情緒不安定な女性にはご注意を


 絡めた腕は拘束具。

 僕は相変わらずメアリーに引きずられて冒険者協会を後にする。


 辿り着いたのはクレイグさんと共に飲み始めた大衆酒場の様な場所ではなくて、高級料理店のような場所。

 飾られた細工は虹色硬貨と同じで、見る角度によって色が変わり、壁に等間隔に設置させられたキャンドルの光が虹色細工を幻想的に光らせている。


 「メアリー、流石にここは……」


 扉を開けようとしたメアリーに声を掛けた。


 僕の今の格好は、普段狩りに行くときに着ている革で出来た動きやすい服。もちろん、今日は冒険者登録が主な理由なのだから当然といえば当然。


 でも、ガラス越しに見えた店内の様子は煌びやかない着飾った老若男女。メアリーはともかく、僕が今の格好で入るには中々にハードルが高いし、中には気分を害する人も出てくると思う。


 「私は気にしないわ。それに久しぶりのデートをそこら辺のお店で片づけるなんて許せないと思わない?」

 「気持ちは分かるんだけど……流石にこの格好で………ねぇ?」


 僕は自分の体に視線を向け、それを追う様にメアリーが僕の体を足元から髪の毛先まで舐めるように見る。


 「…………そうね、少しだけ待ってもらってもいいかしら」

 「? 待つのは構わないけど………」


 僕に言葉に微笑みで返したメアリーは僕を扉の前に残し、一人で店の中へと消えて行く。


 一体何をする気なのだろうか。


 僕は気になって、店内のお客さんバレない様にひっそりとガラス越しに店内を見渡す。どうやら店の人と話をしているようだけど、店員さんが何度も何度もメアリーに頭を下げている姿が視界に入り、僕は居た堪れなくなる。


 僕はすぐにガラスから視線を外し、大人しく人の行きかう通りに目を向ける事にした。


 メアリーが扉から外へと戻って来る。


 「ローグ、準備できたから入っても構わないわ?」

 「メアリー、流石にお店の人にも迷惑だし、やっぱりこんな格好じゃ悪いよ……」


 店員さんが頭を下げている姿を頭に思い浮かべながら、僕はメアリーに言った。

 

 「あら? ローグは何を勘違いしているのかしら。ここは私の家よ?」

 「………え?」


 なんでもなかったように言うメアリーは、僕の腕を引っ張ると強引に店内へと連れ込む。


 「旦那様、奥様、どうぞお好きな席へ」


 店内に入れば、店員さんが深く頭を下げる。


 旦那様? 奥様? 一体どういった状況?


 そんな一瞬浮かんだ疑問は、すぐに以前の記憶とダブる。


 席に腰を降ろし、僕はメアリーに確認しておくことにする。


 「……ねぇ? もしかして買った?」

 「正解♪ 旦那に気を使わせるような妻にはなりたくないの」


 ティーグに辿り着いて不動産屋へと行った時と同じだ。メアリーさん、この短時間で店と店員を買ったらしい。


 「メアリー、流石に他のお客さんもいたのに急に僕たちの我儘で買ったりするのは失礼だよ」


僕達のように楽しい時間を過ごしたい。

 さっきまでここにいたお客さんだって、そんな想いで料理を楽しんでいただろうに。


 一瞬の間が空き、徐々に表情を崩していくメアリーは、前の世界でも見たこと無いくらい沈んだのが見て取れた。


 「そう……かもしれないわね。一応は全員に快諾して頂いたから購入したのだけど、ローグがそう言うなら、次からは気を付けるわ……」


 どことなく作り上げてしまった気まずさで、お互いが口ごもる。

 それを察してなのか、それとも店を買った時に既に頼んであったのか、しばらくすると頼んでもいない様々な料理とお酒が僕たちのテーブルに運び込まれる。


 「ね、ねぇ、とりあえず食べようか」


 僕は気まずさから目を逸らす様に目の前の料理に手を付けると、小さく「そうね……」といったメアリーはお酒をグラスへと注いだ。


 出された料理はアイラのとは比べ物にならないけれど、それでもロンドロンドなどで食べた料理からすれば味わい深いもので、それが普通なのだと知った今は抵抗なく口に運べている。この位の味なら間違いなくティーグの中では高級料理店なんだろうし。


 「ねぇローグ、二人で外食をするなんていつぶりかしら?」


 遠慮気味に口を開いたメアリー。


 「そうだねぇ……、確か最後に外食したのって付き合ってすぐの頃だよね?」

 「ふふふ、そうだったわね………」


 前の世界では、貧乏暇なしと言った生活を送っていた僕に外食するお金なんてなくて、付き合い始めた頃に一回だけ行った外食は、見栄を張りたくて行った一回。結局、値段や食べ慣れていない味に動揺するばかりで、友里に笑われてしまったのだけど。


 「懐かしいわね……。あの時、支払いの時に冷や汗垂らしていたロクを思い出すと今でも笑ってしまいそうよ」


 昔の思い出が空気を和らげてくれたのか、メアリーの表情はいつもの様な物ではなかったけど、それでもさっきよりは明るくなっていた。

 それとは逆に、僕は恥ずかしい過去を思い出されて顔が真っ赤になっているんじゃないだろうか?


