愛を探せっ!


 テーブルを叩いたアイラの表情は前髪で隠れて見えないけど、少なくても僕の見たことのある顔じゃなかった。


 「アイラさん、とりあえず一度バックに下がって?」


 メアリーがアイラの両肩を手で軽く揺すると、こくんと頷いたアイラがそのままきびつを返してカウンター裏へと消え、追いかける様に席を立ちあがった僕は、メアリーに肩を押し込まれて、再び椅子に腰を降ろす。


 「リーザ」

 「何かしら?」

 「今日の予定は明日に変更してもらっていいかしら?」

 「あら? メアリーにしては珍しい事を言うのね」

 「そうでもないと思うのだけど。どう考えても今貴方にいられるとお店の雰囲気に影響が出ると思うのだけど」


 そう言って辺りを見渡すメアリー。店内から行き交う人々まで、殆どの人が何があったのかと僕たちに視線を注いでいる。

 それを追う様に視線を辿ったリーザさんが浅いため息を吐き出して椅子から立ち上がる。


 「理由くらいは教えてくれるんでしょ?」

 「えぇ、今日の予定が片付いたら一度伺うわ」


 ちょっとリーザさんが頬を膨らませたけど、僕に視線を向けると微笑みに早変わりして「じゃあまたね♪」と手を振って店を後にした。


 その背を見送ったメアリーが、リーザの座っていた椅子にため息を吐き出しながら座り、僕に哀れみと諦めを含んだ視線を向けてくる。


 「それで、ローグはリーザについてどこまで知っているのかしら?」

 「どこまでって言われても………騎士のお偉いさん? それでめちゃくちゃ強いっていうのは分かるけど……」


 言われてみればよく分からない。言葉を交わしはしてるけど、まだ顔を合わせるのは今日で三回目。


 「はぁ……、速攻でケリをつけたいってところなんでしょうね」

 「ん? 速攻でケリをつける? 何に?」


 メアリーが顔を俯かせて「早計だったかしら……でもあの時は急がないと間に合わなかったし……」などとブツブツと独り言を始める。


 こんなにぶつくさ言うメアリーは珍しく思うけど……。


 「メアリー、とりあえず何があったのさ?」


 僕に視線を戻したメアリーが再び「はぁ……」とため息を吐き出す。

 人の顔を見て溜息とか……。くすん。


 「昨日あなたがリーザと戦った話は私も知っているから言うけれど、どうせ負けて、それの罰ゲームだったのでしょ?」

 「その通りなんだけど……《どうせ負けた》って流石に酷くない? そりゃ負けたけどさ……」


 男の子特有の小さなプライドが僕にもあるんだねぇ……。ちょっと悔しいです。


 「しょうがないじゃない。相手は精霊国騎士団の序列二位、剣聖レインよ? 見た目は綺麗だし性格も母性を多分に溢れさせてるけれど、その実、剣を握ったら誰もが膝まづく女性なんだから」


 …………はて?

 僕の聞き間違いだろうか?


 前に集落で勉強の為に手にした本の中にも書いてあったけど、騎士団の序列三位以上は、別名世界の守護者や《精霊の申し子》なんて呼ばれ方をする方々では?


 「いま……なんて??」

 「彼女のフルネームはリーザ・レイン。まごう事無き世界の守護者の一人よ。貴方が逆立ちしたって勝てる訳ないでしょ? 相手は空気を吸う様に剣で道を作る人たちよ?」

 「いやいやっ!? 序列三位以上は王の護衛に就くんじゃないんだっけ!?」


 これも本の知識だけど、常識に考えてもそんな強い人が簡単に動いていいものだろうか?


 「あぁ、そんなことね。ローグは私が硬貨を広めたことについては知っているのかしら?」

 「う、うん、クレイグさんから聞いた」


 黄金のセレスティアきらめきなんて呼ばれる様になったきっかけだよね?


 「その時に功績を称えるなんて名目で国王から呼び出しを受けたの。実際には同じ年ごろの友人がいないから、娘と仲良くしてくれってお願いの方がメインだったのだけど」

 「本当に国王の娘さんと仲良かったんだねぇ……」


 アイラの時も感じたけど、なんかメアリーも遠い存在だねぇ……。


 「それをきっかけに国王の娘───アンジュ王女とたまには遊ぶようになったのだけど、その護衛役がリーザなのよ。今回も私が他国に行くって話をしたら、私の事を心配したアンジュ王女の命令でリーザが付いて来ているの」


 それにしては……。


 「………その割にはやたら自由じゃない?」


 護衛で一緒に来てるなら、普通は片時も離れずにって言うのが普通のなのでは? 僕とメアリーが出会った時の事を思えば、尚更そう思わずにいられないのだけど?


 「そこは私も気が楽だからいいのよ。ただ、リーザが一人で行動する目的が男漁りじゃなければね」

 「………はぁ?」

 「リーザは今27歳。前の世界では気にするような年齢でもないのだけど、20前に結婚する人が多いこの世界では行き遅れなのよ」

 「あの容姿と性格で貰い手がいないの??」


 見た目はかなり綺麗な方だし、これといって性格に難がある様に思えない。

 それに、騎士団に所属していて、序列二位。純粋な感情かどうかは置いておくにしても、寄り付く男性の方が多い気がするんだけどなぁ。


 「さっきも言ったじゃない。彼女は多分に母性が溢れているって。乙女なのよ、彼女は。────愛されたい、守って欲しい。要は頼りがいのある男性がお好みなの。どう? 世界の二番目に強い女性を守れる男がいると思う?」


 うん、いないね。


 「だから彼女は条件をつけてるの。自分と戦って5分以上斬り合える男性って。………それで、ローグは昨日、何分彼女と斬り合ったのかしら?」


 …………何分でしょう。流石にメンタル保護の為に全身全霊を持って相手していましたので分かりかねます。はい。


 「それと、私がローグとアイラさんに見せた《二人まで結婚できる》証明書、あれを私の所まで届けたのはリーザ。当然、内容も知っているわ」


 ………へぇ。


 「当然、1人までしか結婚出来ない男性より、二人まで結婚できる男性の方が確立高いわよね。………それと、リーザは年下好きよ?」


 ………へぇ。


 「さぁ、ローグは誰を選ぶのかしら? 一応言っておくけれど、私は譲る気はないわよ?」

 「…………アイラさんでお願いします」

 「もう一人は?」

 「………選ばないという選択肢もあるのではないでしょうか?」

 「ないわね。そんなに嫌がるなら既成事実を作ってもいいのよ? 1人は私、もう一人はアイラさん? それともリーザの方が好みかしら?」

 「どうもすいませんでした」


 ………?

 おかしくないだろうか?

 既成事実って……。


 愛はどこに行った??

 愛あっての結婚じゃないだろうか?


 ナニコレ?


 「……とりあえず、ローグは一度アズールセレスティアに戻りなさい。私がアイラさんを連れて行くから」

 

 そうですよ、僕はそれどころじゃないのですっ!

 何よりもアイラと結婚する為にティーグに来たんだからっ!


 

 

 


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