もほんの数秒の事で………。


 「はははっ、嘘をついた挙句に苦し紛れの演技ですか? これだから田舎者のプライドというのは見苦しい」


 そんなティンティンの一言で、周りの人達もプッと声を漏らし始める。


 「プライドなんて持ってないです」


 僕はプライドなんていらない。そんなもので大事なモノまで失いたくないもん。

 そう思って口にしたけど、一瞬だけ目を見開いたティンティンが今度は大きく口を開いて腹を抱える。


 「プライドが無い!? 誇れるものがない男など男じゃないだろ!?」

 「僕は男の前に一人の人間だよ」


 もう僕の声が耳に届いていないのか、紳士ぶっていた口調も崩れて腹を抱えて笑っている。


 「キュアァァァ………」


 微かに聞こえてきた声に安堵して、僕はもう一度大きく息を吸う。


 「ドラちゃーーーんっ!」


 もう一度声を出したのが面白かったのか、ティンティンは既に過呼吸気味で、小声で「もぉ…やめてくれ……ヒヒヒ」と床に手を着く始末。


 その瞬間、ドンッと大きな音と振動でティンティンの体が勝手に飛び跳ねる。


 突然襲った大きな振動に警戒心を露にしたティンティンは即座に紳士モードへと移行して、周りを見渡しながら支持を飛ばす


 「戦闘に自信がない者は地下へ避難をっ! 自信がある者だけ私についてきなさいっ! まずは現状の把握をしますっ!」


 声を張り上げながら自分の拳にメリケンサックを手にはめたティンティンは、そのまま入り口へと向かって僕の横を通り過ぎる。


 「さっさと消えてください。目障りです」


 KYTしっかりしてるなぁって一瞬でも感心した僕の想いを返してください。


 ティンティンが扉のノブに手を伸ばし、警戒心を最大限まで上げるのが背中越しに伝わってくる。


 「───キュアァァァァッ!」

 「ブフォオーーーッ!」


 僕の横を扉と一緒に飛んで行ったティンティンが壁を通り抜けて視界から消えるのを見て、扉に首を突っ込んで僕へと近付いて来る愛らしい生き物の鼻を手で撫でる。


 「急に呼び出してごめんね」

 「キュアァァァァアッ!」


周りにいた人たちが一斉にドラちゃんから離れてカタカタと震えているのが分かるけど、これで分かってくれただろうか?


 そんな事情など知らないといったドラちゃんはご機嫌はMaxの様で、舌を伸ばして僕をペロペロとしてくる。ちょっとザラザラで痛いよ?


 とりあえず僕はさっきの受付の女性へと向きなおる。


 「これで僕のペットだって事は証明できましたよね?」


 僕の声に口をポカーンと開けたままコクコクと縦に振っている。


 「じゃあ討伐依頼は取り下げてくださいね?」


 その問いかけにも首をコクコクと。

 

 それを見て、僕はドラちゃんと一緒に冒険者協会を後にして空へと飛び立つ。

 予定も大幅に狂ったから……たまには散歩もいいよね?




◇◇◇◇おまけ◇◇◇◇



 ~その日の夜~


 「………それで冒険者の仕事を干されたのね?」

 「えぇっと………まぁそんな感じです。ハイ」

 「メアリーさん、とりあえず生活はなんとかなるし、そんなに焦らなくても……」

 「アイラさん。そうやって男は堕落していくのよ? まあ、今回は私が原因みたいな所があるからしょうがないのだけれど、他の方法もあったはずよ」


 

 もちろん僕は床に正座。

 それをメアリーとアイラに見下ろされています。ハイ。


 「後学のためにその方法を教えてください。ハイ」

 「そんなの簡単よ。あの達磨を殺しちゃえばよかったのよ」

 「メ、メアリーさんっ? ローグに人殺しさせちゃダメだよっ」


 メアリーさんがティンティンの事を嫌いな事だけはよぉく分かりました。ハイ。


 とはいえ、冒険者として一度も仕事をすることなく干された僕は、何も反論する事などできるはずもない訳です。


 そんな僕とメアリーを交互に困ったような視線を向ける僕の天使さん。困ってる顔も可愛いですっ。


 「はぁ……。すぐには思いつかないし今後の課題にしましょう。────それより、この世界のペットがどんなものか知らないって言ってたわよね?」

 「あ、うん。この世界来てからペットって見たこと無いなぁって思ってさ」 

 「それなら私のペットを紹介するわ」


 メアリーが椅子から立ち上がり、二階へと姿を消す。


 「メアリーってペット飼ってたんだね……。アイラは知ってた?」

 「私も今初めて聞いたぁ……。ペットってどんなんなんだろうねぇ? ちょっと楽しみ♪」


 アイラと話しながらも、可愛いものを愛でたい心がうずうずとさせる。それはアイラも一緒の様で、目をキラキラとさせて階段を見ている。


 「お待たせ」


 メアリーが両手を後ろに回し、僕たちの元へと近付いて来る。

 手を後ろに回しているという事は手のひらサイズかな? ハムスターみたいな感じとかだったらヤバイなぁ。一緒に遊びたい……。


 そんな僕の気持ちを吹き飛ばす。それがメアリーさん。


 「はい。これが私のペットよ」


 近付いてきたメアリーさんが僕の後ろへと回り込むと、カチッと音を立てる。


 その光景を見ていたアイラは開いた口を手で隠し、目は見開いて黒目がゆらゆらと揺れている。


 ……ついでに頬を染めているのはなぜかな?


 「……メアリーさん。なんで僕の首に首輪をつけたのか聞いてもいいかな?」

 「あら、だって私のペットはローグだもの。いつもは放し飼いなんだからたまにはいいでしょ?」

 「……どうしたらそうなったのかな?」

 「なによ。この首はローグの為だけに特注で作らせたのよ? 付けた相手のスピリットパスを封じる効果も付いているの」


 お金に物を言わせて技術の悪用をしている方がここにいますっ!


 「だから………どう? アイラさんも飼ってみる?」

 「えぇっと………ごめんね?」


 頬を赤く染めたまま、メアリーの手から首輪に繋がっているチェーンを受け取るアイラさん……。手に持ったチェーンをくいっ、くいっと引っ張る度、僕の首がコクッと動きます。


 僕って………。しくしく。



 


 

 

 

 

 

 


 

 



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