 「い、言わないでよっ。本当にあの時は緊張してたんだからっ」


 外見普通、中肉中背、貯蓄皆無。


 対するは。


 美人、スタイル抜群、年間四桁を稼ぐ女性。


 どこからどう見ても、お付き合いするには周りが全力で止めに入るだろうカップル。そんな女性と出掛けるのだから緊張しない方がおかしいと思う。


 「そうなの? 私は可愛いと思ったのだけど?」

 「可愛い? あの時の僕が?」

 「そうよ。普段なら気が弱いのを隠そうとしないのに、あの時はいきなり見栄を張るんだから」


 顔が熱くなるのが自分でも分かる。

 ほんと恥ずかしいっ、できることならあのデートをもう一度やり直したい。


 「そう落ち込まないで? あんなに見栄を張られると愛されてるって感じたのよ? 少なくても私は……ね」


 懐かしさのこもった視線で、グラスの中のお酒へと視線を向けているメアリーに、僕は少しだけドキリとする。


 絵になるっていうのはこう言う事なのかもしれない。そんなメアリーから、僕の視線は離れなかった。


 「いつもは気が弱いのに、変な所で頑固で……。ずっと私を大切にしてくれてた」

 「メアリー……」


 僕は嬉しかった。


 僕も精一杯幸せにしようと努力はしたけれど、貧乏まっしぐらな僕ではどこか我慢をさせているのではないのか、そう思う事もあった。友里自身は収入もあったけれど、子供を産めば仕事を我慢させることになっちゃうし、仕事を優先させれば子供を産むのを我慢させちゃうかもしれない。


 そんな想いを抱えながらも告白を決めて、それを受け入れてくれて、幸せだったと言ってくれるのだから。


 「………でも」


 ……あれ?


 僕は頭に疑問符を浮かべた。

 メアリーの手の中にあるグラスがプルプルと小刻みに震えているのが分かったから。


 「今はアイラさんアイラさん……、私がいくらロクの幸せを願っても、貴方は私に応えてくれない………」


 ……どうしたのかなぁ? さっきまで凄いいい話だと思ったのだけど?


 「愛しい人の幸せを願わない女性はいないのよ? それなのに私のことをしこりって……。死んでまで追いかけてきた元婚約者に向けて言うには少し酷すぎるわ……。そうよ………酷すぎるわよね?」


 さっきまで ” 絵になる ” という言葉がしっくりくるはずの女性が、今は全身をわなわなと震わせている。


 「メ、メアリーさん??」


 手に持っていたグラスをテーブルの上にコンッと音を立てておいたメアリーがキッと睨みつけてくる。


 「そういえばローグ、結婚してから子供を作るって話で私に手を出していなかったわよね?」

 「う、うんっ」

 「じゃあなんでアイラさんとは結婚していないのに手を出したのかしら?」


 なぜ知っているのか、そんな無粋なことを聞いたら僕は2度目の死を迎えるから聞かないでおこう。


 美しい顔を台無しにしてもなお、メアリーの視線は僕を貫いています。

 その迫力に口ごもっていると、メアリーさんがわざわざグラスをもう一度浮かし、裁判官の様にテーブルにもう一度コンっと音を立てる。


 「答えられないなら………、せめて私も抱かないといけないわよね? そうでしょ? 旦那様?」


 ───カタカタ。


 メアリーの体から溢れる金色の光。

 伸びる手。

 その手が動けずにいた僕を掴む。


 「お、落ち着いてっ!」

 「ローグがどんな声で鳴くのか、しっかりと聞いてあげるわ」


 本日二回目。僕は床を引き摺られる。


 「少しお花を摘みにいくから」


 そう店員に言い残し、お手洗いまで僕を引き摺るメアリーさん。

 トイレに着くなり、僕を便座へと座らせるとガチャリと鍵を閉める。


 「安心して、ここのトイレは魔法具を使った水洗トイレになっているから。出しても片づけられるわ?」

 「そこは気にしてなくてね? ほら? 店員さんもいるしね? 落ち着いて話をすればメアリーも分かるから」

 「ローグが鳴かなければ店員さんにバレないわ。それに話ならいつでもできるわ」


 僕の両手首を片手で掴み、頭上の壁に押し付けれる。僕はイヤイヤと首を振るも、舌なめずりをしたメアリーさんが一言。


 「どのくらい我慢できるのかしら?」



 ───この日、僕は無事に捕食されました。

 

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