人は見かけによらない 2
筋肉達磨さんの後を付いて進むと、地下に広がる訓練場の様な場所に辿り着いた。
リーザさんと戦った場所に比べれば水ぼらしいけれど、それなりに人が観戦できるようにもなっていて、今も数人の冒険者らしき人たちが剣をぶつけ合っているのが見える。
「さて………すいません、お名前は何と言いましたかな?」
筋肉達磨さんが訓練場から視線を僕に向けて訪ねてくる。
一度言ったはずなのに、とかそんな事は言わない。思ってはしまうけど。
「ローグ・ミストリアと言います」
「ではミストリアさん、その腰に挿してあるもので構いませんので、訓練場の中央へよろしいですか?」
「はい」
言われるまま僕が足を進めようとすると、腕の裾をぐっと引っ張ったメアリーが僕の耳に顔を近づけてくる。
「遠慮はいらないわ、殺してしまいなさい」
僕にだけ聞こえる声でとんでも無いことを言うメアリー。思わず「えっ」と声を漏れて同時にメアリーへと視線を向けると、今度は少し顔を離してから満面の笑みを浮かべた。
「あなた、応援してるわね♪」
僕が知る限り、一度も聞いたことの無い様なネコナデ声。語尾に音符が見えたのはきのせいじゃないんだろうね。
訓練場の中央へ辿り着くと、僕よりも一回りほど大きい木人形のような物を三つ抱えてきた筋肉達磨。
彼が周りの冒険者に声を掛けて場所を譲ってもらい、持ってきた人形を僕の後ろに等間隔になる様に置く。
「ではローグさん、これから私はこの人形を全力で壊しに行きます。貴方は後ろの人形に傷一つ付けずに守りきれれば合格です」
「制限時間とかはありますか?」
「そこまで気にするほど、お時間は掛けませんよ。だから
ニヤリと笑みを浮かべる筋肉達磨の目には明らかに私情が見て取れる。
目測で5m位だろうか。僕から離れた筋肉達磨はこちらへと向きなおり、何処からともなく取り出したメリケンサックを両手にはめて感触を確かめている。
顔は笑顔だけど、額に浮かんだ血管は今にも破裂してしまいそう。
これはあれだね? 人形と共にグッバイ的なやつだね?
筋肉達磨が熟練のボクサーの様に華麗なステップを踏んで腕をだらりと垂らす。
僕もすぐに刀を抜き、この場をどうするかに意識を注力する。
単純に筋肉達磨と戦うだけならそこまで悩む必要もないと思う。僕は何かを守る様な戦いを前の世界ではもちろん、この世界に来てからも経験がない。
そうなると、僕の行動って先手必勝以外にないのだとは思う。けれど、僕は狩りばっかりの生活だった訳で、理性のある人と正面から戦うなんてことはリーザさんとの戦いだけだった訳で、どうしても拭えない不安が付きまとう。
「準備はよろしいですね?」
「はい……っ」
「では、誰か合図をお願いできますか?」
筋肉達磨の声を聞いて、僕たちに視線を向けていた若い冒険者が嬉々として手を上げると、筋肉達磨の元へと走り寄る。
「ランウェルドさんっ! 今日は近くから見学させてもらいますっ!」
「ハハハ、本日は特別ですよ? しっかりと参考にしてください」
「はいっ!」
深く頭を下げた冒険者が、僕と筋肉達磨の中央に位置取る。
ちょっと舐めていたのかもしれない。
試験と聞いて僕が思い浮かべたのは実技講習の様な物だったのだけど、流石に協会支部の支部長ともなれば実力もすごいのかもしれない。
さっき訪れた支部長室を見れば事務的な処理もこなしているのだろうし、そう考えれば文武両道の優秀な人なんだろう。
あの体系で……と、思ってしまう自分が恥ずかしい。
リーザさんを思えば男女の力量差なんて関係ないことはすぐに分かるし、それこそ初めて出会った人に感じる感想として、僕の考えは最低な分類にはいるだろう。
───うん、全力で行こう。
「それでは行きますっ!」
若い冒険者が片腕を真上に上げる。
目の前の筋肉達磨───ランウェルドさんと僕は、お互いに足に力が入る。
「────始めっ!!」
冒険者が大きな声と共に腕を振り下ろし、同時に僕は地面を蹴り飛ばす。
────劣化版、裏閃。
ランウェルドさんの背後で地面を踏み抜いた僕は、風を斬り落とす速度で刀を振るいながらランウェルドさんの一挙手一投足に注視する。
リーザさんの時はこっちを見ることなく剣で防がれた。
あれから、何回も頭の中で練習した行動を思い浮かべる。
「げぼおぉぉぉぉおーーーーーー!!」
防がれた瞬間に軸足で地面を蹴り飛ばして、多少強引にでも上空に飛び上がれ………ば?
二撃目に意識を集中していた僕の思考が止まる。
風を斬り落とす速度で振るった刀の背が、見事にランウェルドさんの脇腹にヒット。そのまま横に吹き飛んで壁にずっぽり。
何が起きた?
僕の一撃が当たった?
えっ? 二撃目に備えた劣化版の裏閃で?
何が起きたのか分からないまま辺りを見渡していると、見ていた皆が口をポカンと開けている。
「
気付けば背後に来ていたメアリーが口を開く。
「えっと………ランウェルドさんって小物……なの?」
「リーザやローグに比べたらお話にならないレベルね」
小物って言い方は……まあ別にして、何で先にそれを言ってくれなかったのか?
それとも、本当に僕に殺させたかったのだろうか……。
「審判? 勝者は見なくても分かるわね?」
唖然としていた冒険者がメアリーの声で体をピクリと振るわせ、動揺しながらも僕の勝ちを宣言する。
同時に、僕の腕にがっちりと自分の腕を絡めてくるメアリー。
「ローグ、証明書の発行には時間が掛かるから取りに来るのは明日にしましょ?」
「あ、う、うんっ」
「そ・れ・と、久しぶりに二人きりだからたまにはデートでもしてから帰りましょうか。────ねぇ、旦那様?」
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