人は見かけによらない 1


 ぎゃあぎゃあと雑音が途絶えない空間。

 活気があると言えばそれまでだけど、露出の多い服装から甲冑姿の人々を眺めていると、僕がいるのが場違いに思えてならない。


 「カウンターのある場所が受付、その反対側にある小さなカウンターは頼めば食事なども出してくれるわ。一応は協会内にあるから他の所よりは割安で食べられるけど……あまりお勧めはしないわ」

「なんでオススメ出来ないの?」

「前の世界でもそうだけど、安く提供する場所はどこかの組織から援助を受けているか、それなりの物を扱っているかなの。そしてここは後者なのよ」


 僕はメアリーの言葉に「なるほどねぇ」と返しながら、見慣れない光景に辺りをキョロキョロと見渡す、


 メアリーの案内で僕が来ているこの場所はティーグ支部の冒険者協会。

 前回の話し合いから「とりあえず資格だけでも取りなさい」とメアリーさんからの通達でございます。

 ちなみにアイラを一人にするのが嫌だと言ったら「では護衛としてリーザを置いていくわ」ってな感じで、断る理由を無くした次第です。


 誤解のない様に言っておくと、冒険者って前の世界から憧れみたいなのあったりもするし、ファンタジー感が溢れるその単語に胸がときめく。

 でも、ファンタジー物の小説だと巻き込まれて殺害的なシーンって絶対あるし、薬草取りに行っただけで伝説級の魔物と対峙……みたいな感じなのは性格的に無理な気がするんだけども。


 人型の魔物?

 あれはアイラに手を出そうとしたんだからしょうがないよね?


 「早く受付を済ませましょ?」

 「あ、うん」


 カウンターの上部に「登録・解約」と書かれた看板の場所へとメアリーと向かう。


 「クルス様、本日はどんなご用件でしょうか?」


 まだ成人して間もないだろう受付嬢が、頬を紅色に染めながらも軽い会釈と共に

言葉を発している。


 「今日は夫の登録をお願いしたいの」

 「ちょっとメアリー、いきなり何言ってるのさ」


 開口一番にジョークを飛ばすメアリーさん。まあ、この世界に来てなければ嘘にはなってないけれど。


 本当にメアリーは僕をからかうのが好きだよなぁ。そう思うと、アイラもよく僕で遊んでいる事を思い出す。


 もしかして、僕っていじられて味が出るタイプだったりするのかな? あまり考えたこと無かったけど。


 「ク、ククルス様? そちらの方が………その旦那様?」


 狼狽を露にした受付嬢が手で口を塞ぎ、黒目が静かに揺れている。さらに目尻に溜まっていく涙。


 「えぇ、そうよ。何か?」


 メアリーの声を聞いた受付嬢は塞き止めていた涙を決壊させ、ボロボロと涙を零すと「うわああぁぁぁあん」と叫びながら奥へと走り去っていく。


 「……メアリー、何をしたの?」

 「………あんな子まで?」

 「ん??」


 僕に視線を合わせることなく、どこか遠い目をしているメアリーに首を傾げる。


 隣で冒険者の対応を終えた女性がこちらへと駆け寄ってきた。どうやら対応してくれるみたいだね。


 「大変申し訳ありませんでした。彼女は小さい頃からクルス様に憧れていたので……」


 思い当たる節でもあるのか、僕の隣で顔を引き攣らせるメアリー。


 「そ、それで冒険者の登録に来たんですけど……」


 とりあえず話題を逸らそうと口を開くと、受付の人が「少々お待ち頂けますか?」と言って二階へ続く階段を進んでいく。


 待っている間黙っているのも気まずいからついでにフォローしておこう。


 「……こっちの世界でも人気だね」

 「やめて頂戴。私は同性に興味はないわ。………なんでこういつもいつも……」

 「まぁそんな事言わないで。異性だけじゃなくて同性からも好かれるってことは、それだけ人として魅力があるってことじゃん」

 「実害がなけれがそう思えたかもしれないわね」

 「………えっ?」


 ギロリと僕に視線を向けたメアリーが激情を抑え込んだような声を上げる。


 「仕事で店を訪ねる度に閉じ込められていきなり服を脱ぎ、涎を垂らして迫って来るのよ? それだけじゃないわ。一番酷かったのは《一緒に死んで下さいまし》なんて言いながら全裸になったあのクソ女よ。もぉ思い出しただけ───」

