第4章 大人の余裕?

アイラ、いきますッ


 「アイラ~、ちょっと森に行ってくるね~」


 父さんが残してくれた本。それを脇に抱えて僕は声を上げる。

 リーザさんにぼろ負けして、健全な男の子としては思う所がある訳ですよ。


 それにティーグに来る前、僕はアイラを守るために強くなろうとしていた訳だし。

 メアリーの話を聞いた後ではリーザさんとは色々な意味で戦いたくないけど、僕が強くなるだけなら問題ないからね。


 それに料理教室のことやグールのこともあって、店自体は予定よりも長く休業することになった。


 本来だったらグールに今の店を切り盛りしてもらおうと考えていたんだけど、あの会話の後に雇用する気にはなれなかったし、二人で相談して雇用は解除させてもらった。


 「ローグっ! 待ってっ!」


 ドタドタと階段を駆け下りる音と共に聞こえてきたアイラの声。

 昨日の夜、アイラにも修業することは伝えてあったんだけど、急ぎの用事……だろうか?


 階段の方へと視線を向けると、肩で息をしたアイラが姿を現わした。


 「そんなに急いで何かあった?」

 「私も修業したいっ!」


 ─────えぇぇぇぇ!!?



 僕の驚きはどこ吹く風な訳で、久々にアイラとドラちゃんの背に乗って集落に住んでいる時に狩場としていた森へと向かった。


 僕がアイラに頬を叩かれた原因でもある訳なんだけど、魔物を目の前にして自分だけ逃がされたのが納得いかないみたい。

 僕はそこまで考えていなくて、気を使いながら戦う余裕があるかも分からなかったし。それに相手が偽物で弱かったから良かったけれど、父さんを殺す様な魔物だったらどうなっていたかも分からない。


 そう言われると、協力しない訳にはいかないよね。


 森に辿り着き、ドラちゃんには故郷の森だから少し放牧しておいて、僕は腰にぶら下がっている刀を一本アイラへと渡す。


 「とりあえず今日はこれを使ってみよ。もし一日振ってみて違和感を感じたりしたら違う武器を探すことにしようか」

 「うんっ!」


 鼻息が荒くなっているアイラに苦笑し、持ち方と簡単な振り方だけ教えておく。


 僕は近くの木に腰を掛けて父さんの本を読み始める。

 本を読みながらチラチラとアイラを見ていると、今まで握った事のない刀に戸惑っているみたいで、首を傾げたり様々な方向や向きで刀を振るっている。危ない時は流石に声を掛けたりはしたけれども。


 少しの間、そんなやり取りを繰り返して、僕はアイラへと声を掛けた。


 「アイラ、そこに木から生えてる細い枝を斬ってみて?」


 こういっては申し訳ないけど、流石に厳しいのかもしれない。スピリットパスで刀を振るスピードとか力とかは問題にならないけど、見てて怖い。上段から振り下ろした時なんか自分の足まで斬っちゃいそう。


 僕が示したのは手でも折れちゃうほどの枝。だけど、見ていた限りだとアイラの振り方じゃ刃が立っていないから斬れないと思う。

 それを理由に武器選びから始めた方がいいかもしれないね。それにアイラの父さんは弓を使っていた訳だし、そっちの方が自然と扱えるんじゃないかと思ったから。


 「────えいっ」


 何とかわいい声をあげるのかっ! 妻よ!


 僕の感動とアイラの掛け声空しく、叩くように振られた刀では枝がぷら~んぷら~んと、上下に行ったり来たりしている訳で。


 「う~ん……やっぱり一度武器を見に行こうか?」

 「………刀ならローグとお揃いだったんだけどなぁ」


 なんと可愛いことをいうのかっ! 嫁よっ!

 なんなら僕が武器変えるのもありではっ!?


 ちょっと僕が壊れ始めているけどしょうがなくない?

 可愛いんだもん。可愛いは正義ですよね?


 ───ガサガサ。


 そんな時、草を掻き分ける音が耳に届く。

 ドラちゃんが戻ってきたせいで獣が戸惑っているのか、それともいつもと違う雰囲気だから覗きに来たのか、僕たちの前に一匹のクリスピーボアが現れる。


 体調が僕とそんなに変わらないからまだ子供だね。

 とりあえず、狩りの経験がないアイラに何かあっても嫌だからと僕は傍まで駆け寄る。


 「───待って」


 腰にぶら下げている刀を抜こうとした僕に、アイラが腕で僕を止める様に横に突き出す。


 「………なんか、イケそうな気がする、うん」


 僕を見ることなく、目の前のクリスピーベアの子供をジッと視界に納め続けるアイラ。


 子供のクリスピーベアとアイラの視線がぶつかった瞬間、アイラが地面を蹴って駆けだす。


 「────えいっ!」


 クリスピーベアとアイラがクロスし、相も変わらず可愛い声を上げたアイラ。

 そして、その後に残ったのは物を見て、僕は唖然とした。


 骨、臓器、皮。

 それだけに収まらず、肉の部位ごとに綺麗に斬り分けられ、原型を留めていないクリスピーベアが出来上がっていた。


 そのままクルリと回って僕に視線を向けたアイラの笑顔は一際輝いている。


 「ローグッ! 私、大きい包丁がいいっ!」


 僕はアイラの背にでっかい包丁をぶら下げている姿を想像する。


 ………僕の可愛いアイラが?

 でっかい包丁振り回すの?



 


 

 

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