いわゆる底辺ってやつですか?


 とりあえずアイラの武器(身の丈サイズのでっかい包丁)が決まったところで、アズールセレスティアへと戻ると、店内スペースにはメアリーが椅子に座っていた。


 「メアリーさんっ、来るなら言ってくれれば良かったのにっ」


 そう言ってメアリーの元まで駆け寄っていくアイラ。

 どうやら僕とアイラが会っていない数日間で、アイラの中でメアリーはお姉さんポジションへと移行したみたいです。


 ほんと、何があったら短時間であんなに仲良くなるんだろうね?


 「アイラさん、お久しぶり。調子はどう?」

 「うんっ、もうすっかり平気♪」


 アイラがメアリーに抱きつき、まったくもぉ……と言った感じでアイラの髪をなでなでするメアリー。


 「そう。ならよかったわ。───それよりローグ、ちょっといいかしら?」

 「なにさ??」


 アイラの髪を撫でながら空いた手で手招きするメアリーに従って、僕は近くにある椅子に腰を落とす。アイラも空気を読んだのか、近くの椅子へと腰を掛ける。


 「先に言っておくのだけど、今日はクルス商会というよりは貴方の恋人として話をしに来たの」


 さらっと嘘をねじ込む元婚約者さん。

 それと、なぜ隣で照れたように頬をそめているのか後で聞いてもいいんだよね? アイラ?


 「恋人って……。メアリー、話しが飛躍してるよ?」


 何で僕の一言でそんな驚いた顔を浮かべるのか、ついでに教えてもらえると助かるんだけど?


 メアリーがアイラの顔を見ると、少し俯いたアイラが両手を膝の前でモジモジとしながら顔を俯かせております。


 「アイラさん、まだその話してなかったの?」

 「ごめんなさいっ、ちょっと言うタイミングがなくて……」


 二人の話が何を指しているのか、僕だけが理解できていない。


 「まあ、アイラさんには少し早かったかしら……」

 「僕にも分かる様に教えてもらってもいいかな?」


 メアリーが「それじゃあ……」と言いながら僕へと向きなおる。


 「アイラさんと話をして、ローグが良いと言ってくれるなら結婚を認めてくれるという事よ」


 そぉーっと視線をアイラさんへとスライドすると、相変わらずモジモジとしている。可愛い、可愛いけれど、どういう事なのかな?


 「えぇっとね? メアリーさんなら一緒でもいいかなって? も、もちろんローグが良ければだよっ!?」


 何を必死で訴えるのか、愛しき人よ……。


 「アイラ、僕はアイラ以外の人と結婚するつもりは無いよ。メアリーにもこの話は一度言ったと思うんだけど?」

 「知ってるわ。ただ、私も言ったじゃない。逃がさないって」


 メアリーと視線がぶつかる。


 「───喧嘩はだめっ!」


 大きな声につられて視線を向けると、椅子から立ち上がったアイラが目尻に涙を貯め、僕とメアリーを見る。


 メアリーと会った当初は喧嘩腰だった二人。それが、こうまで変わるものなのか。


 「……ごめんねアイラ。喧嘩をするつもりは無いよ」

 「そうね。ローグが頑固なのは昔からなんだから」


 昔から友里と喧嘩する時もこんな感じだったのはよく覚えている。けど、異世界に来てまでこんなやり取りをするとは思ってなかったなぁ。


 「アイラさん、私達はこれが普通なんだから安心して。それと話を戻しましょうか」


 釈然としないけれど、ここで掘り下げては二の舞。後でアイラがどう思っているのかちゃんと聞くとして、今はメアリーに便乗して頷いておくことにする。


 「ローグ、貴方、自分が今 ” 無職 ” だという自覚ある?」

 「えっ? 僕が無職?」

 「そうよ。アイラさんは休暇と言い換えられるけど、貴方は何をしているのかしら?」

 「毎日……修業?」

 「ローグは武装大会にでも出て賞金を稼ごうとしているのかしら?」

 「それはないけど………」


 そもそも、だ。なんでアイラは休暇で僕が無職になるんだろ?


 そんな僕の表情を見てか、メアリーはため息をひとつ吐き出して言葉を続ける。


 「やっぱり自覚が無いようだからハッキリと言ってしまうけれど、アイラさんは料理教室が完成次第、そちらの講師をしてもらうわ。だけど店は休業のまま。その間にローグは何をするつもりかしら?」


 …………修業? 主夫?

 なんか怒られそうな気配がするから口には出せないけれども。


 「もちろん働かないのが悪だとかそういう話をしているんじゃないの。何も考えていない所がダメなのよ。もし仮に、今回の様に魔物に襲われて店の修理が発生していたら? グースの様に急に従業員が欠員したら従業員の募集だってタダとはいかないのよ?」


 呆れながらも捲し立てるメアリー。

 あぁ、懐かしいかな、正論の痛み。


 「ずっと働く必要は無いけれど、どんな時でも生きて行けるだけの賃金を稼ぐ手段を持ちなさいと言ってるの。これから私とアイラさんに子を産ませる気でいるなら尚更よ」


 どさくさに自分を入れるんじゃありませんっ!僕はまだ納得してませんからねっ!


 でも、と思う。


 確かにアイラが出産ってなれば、店を一年以上は閉めなきゃいけないだろう。実際は貯蓄でどうにかなるだろうけど、子供のことも考えれば貯蓄だけでやっていくって考えは少し甘い。


 「理解できたみたいね。───だからローグにはこれをオススメしにきたの」


 一枚の紙をテーブルの真ん中へメアリーが置くと、僕とアイラがそれを覗き込む様にして見る。


 「なになに……、《強者よ、集え、ティーグ冒険者協会》」

 「そうよ、いろいろ制限もあるけれど、この世界では一番時間に融通が利く仕事よ」

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