 「わ、わかったから一度落ち着いてっ?」


 僕の想像していたより、数倍壮絶な人生を送ってきたメアリーに僕が言えることは無かった。


 ただ苦笑を返し、ブツブツと独り言が止まらなくなったメアリーを見ている時間はアッという間に過ぎ、先程の受付嬢が階段から姿をあらわす。


 これぞ助け船。そう思った僕は、彼女が僕たちを見るよりも早く会釈を返すと、どうやら気付いてくれたようだ。


 「大変お持たせ致しました。こちらへ来て頂いてもよろしいですか?」


 彼女の後ろを付いて行くと、二階にある《支部長室》と書かれた部屋の前で彼女は立ち止まり、扉を三回ノックする。


 「支部長、お連れ致しました」


 僕は首を傾げてしまう。

 冒険者の登録に、わざわざ支部長が出なきゃいけないのだろうか。


 「おー、少しだけ待っていてくれ」


 中から聞こえてきたのは爽やかな好青年といった感じの声で、それだけで好印象を感じてしまう。でもそれは、僕が単純な性格をしているからなのかもしれない。

 だってその声を聞いたメアリーが、物凄く殺気のこもった視線を案内してくれた受付嬢へと向けているから。


 「あら……おかしいわね。登録ごときで支部長室に連れてこられるとは思わなかったのだけど?」


 低く、それでいてハッキリと聞こえてくる声に「ヒィッ!」と声を上げた受付嬢は弾かれる様に勢いよく頭を下げる。


 「し、支部長からクルス様がお見えになった際はこちらに通す様に言われておりましてっ」


 捲し立てる様な彼女の声を聞きながら、これが普通のことではないんだなぁという事だけは理解した。


 「すまない、待たせたな」

 「そ、それでは失礼致しますッ!」


 中から聞こえてきた爽やかな声に逃げ道を見出した女性が颯爽と扉を開ける。

 隣から聞こえてくる盛大なため息をとりあえず聞かなかった事にして「ありがとうございます」と女性に言ってから扉の先へと足を踏み入れる。


 部屋の中は壁一面に敷き詰められた本棚に書類の様な物がぎっしりと詰め込まれていて、これぞ事務所と言った部屋だった。

 けれどその部屋の主は、まるでこれから夜会にでも行くのかと思わせるほど煌びやかな服装に身を包んでいて、更にいえば、爽やかな声をどこから出していたのか疑いたくなる程の筋肉達磨。そして、禿頭。体だけならまだしも、禿頭に丸々とした体のせいで、本当に達磨に見えてしまう。


 「いやいや、本当にお待たせして申し訳なかったね」


 満面の笑みを浮かべて向ってくる筋肉達磨さん。

 一応こんな見た目だけれど支部長なのだから、これから冒険者となる僕としてはしっかりと挨拶くらいしっかりしないと。


 そう思って深めに頭を下げておく。


 「この度、登録に伺ったローグ・ミストリアと言う者です。よろしくお願いいたします」


 筋肉達磨さんが僕の前で足を止め………ないで、僕の横をすり抜けていく。


 「メアリーさん、本当にあなたと言う人は……いつ見てもお美しい……」


 筋肉達磨さんの声は爽やかというより、甘く、そして蕩ける様な声を出していた。


 一度聞いてみたい。

 その声、どこから出てるんですか?


 「私の夫の前で何を言ってるのかしら? さっさと登録を進めてもらっても?」


 どうしても夫で通したいらしいメアリーさんにため息を吐きだし、僕は下げた頭を戻して筋肉達磨さんとメアリーの間に割って入る。


 「申し訳ありません。妻がどうかされましたか?」


 満面の笑みのまま、僕へと視線をずらした筋肉達磨さん。


 いちいちこの場をややこしくする必要は無いし、少しだけ懐かしかった。だから僕は自分から妻と言っておくことにする。


 ただ筋肉達磨のおでこには、血管がはち切れんばかりにパンパンと膨らんでいる訳で。


 「あなたが………メアリーさんの夫ですか?」

 「はい、それと本日は僕の冒険者登録に伺っていまして、妻には案内をお願い頼んだ次第です」


 ふんッ、と鼻息が僕の頭に掛かる、


 「そ~でしたかぁ……。では登録には試験が必要ですからねぇ……。ぜひ、試験をしてもらいましょうか?」

 「はい、よろしくお願いします」


 顔が茹蛸みたいになった筋肉達磨さんが「付いて来てください」と言い、僕とメアリーはその後に続く。


 でも、面倒な事になったんだろうなぁ……。

 

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